5話.魔導師に支配された国
建物を出たエリクが空を見上げると、西の方が徐々に茜色に染まってきていた。
黄土色の草原は綺麗な橙色へと変色する。エリクにはその光景が、戦争により火の手が上がる街のように見えていた。風で揺れる草の音だけが耳に入っている筈なのに、脳内では逃げ惑う人々の悲鳴が再生されていた。
――いつの世からも、争い事は無くならないか。
期待していたわけでは一切無い。
もし誰かに起こされるとしたら、きっと戦いへの助けが必要な時だろうと思いながら眠りについた。そして実際に魔導師としての力を求められて起こされた。
この世に魔導師という欲にまみれた存在がいる限り、決して争いは無くならない。
――おっと、感傷に浸っている場合じゃ無いかな。
エリクは岩石地帯に一番近い建物へと足を運んだ。
ルキーノからベルがどこにいるか聞いていない。だが、岩石地帯という自然の防壁に一番近く、尚且つ十棟の中で一番綺麗な建物にベルがいない道理が無い。そもそもその建物はエリクが住んでいたため、他よりも少しばかり頑丈に作っていた。
コンコンと二度ドアをノックすると、幼さの残る十代の少女がエリクを中へと案内する。
「お待ちしておりました。どうぞこちらへ」
女性が使用しているためか手入れが行き届いており、床には古いながらも絨毯が敷いてあり、壁にも装飾品が掛かっている。たったこれだけ手が入るだけで、人が住めそうな空間が出来上がる。
少女に案内されるままに二階へと足を運び、ちょうどフロアのど真ん中に位置する部屋の扉の前に立つ。この扉だけ頑丈な鉄製で、安易に破れないようになっている。そして少女は三度ノックを行い、
「魔導師様を連れてまいりました」
「どうぞ」
何処となく威圧を含んでいる声が耳に入る。
ドアを開けると、中央にあるソファーにベルが腰をかけていた。深々と座るベルは背もたれにもたれかかっていて、正面からだとふんぞり返っているように見える。
「そろそろ来ると思ってたわ。聞きたいことは山ほどあるでしょうし」
そしてここで姿勢を正して喋らないのがベルらしい。とても会議を行う様ではない。が、エリクは気にすることなく口を開いた。
「もちろん。だって今はまだ君の成し遂げたいことしか聞いていないからね。それまでの過程を聞いておきたい」
「分かってるわ。その前に、一人紹介させて貰ってもいいかしら」
ベルの傍に立つ少女へと手を向けた。
洞窟にいた時と変わらず、武装したままエリクを見据えていた。
肩の位置よりも少し長めのベージュ色の髪に、澄みきったサファイアの大きな瞳。そして整った小さな顔。外見だけ見ると戦には無関係の儚げな少女に見えるが、彼女の隙の無い姿勢と躊躇いのない太刀筋は初心者とは程遠い。尋常な努力の末か、それとも生まれてずっと戦いに身を投じたかのどちらかだろう。
「紹介するわね。リナ=リヴァルタ。私の右腕の騎士よ」
「よろしく、リナ」
エリクは自身の中で最も友好的な表情を作り上げて、手を差し出す。だが殺意を抑えることなく、リナは握手に応じた。
対面の椅子に座ったとき、エリクは思わず大きく息を吐いた。
「ごめんなさいね。ちょっと緊張してるみたいで」
「構わないよ。おかげでまた少し目が覚めたよ。それよりも話を進めよう」
ベルは足を組み、流氷のような髪を耳にかけた。
ベルの美しい水色の髪を見るたびに、どうして彼女の性格はこの色に反して真っ黒なのだろうと思わずにいられないエリクだった。
「さて、何が聞きたいのかしら? 敵のこと? それとも、私達のこと?」
「まず初めに、この世界のことを聞きたい。僕が眠って……戦争が終わって……この世界はどうなった?」
「やっぱり魔導師として、一番気になるのは勢力関係? どの魔導師が一番力を持っているかってこと?」
「そういうことになるね。別に僕は勢力や魔導体系を広めるつもりはないけれど、他の魔導師たちの抗争に巻き込まれるのはゴメンだからね」
エリクは魔導師の中でも異例中の異例。
自らの魔術を広めようとはしない、稀有な存在である。
「分かったわ。まず魔導師同士の大きな戦争は終わったわ。この国を始めとして〝平等の魔導師〟が大半の土地を支配したことでね。小さな小競り合いは相変わらず続いているけど、今の勢力図が大きくひっくり返ることは早々ない筈よ。正直、どこの国も疲弊して戦力を維持できないのが現状なんだけど」
魔導師の魔力は無限に等しくとも、体力は有限である。同時に、精神力も普通の人間とは変わらない。従う魔術士も疲労は溜まり、物資の補給も苦しくなっていく。
「今の状況は〝終戦〟? それとも〝休戦〟?」
「終戦ね。平等の魔導師が大きな戦争を引き起こしそうな魔導師に干渉し続けているおかげでね。まあこれはあくまで噂なのだけど」
「いや、きっと本当のことだろうね」
平等の魔導師はその名の通り、世界の平等を重んじる魔導師である。その使命故に仲のいい魔導師も多く、敵には回したく無いというのが本音だった。
ただでさえ世界一位の魔導体系となり手が出しにくいというのに、仲間の魔導師も多いときたら下手に動くことは出来なくなるだろう。
「数による牽制、か。なるほど、アイツらしいなあ」
「ちなみにこの周辺は〝ルッツァスコ導師国インペラルタ〟と言って、導きの魔導師を主導師として強く信仰している国よ。私達も全員、天承術を使うわ」
導師国とは、魔導師を中心に作り上げられた国の事。その魔術体系のみを扱う制約と引き換えに、大事があった際には魔導師の助力を得られるという契約が交わされていることが多い。
「付け加えると、インペラルタは世界の三割の領土を有する大国よ。他のルッツァスコ導師国全てを足すと、領土は七割に及ぶ」
「予想以上だ……ルッツのやつ、やるね」
魔導師を愛称で呼ぶエリクに、ベルが少し驚いたように目を大きくした。
「あら、平等の魔導師と仲がいいの?」
「良くなんかないさ。けど、悪いわけでもない。互いに互いを煙たがっているし嫌いだけど、敵対はしていない」
「よくわからないわね」
「でしょ? でもこれが僕とルッツの仲を表現するに相応しい言葉なんだ」
ベルが首を傾げる隣で、リナが少し眉をしかめ不快感を顕にした。
ベルが小馬鹿にされたのだと思ったのだろう。エリクは馬鹿にしているつもりなど毛頭無い。
「失礼しまーす。お茶が入りました」
空気が悪くなり始めたところで、明るい声が部屋へと舞い込んできた。
洞窟で見た時と同じメイド服を見に纏い、カールがかかったピンク色の髪が元気よく跳ねている。髪と同色のカチューシャやハートのイヤリングなど、女の子らしい可愛らしいアクセサリーを付けている。
ベル、リナと比較すると圧倒的に〝まとも〟な女性だとエリクは感じていた。
「挨拶が遅れました。私はチェル。ベル様にお仕えさせて頂いています」
「僕は主導師でも無いんだから、そんな堅苦しいのは無しでいいよ。よろしくね、チェル」
そう言って握手をしようとして、直前に手を止めた。
「どうかしましたか?」
握手を拒まれきょとんとするチェルに、エリクは思わず笑ってしまった。
そして、訂正する。
この女も決してまともではない、と。
「……魔導師にテストをしてくるなんて、君たちは本当に面白いなぁ」
読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m
次回は〝2月16日〟更新予定です。
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