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最弱を求める魔導師と最強を求める復讐姫  作者: 天ヶ瀬翠
通商都市アパミア強奪戦
9/28

9話.復讐姫の魔術

 エリクが魔具を手にした頃、ベル・リナ・ルキーノの三人はもう一つの魔具を手に入れるべく戦闘を始めていた。


「二人とも、傍から離れないで」


 身を寄せて警戒する三人は、深い霧の中に立っていた。自然現象で発生したものではなく、魔具が引き起こした特殊な霧であった。


「防戦に徹するつもりか? つまんねぇなぁ」


 霧の向こう側から聞こえてくるのは、この霧を生み出した魔具の持ち主の声。

 魔具の持ち主を見つけるのは簡単だった。だが彼は無音で近付くリナに気付き、ベルの到着まで斬り合えるほど戦いに長けた人物である。また、港を丸々霧で包み込むほどの魔力量もある。


「っ!」


 濃霧から火の玉が数発、突如三人を襲いかかる。

 しかし速度も威力もないため、リナが余裕を持って剣で防いだ。


「大丈夫ですか!」

「ええ」

「さっきからこそこそと……卑怯だな、アイツ」


 彼の天承術は簡易的な火を生み出し、発射する程度の術である。

 厄介なのは魔具の能力の方だった。


「さあさあさあ! 次を防いでみろよ!」


 霧の中から現れたのは、同じ顔をした八人の男。

 彼の保有する魔具は霧だけでなく、幻も生み出す事ができる。それも実体を持ち、自動操作にて動く幻を。

 幻で作られた男たちが、別々のタイミングで剣を振り下ろしてきた。


「はっ!」

「せい!」


 ベルが四人を捌き、リナが別の四人を捌く。斬られた幻たちは霧散する。

 動きは単調であるため、向かい打つことは簡単である。だが、幻の打ち出す一撃は結構重く、防ぐたびに僅かながらダメージが蓄積される。

 だからといって、下手に動いてしまえば隙を突かれたり、囲まれてしまって窮地に陥る危険性がある。そのためベルたちは動けずに、防戦に徹するハメになっていた。


「本物で攻撃しないなんて臆病! 下劣と知れ!」


 先程から遠距離で炎の弾と幻の稚拙な攻撃を交互に繰り返している。彼は痺れを切らして、連携が乱れているのを待っている。その瞬間に、今までとは違う決定打になる攻撃をしてくるのかもしれない。


「なんとでも言え。ヒヒッ……この世界は最後に生きていればいいのさ」


 リナの挑発に、下劣な笑みを含めながら返してくる。


 攻撃を防ぎながら、ベルは冷静になって考える。

 最悪なのは、仲間の魔術士が援軍に駆けつけてくることである。これ以上の攻撃を、ルキーノを守りながら耐えることは難しい。

 ルキーノは戦闘に関しては完全な初心者であり、ベルとリナが防げない攻撃を叩き込まれないようにしなければならない。

 ――私の魔術を使えば……けれど被害が出てしまう。

 ベルの魔術は、広範囲に渡り被害を及ぼす。ベルたちの存在が目立ったてしまう。それに、無関係な罪のない人々まで巻き込むおそれがある。

 復讐を誓い生きてきたベルだが、無関係の人間を殺してしまうことに対して一切良心が痛まないわけではない。

 思考に耽っていたベルが一瞬、動きを止めた。


「隙ありぃィィッ!」

「姫様っ!」


 霧の中から、畳み掛けるように剣撃がベルのみを襲う。

 ルキーノから離れられないため、なるべく足を動かさずに敵の攻撃を捌く。が、徐々に手首に疲労が溜まり始め、動きが鈍くなっていった。

 ベルが徐々に弱まっていることは、魔具を持つ男にも伝わっていた。一丁前にリーダー面していた少女は、存外筋力が無いらしい。苦痛に歪み、疲労で傅く顔が霧で見えないことが、この能力の大きな欠点だとつくづく感じた。


