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ちゃうねんシリーズ

人間を拾ったら魔王になっていた。ちゃうねん、娘が話を聞いてくれんねん

作者: どじょっち

 俺の名前はアモン。

 人間のような見た目をしているがれっきとした魔族だ。

 自慢ではないが俺は魔族の中でも弱い、弱肉強食が当たり前の魔界で生き残れたのは運がよかったとしか言いようがなかった。


「おいアモン、何ボーっとしてやがる。さっさと席を譲れ」

「雑魚のお前が座っているなんて生意気なんだよ」

「ギャハハハハハハ‼」


 酒場で一人飲んでいると、後から来た連中に背中を蹴り飛ばされた。店主や他の客も、注意することなく一緒に笑っていた。

 こんなこと日常茶飯事だ、ひどいときは「一目見て気に入りませんでした」とか理不尽すぎる理由で襲われた時もある。

 金は前払いしていたので、埃を払いながらさっさと店を後にした。


 空はいつも通りの曇天模様。太陽の光が降り注ぐ人間界とは違い、魔界は常に薄暗い。なんだが二種族の未来を暗示しているようで悲しくなった。

 今は戦争になっていないが、伝説の勇者とやらが生まれれば人間達は攻めてくるだろう。魔王様も勇者を恐れ、必死で妨害しているらしいが無駄なんだろうなあ。


 悲しい気持ちを払うため、町を出ることにした。

 町の外は殺風景な荒野が広がり、絡んでくるやつもいない。何も考えず散歩するにはうってつけだった。吹き荒れる風が肌寒いが、今は心地よかった。


 しかし調子に乗って遠くまで来すぎた、人間界が目と鼻の先だ。人間達に見つかれば間違いなく捕まる。

 ひどい目にあいたくないし、さっさと戻ろう。

 


「……ん?」


 風の音に運ばれて来たのか、何やら泣き声が聞こえる。

 耳を澄ませながら声の方角へ向かうと、岩陰で毛布に包まれた赤ん坊が泣いていた。

 脱き抱えて、びっくり仰天。なんと人間の赤子だった。


「こいつは驚いた、魔界にまで我が子を捨てに来るとは薄情な親もいたもんだ」


 魔族も当然人間にいい感情を持っているものは少ない。わざわざ魔界に捨てに来るということは、殺してくれと頼みに来るようなものだ。


 泣き叫ぶ赤子の声は耳に響く。

 面倒だ、ここで食ってしまおうか?

 

 ――――――あかん、こんなかわいい赤子にそんなことできへん。

 

 賢い選択は何も見なかったことにして立ち去ることだ、しかしこのまま見捨てるのは忍びない。

 そもそも雑魚で頭の悪い俺が賢い選択をするなんて無理な話だ。


「よし、お前のことは俺が面倒みてやる。しっかり大きくなるんだぞ?」


 赤子は返答代わりに俺の頬を引っぱたいてくれた。


「やれやれ、こいつは逞しく育ちそうだ……」


 結局赤子が泣き止むまで、殴られ蹴られてぼこぼこにされた。赤子の癖に何て力だ、将来大物になるだろう。


 

「たあー!」

「甘いな」

「きゃあっ‼」


 此方に向かってくる愛らしい少女の足を払い転ばせるおっさん、それは俺だ。第三者が見たら確実に捕まる光景だな。


 ちゃうねん、これ訓練やねん。


 この魔界で生きていくうえで戦いは避けられないことなの。


 地面に横たわりながら少女は悔しそうに頬を膨らませている。しかしあの赤子がここまで立派な美少女に育つとは思わなかった。

 出会ったころから感じていたが、人間とは思えないほど肌は白く、腰まで伸びた髪も白い。背中に変な痣もあるし、この見た目を気味悪がられて捨てられたのだろう。嘆かわしいことだ、しかしこの見た目のおかげで魔族と勘違いされているため悪いことばかりではない。

 ノエルと名付け、一緒に暮らし始めてもう十五年は経つ。最初の頃は大変だった、夜中は泣くしオムツも碌に変えられない。近所のおばちゃんたちがいなければ共倒れしていたかもしれないな。弱肉強食とはいえ親は子に優しいものだ、俺はいっぱい怒られたけどネ。



