10.異世界じゃ日本円なんて意味がねぇと思ったけどそうでもなかった。
***前回のあらすじ***
初めて見たこの世界の街は、朝と夕方、毎日市が立つらしい。沢山立ち並ぶ色とりどりの屋台はまるでお祭りみたいだった。こっちの飯は不味いと思っていたけれど屋台で食ったものは美味かった。香辛料の屋台を見てそれを弾に詰めたら武器になるのではと思った俺は香辛料を買い、ギルドへと向かう。ギルドには何人も子供がいて、彼らはこのギルドでスキルを身に着けてギルメンとして活動していくのだそうだ。部屋を与えられた俺は疲れもあってベッドに転がるなり寝落ちしてしまった。
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※文字数3230字です(空白・改行含みません)
「──ウヤ!ユウヤ、おっきろぉ──!」
「ごっふッ!?」
良い気持ちで寝てたら襲撃にあった。
……流石に無防備に寝てるところを腹に肘は酷いと思うんだ。死んでしまいます……。
部屋に乱入してきたアシュリーに腹に一撃喰らい、俺は悶絶もお構いなしにそのまま腕を掴まれベッドから引きずり降ろされる。お前はおかんか。
「──っにすんだコノヤロウ!」
「だってユウヤ起こしても起きないんだもん」
もんじゃねーよ。可愛いけど可愛くないぞチクショウ。俺が涙目で訴えてもアシュリーは悪びれもせずにニヤニヤしている。
「兎に角、飯だからとっとと起きろよ。イングが皆に紹介してやるってさ」
言われて、ああそうだったと思い出した。俺たちは街に着いたんだった。此処はアシュリー達のギルド、『ジルヴラヴィフ・ヴェント』──銀の風の、用意して貰った俺の部屋。まだ挨拶もしていなかったんだった。俺は慌てて身体を起こす。早くっと急かすアシュリーに付いて食堂に向かった。
食堂の中には4~50人くらい人が居た。大半は男だけど、7~8人くらい女性が居た。子供も10人くらい居る。さっき入口の広場で遊んでいた子供が俺に手を振ってユウヤーっと名前を呼んでくれた。可愛いなぁ。前に立っていたイングが俺に気づいて手招きをしてくれる。アシュリーも付いて来た。
「新しいメンバーを紹介する。『デュォ フォルツェン』のユウヤだ。まだ言葉もこの通り不自由だからな。皆よろしく頼むぞ」
……やっぱ不自由なのか。俺は流暢にしゃべってるつもりでも、やっぱり片言らしい。ちょっとショックだ。
「ユウヤです。宜しくお願いします!」
俺が頭を下げると、皆拍手を送ってくれた。照れ臭い。アシュリーに呼ばれて俺はアシュリーの隣に腰を下ろした。俺の歓迎会兼ねてくれているのか、結構豪華だ。丸焼きにされた鶏肉や、豆と挽肉を煮込んだような辛そうな料理、平べったい薄いパンみたいなのや、ゴロゴロとした野菜の入ったボルシチっぽいスープに、見た事も無いようなフルーツ。木製のジョッキみたいなのに入っているのは何だろう?濁りがある、見た目泡の無い黒ビールみたいな。
「タックーラ!」
「タックーラ!」
イングがジョッキを掲げると、皆一斉にジョッキを掲げた。乾杯、か。俺もタックーラ、っと真似をして、ほいっとアシュリーにジョッキを向けた。思いっきり何?っと怪訝な顔をされる。……えー。此処まで同じなのにグラス合わせたりしないの?