「いいぞいいぞ、もっとあがけ。動けなくなったら、俺自らが首を……っ!」


 数分に及ぶ攻撃の嵐が止んだ時、ベルは何故か笑っていた。


「フフフ……なるほど、やはりアイツの魔具は面白い」


 その笑いは全てを諦めて狂った者の笑いではない。まるでこちらを見下すような笑いだった。


「何笑ってやがる! 痛みのあまり頭がイカれ――」

「リナ、私は《《キレた》》」


 刹那、リナとルキーノは迷わずベルから離れるように走り出した。

 無表情だったリナ、そして怯えていたルキーノの顔が恐怖に変わっていた。〝キレた〟という言葉はベルが全力で魔術を使う合図であり、近くにいれば巻き込まれない保証がないという警告でもあった。


「逃がすかっ……」


 彼は言葉を止めた。

 止めさせられた。

 ベルから発せられたただならぬ圧に、喉元が締め付けられるような錯覚を覚えた。


「私、魔術が本当に下手なのよ。出来ることが一つしかないし、汎用性もひったくりもありゃしない……。たとえ小さな火でも、私は貴方の能力が羨ましいわ」


 男は霧から少し離れた場所で、高みの見物をしていた。

 彼は弱いものを虐めることに対して、至高の悦びを感じる狂気の持ち主だった。この幻影の剣を持ってからエスカレートし、数多くの人を嬲り殺してきた。

 普段は商船の護衛としてしていられるのは、広範囲に渡り展開できる霧が船の場所を眩ませるため高く評価されていたためだった。


 相手が諦観し、降伏する姿は何度も見てきた。だが命だけは救ってほしいという執着の現れであることが多い。そのような輩こそ嬲りがいがあるのだが、


 ――けれど、何だこの威圧は!


 霧で姿は見えず、聞こえてくるのは情けない相手への賛辞。だがその口調には、一切の諦めを感じない。

 奥の手がある、または、まだ本気を出していない。いずれにせよ打開策が無ければ出し用がない。

 仲間が離れたことを考えると、広範囲に及ぶ魔術の可能性がある。魔術で生まれた霧が吹き飛ぶ事は無いが、万が一の可能性もある。場所を離れようと海の方へ振り返った。


「な……なんだこれは……」


 海上に浮かぶは、巨大な水球。

 荒々しく波立てる水球は、十メートルを超える大きさになっている。人を呑み込むどころか、小さな村であれば壊滅させられるだけの力はあるだろう。

 あれほどの質量がある水を、空に留めるなど半端な魔力では成し得ない。

 男の脳裏に先程の言葉が思い浮かぶ。


 〝出来ることが一つしかない〟。


 その一つがあまりにも暴力的で、無慈悲。抗う事の出来ない絶望感に苛まれた男は、とっさに背を向けて走り出した。

 今まで数多の修羅場をくぐり抜けてきたからこそ、生きるための逃げの一手を選んだ。


「喰らいなさい」


 振り下ろした手と同時に走り出す水の奔流。圧倒的水量が、広範囲に渡り侵略し始める。

 男もろとも霧の全範囲を飲み込み、海際にある脆い建物は容赦なく崩れていく。

 男が流される様子を傍目に、ベルは剣を地面に刺し水流に耐える。

 相変わらずコントロールが効かない能力に、ベルはため息をついた。大量の水を操作し、莫大な推進力を持って流す力は対軍隊や対施設において幾度となく成果を上げてきた。が、この威力から落とすことができないため、一人だけ狙い撃ちしたい場合や、小さい場所を狙うことが出来ない。

 また、莫大な魔力を消費し連発できないため、格上相手では全くもって役に立たない。


 ふと、ベルは魔具を男と一緒に流してしまったことに気付く。すでに男の姿は見えず、一体どこを探せばいいか検討も付かない。しかもこの水流が一段落するまでベルは動くことができない。