「今日の訓練はここまでだ」

「はーい」


 ノエルはすっと立ち上がると、何事もなかったように正面から抱き着いてきた。

 やれやれ、一日中訓練したというのにまだまだ元気で甘えん坊だな。労うつもりで頭を撫でてやると、くすぐったそうにしている。


「やっぱりお父様は強いです。さすがは最強の魔族ですね!」

「ノエルや。何度も言うけど違うからね? お父さん雑魚だからね?」

「謙遜するところも素敵です」


 娘が話を聞いてくれへん、どこで育て方間違えたんや。


 何度訂正しても俺を最強だと勘違いしている。違うと早く気づいてほしい。

 しかしノエルの成長速度は俺の予想を遥かに上回っていた。

 まだ成長途中だが、時間が経てば俺などすぐに追い越してしまうだろう。その証拠に人間でありながら、近所の同年代相手では敵なしだ。

 この時は少し強い程度に思っていたのだが――



 弱肉強食が当たり前の魔界で一番強いのは魔王であり、俺たち魔族は全員魔王の配下だ。

 そして魔王を除く魔族の中で最強の四人は四天王と呼ばれており、魔界において大きな権力を持っている。


「我輩を一方的に攻撃した不届き者め‼ 死をもって贖うがいい‼」


 よりにもよって、その四天王に目を付けられてしまった。

 いつも通り訓練していたのだが、ノエルの一撃ではじきとんだ木刀が、たまたま視察に来ていた四天王の頭を直撃したのだ。まさか町のはずれからあそこまで飛ばすとは思わなかった。


 四天王ザガン。見上げる程の巨体を持ち、常に悪魔を模した白銀の鎧を身に纏っている強大な魔族だ。

 好戦的な性格であり、自慢の大剣でどんな相手でも一方的に倒してしまう程強いらしい。


 そんなやばい奴が、兜の中から怒りの目をこちらに向けていた。

 周りの者たちに助けを求めても目を逸らされるばかりだ。


「申し訳ありません! 私はどうなっても構いませんので、娘だけは許してください‼」


 何振り構わず土下座をする。

 せめてノエルだけは助けてやりたい。

 

 雑魚と嘲られ、居場所のなかった俺に出来た唯一の守りたいものなんだ!


「お父様、何故頭を下げているのですか? このような輩、お父様の足元にも及びませんよ?」


 空気が死んだ。


 ちゃうねん、ちょっと天然なだけやねん。


 恐る恐る顔を上げるとノエルが可愛らしく首を傾けているのが見えた。自分がとんでもないことを言った自覚はない様子。


「こうも一方的に侮辱されたのは初めてだ」


 怒りさえ消えた冷え切った声が耳に入ると、ザガンはすでに大剣を振り上げていた。


 あ、これは死んだわ。

 

「させません」


 ノエルがザガンの剣を蹴り飛ばした⁉ 

 速すぎてまったく目で追えなかったぞ、訓練の時とはえらい違いだ。

 なんだか雰囲気もいつもと違い、敵意がむき出しでちょっと怖い。


「ノ、ノエルや、少し落ち着いておくれ」 

「この程度の輩、お父様の手を煩わせるまでもありません。私に任せてください」


 頼むから俺の話を聞いておくれ―。


「おもしろい。最近はつまらん一方的な戦いが続いていたが、少しは楽しめそうだ」

 

 ザガンが地面に刺さった大剣を引き抜き、先ほどと比べ物にならない速さで迫る。

 ノエル、避けてくれ!


「躱すまでもありません」


 げーっ! ノエルが素手で大剣を受け止めた⁉

 人間だよねあの子?

 

「反撃させてもらいます」

「ぐ……!」


 誰もが目を疑っただろう、あのノエルが四天王相手に一方的に立ち回っていた。俺自身何がなんだかさっぱりだ。

 もしや、俺相手の時は手加減していたのか⁉ 娘にまで手を抜かれるなんて、俺ってば弱すぎ……。


 ――――

 

 …………はっ‼ いかんいかん、落ち込んでいた。

 今は優勢だがノエルに何かあってからでは遅い。

 保護者としてこの戦いを止めなければ――


「とう! てい! やーっ!」

「うぐ! んげ! んぎゃああああ‼」


 あ、勝ちそう。


 ノエルは目にも止まらぬ拳と蹴りで鎧をへこませていき、とどめとばかりに背後からザガンの腰をクラッチ。そして自身の何倍もある巨体を、後方に体を逸らして地面に叩き付けた。