「俺のトコだとこうするんだよ。’乾杯’!」
俺は日本語で乾杯っと言ってからコンっとジョッキをアシュリーのジョッキに当てた。グラスじゃないのが残念だ。アシュリーはまじまじとそれを見てから、にーっと笑って隣のヤツのジョッキに自分のジョッキを当てる。
「カンパーイ!」
あっという間に仲間内で乾杯が大流行した。あっちでもこっちでも俺の真似をしてぎこちない英語なまりっぽい発音の日本語でカンパイカンパイ言ってジョッキをぶつけている。特にお子様大喜びだ。……なるほど。俺がこっちの言葉喋ってるのも、彼らにはこんな風に聞こえているのかもしれない。
やっぱりデュォ フォルツェン──異世界転移者ってのは、かなり珍しくはあるらしい。あっという間に俺の周りに人だかりが出来る。聞いていると俺と同じ世界から落ちて来たヤツは他にも居るっぽかった。全く知らない事も多々聞かれたが、その中で明らかに車や電車、飛行機の事を聞いてくるヤツが居た。
「なぁ!鉄で出来た乗り物が空を飛ぶっていうのは本当か?」
「ああ、それ飛行機な。何十人も人を乗せて空を飛ぶんだ」
「じゃあ、鉄で出来た蛇みたいな乗り物ってのは?」
「それは電車だな。俺も毎朝乗ってた。何万人って人が毎朝ぎゅうぎゅうに詰まって走るんだよ」
俺が何かに答える度に、おぉーーっと皆目を輝かせている。そうだよなぁ。俺だって多分馬車が走る時代に生まれてたら、現代の日本はまるでSFみたいに感じただろう。お袋の話だと、お袋が俺の歳くらいの時にはスマホはおろか携帯すら無かったって言ってたし。こうやって考えると、俺は凄くなくても、こいつらから見ると、俺はモブじゃないんだろうな。すげぇ世界から来た、すげぇ珍しい『神の落とし物』なわけだ。
調子に乗った俺はポケットから財布を取り出して入っていた金を出して皆に見せた。きっとここでは珍しいはずだ。俺には見慣れた日本円。
「すげぇ!?めちゃくちゃ丸い!全部同じ形だぜこれ!?」
「どんな職人が作るとこんなコインが出来るんだ?!」
「うおっ!? なんだこれ、めちゃくちゃ軽いぞ!?」
意外と大うけだった。見ろよとオッサンの一人が見せてくれたこの世界のコインは、潰した金属に判子を押した様なコインで、皆形が違う。歪んでたり、波打っていたり、端っこが切れていたりしている。これはこれで格好いいと思うけど、確かに不揃いだ。機械使ってるからこその精密度。今までそういうの考えた事も無かった。こいつらからするとそういうのも衝撃になるんだ。こっちだと主に金貨や銀貨、銅貨と、後何だろう? 青みがかったコインとやけに緑色がかったコインがある。紙幣も流通しているらしい。
「俺としては技術の粋を集めたというこっちの方が自慢したい」
「紙幣?」
「ああ。アシュリー、ちょっと明り持ってて。これをだな。こうして、こう見ると──」
「すげぇ?!中に人の顔が?!どうなってるんだこれは!」
「さぁ?俺が作ったわけじゃねぇしわかんねぇ」
俺がアシュリーの手にした燭台の明りに千円札を透かして見せてやると、千円札が奪い合いになった。俺がすげぇわけじゃないのに妙に嬉しい。思わず顔がニヤける。
「なぁ、これもう要らないんだよな? 貰っても──」
「駄目に決まってんだろ!」
俺はどうせ使い道無いし良いよと言おうとしたら、横からひったくる様にアシュリーが目を吊り上げた。
へ? 何で?
俺がきょとんとしてアシュリーを見ると、仁王立ちしたアシュリーが俺を呆れた様に見下ろしてくる。
「この金絶対売れるだろ。ユウヤは今一文無しなんだぞ? お前らユウヤが知らないからって騙すような真似、『ジルヴラヴィフ・ヴェント』に名を連ねる者として恥ずかしく無いのか!」
アシュリーの言葉にオッサンたちは気まずそうに冗談だってと引っ込んだ。イングが横からのぞき込んでくる。
「ああ、これなら結構良い値で売れるだろ。おい、エルナ。コイツ鑑定してくれ」
エルナと呼ばれた女性は、此処に来た時カウンターの中に居たお姉さんだ。肩までの波打つ金髪のぼんきゅっぼんな美人だった。
「そうねぇ、デュォ フォルツェンの持っていたものってなると相応の額になるわねぇ」
イングとエルナが金額の話を始めたけれど、価値が全く分からない。ただ、有りえないような高額が付いたらしく、大興奮したアシュリーが俺の背なかをバシバシ叩いた。他の連中も狂喜乱舞している。そんなにもかー……。ちょっと怖くなってくる。あんまり高額を俺が持っていても危ないから、金はイングの勧めでエルナに預かって貰う事にした。ギルドでは銀行みたいな事もしてくれるらしい。どのくらいの値が付いたのか聞くと、向こう3年位は遊んで暮らせるくらいの額だそうだ。
……詳しく聞くのは止めて置こう。知ったら俺はきっと金持ちになった気になって調子こいて、馬鹿みたいにあったらあっただけ金使い込んでしまうか、だらけてしまいそうだ。慢心するなかれ。俺は少し考えて、お守りにとここでは珍しいらしい50円玉1枚だけ残すことにした。後で紐にでも通して首から下げて置こう。……日本でやったら大分ひんしゅくだけど、俺が居た世界でもコインのペンダントとかもあった気がするし、案外こっちの世界ではそうダサくはならないかもしれない。
その後も俺が日本語を書くと恰好良いとやたらと受け、財布に入っていたレシートを切って鶴を折ってみせるとそれも受け、俺自体は何も変わらないのに、束の間の俺sugeee!を味わう事が出来た。
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