「〝来い〟」


 どうすべきかと頭を悩ませていると、水面から剣が飛ぶのが目に入った。

 それは近くにあった建物の上に立つ人物の手に収まった。


「なにこのふざけた力は……」


 無事回収した二つ目の魔具を手にベルは苦笑した。

 今まで数多くの魔術を見てきたが、ここまで破天荒な能力は稀だった。


「ええ、ふざけてるわ。でもこれが、平等の魔導師によって与えられた力なのよ」


 問題は魔術ではない。常軌を逸しているのは、ベルが操れる魔力量である。魔力を多く持つ人間は腐るほど存在する。だが、それを一気に放出して、なおかつコントロールできるとなるとそうはいない。ベルの実力派、魔導師レベルに近いと言っても過言ではない。


「ところで、こちらに降りてきたら? 他の魔導体系の魔術を消失させる〝拒絶〟があれば、この水も平気なのでは? ……あ、あなたが拒絶できるのは、魔術だけ。だから、水そのものじゃなくて水を操ってる魔力しか無効化できないのかしら」

「……なぜ僕の能力を知ってる?」


 エリクの声音が変わる。しかしベルは楽しげに続ける。


「ここが分かったのは魔力を見る目……〝万視〟の力かしら。それとも、〝浸礼〟によって自らの存在を埋め込んだ物の居場所はある程度分かるためかしら?」


 エリクは手にした剣をベルに向けるが、ベルは挑発するような表情を返した。


「あなたの生み出した魔具(こども)は、魔導体系を広めるために存在している。だからこそ、あなた自身には使えない制約があるのよね?」


 エリクはぎりっと唇を噛む。

 全て知られている。魔導体系を受け継いだ魔術士にしか伝えていなかったことまで知っている。


「随分と詳しいんだね」

「昔住んでた家にその手の本があったのよ」

「なるほど。じゃあ、それらの情報が正しいかどうかは知らずに、僕にブラフをかけているということかな」

「ええ。そうね。間違っている根拠もないけれど」


 それならば、根拠が間違っていることを証明してみろとでも言っているような顔付き。

 実際のところ、ベルの言葉は全て合っている。否定してもいいが、彼女がどれほどの情報を持っているか分からないため、下手に言葉にするのは危険である。〝昔住んでた家にその手の本があった〟というのも如何にも嘘らしい。


「ねぇ、エリク。私は聞きたいのだけど……あなたの拒絶する力は、あなた以外の魔導体系を拒絶するのよね。なら、私の持つ剣……〝魔力を抜き取る剣〟は拒絶できないわよね」

「だとしたら?」

「何をするというわけでは無いわよ」


 ベルは剣を鞘に入れる。

 水が滴る髪の間から、くすんだ赤色の瞳がベルを見つめる。

 ベルの言いたいことは分かる。もしベルが魔具をすべて無効化し、エリクの魔力を元通りにしようとしたとしても、エリクはそれを防ぐ術がないということである。


「まだ私に魔導継承してくれないのかしら? ご覧の通り、私は水を集め放つことしか出来ないのよ」

「断るよ」


 魔術士とは思えない莫大な魔力を操れる。だが、使い道が限定的過ぎる。

 たしかにこれで復習を行うには心許ない。

 だとしても、


「何度でも言うけど、魔導継承だけは絶対にやらない。倒す手伝いはなんだってしよう。魔具も見つけてあげるし、魔力顕現で雑魚を蹴散らしてあげる。でも、魔導継承だけはだめだね」

「わかったわ。今日のところは諦めてあげる。だけど考えておいて……この剣がある限り、主導権がどちらにあるかを」

 

 それは脅迫に近い。

 膨大なエリクの魔力すら恐れず、不可思議な力も恐れず。

 ――やはり危険だ。

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は〝3月23日〟更新予定です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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