「がはあっ‼」


 ザガンは僅かに痙攣した後沈黙した。

 これはつまり、ノエルが勝ったということか。

 急いでノエルに駆け寄り、抱きしめる。ノエルはきょとんとした後、嬉しそうに抱き返してきた。


「ノエルや、無事でよかった。あまり心配させないでおくれ」

「申し訳ありません、この程度の相手に思った以上の時間がかかってしまいました」


 この子は一体何を言っているんだ、四天王を倒しただけでもすごすぎるのに。

 

「ザガン様が倒されちまった。つまり、あのノエルが新たな四天王になるのか⁉」

「すげえ! ノエル様万歳!」

「しかし、あのアモンがよくこんな娘を育てたな」

「雑魚の癖にね」


 思わず頷いていた。

 俺もびっくりだよ、まさかノエルがここまで強いなんて思わなかった。

 これでノエルも四天王入り、突然のことだが親離れする時が来たのか――


「お父様を侮辱しないで」


 ノエルの冷たい声に思わず離れてしまった。

 周囲も押し黙っている。


「お父様は私より遥か高みの存在です、貴方達にはわからないのですか? お父様の放っている圧が……!」


 圧ってなんやねん、生まれてから放ったことも感じたこともないで。


「い、言われてみれば確かに強そうだ……凄まじい圧を感じるぞ……!」

「あいつ、ずっと実力を隠してやがったのか……!」

「ずっと見下していてすんませんでした! これからは心を入れ替えますので殺さないで‼」


 なんでやねん、相変わらず、末端の雑魚魔族やで。


 この辺りで止めないと、取り返しがつかないことになりそうだ。


「ノエルや、そのあたりで勘弁しておくれ。お父さんはそんな立派な存在じゃなくて、ただの雑魚だからね? ノエルが強すぎるだけだからね?」

「ご冗談を、お父様が神に等しい実力者であることは私が一番理解しています」


 ちゃうねん、ほんまやねん。

 

 どれだけ訂正してもノエルの演説は止まることなく、それを鵜呑みにした周囲の目線は尊敬に変わっていた。

 こうなれば、実力で黙らせるしかないな。


「ノエルや、一度お父さんと戦っておくれ。そうすればお父さんの実力がわかる」


 俺はその辺のやつからボロボロの剣を借りて構えた。これだけ大勢の前で戦えば、嫌でも本当の実力が伝わるだろう。

 さあノエル、真の実力をお父さんに見せておくれ。


「剣を構えるお父様も素敵……! あぁ胸が高鳴って立っていられません……」


ノエルは呼吸を荒くしながら俺に跪く形になった。


「すげー‼ 四天王を倒したノエル様が何もできずに跪いた‼」

「アモンの圧に屈したんだ! 素人の俺もびりびり感じて、冷や汗が止まらねえ!」 

「これからはあいつが――いやあのお方が四天王だ!」

「胴上げだ! わっしょーい‼」


 ちゃうねん、ノエルが勝手にしゃがんだだけやねん。


 集まって来た連中が俺を胴上げし始めた。頼むから人の話を聞いておくれ。


――――

――


 その後、魔王城に召集された俺達だが、ノエルを見て狼狽えた魔王から衝撃の事実を聞かされる。ノエルの正体は勇者だったらしい、背中の痣は勇者の紋章とのこと。


 そして、魔王はノエルに瞬殺された。


 ちゃうねん、俺は止めたんやけどノエルが勝手に喧嘩売ったねん。


「この程度で魔王など片腹痛いです。お父様にこそ、その称号は相応しい」 


 集まっていた他の四天王は既に降伏済みだ。まぎれもなくノエルが魔王になったのだが、案の定俺が玉座に座らされている。

 

「ノエルや。勇者なのに、魔王の味方をしていいのかい? 勇者は人間の救世主なんだよ?」

「勇者など関係ありません。私はお父様にのみ従います」

「ならお父さんを魔王から解放しておくれ」

「わかりました。人間達を支配下に置き、お父様を神にして見せます」

「やめて」


 こうして、俺は史上最強の魔王として後世語り継がれることになる。


 ちゃうねん、娘が話を聞いてくれんねん。




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