4話.反乱軍の拠点
メルギトゥル洞窟がある岩石地帯の周囲には、広大な平地が広がっている。黄土色の植物が広範囲に渡り群生しており、ところどころに疎林が見受けられる。乾季と雨季の差が非常に激しく、人にとっては生活しにくい環境だろう。また、地脈が通っていない土地であるため魔物も少ないため、魔力を持たない動物たちにとっては平和に暮らすことができる貴重な土地となっている。
ベルを中心に集まった反乱軍は、平野の中にある廃墟群を根城にしていた。中庭を中心に、十棟の建物が円形で並んでいる。全てが部屋を多めに設けられた2階建ての建物であり、宿泊を主として使われていたことが伺える。
――懐かしいな。
立ち並ぶ廃墟を見て、エリクの表情が僅かに綻んだ。
この場所はかつて、導きの魔導師と魔術士たちが住処の一つとして使用していた。
南には荒々しい岩石地帯、西から北にかけては海が広がり、そして東には見晴らしのいい平地と自然に囲まれた自然の要塞となっている。
エリクがメルギトゥル洞窟で眠っていたのは、この住処が近かったためだった。少ない物資で作ったことが災いし、罅や塗装の剥がれ、欠損が目立つ廃墟群へと成り果ててしまっていた。
「人が住んでいるとは思えない不気味さだろ? 遠目から見たら無人っぽそうな方が、軍の奴らにも見つけられにくいだろうからな」
エリクを探し洞窟に潜った一人であるルキーノが拠点の案内役として任されていた。スラリと背の高く筋肉質。整った顔に明るい灰色の髪も綺麗にセットされており、モデルや俳優をしていると言われても違和感は無い。
とはいえ、粗暴な口調とだらし無い態度から、どちらかというとチンピラな印象が強い。
「改めて、俺はルキーノ=グッドウィン。ベル姫の側近中の側近だ。……って何だその目は。嘘じゃないぞ。ただ周りがそう見てくれないだけで、ベル姫は認めると仰ったからな!」
……という言葉を使って、ベルはルキーノを操っているのだろう。洞窟の中でのやり取りでも感じたが、ベルは中々に人心掌握術が上手い。
「あと、俺はどうも敬語ってのが苦手なんだ。許してくれ」
「他の魔導師だったら討ち首だろうけど、僕は許すよ。だからエリクって気軽に呼んでくれたらいいからね」
そもそも魔導継承している魔導師以外、敬う必要はない。彼らは天承術を授けている〝平等の魔導師〟にだけ分をわきまえていればいい。
「では、一通り案内しようか」
ある程度作りは知っているが、変えられている可能性もある。だからエリクは素直にルキーノの案内を受けることにした。
拠点にある十棟のうち八棟が全て寝室となっており、半分が男性用、半分が女性用に別れている。残り二棟が男女それぞれの風呂とトイレ、洗面所になっている。水回りだけ集約するのは効率がいいが、わざわざ外に出て別棟に行くのは慣れるまで億劫に感じるだろう。
食事は中庭にある木製のテーブルで行われている。雨よけのためのテントが張られており、風で飛ばされないように針金で厳重に巻かれている。
「ここには何人くらいいるのかな?」
切株で出来た椅子に腰を下ろしたエリクは、テーブルを見回しながら尋ねた。
「百人を超えたくらいだったか。そんな多くはないな」
想像以上の数に、エリクはヒューと口笛を吹いた。
身分や権力を振り回さずに、そこまでの人数を集められたのは感嘆に値した。
「……よくまあその人数で、挑もうと考えたね。相手は万単位だよね?」
「十万単位、とか聞いたぞ俺は。普通ならひっくり返しようの無い数値だな。でもベル姫がどうやってひっくり返そうとしているか、俺らには分かるわけない」
「それでも付いていくのか?」
「当然だ」
ルキーノは間髪入れずに頷いた。
「どのような状況であれ、ベル姫が決して目的を見失わないことを俺たちは知っている。どんな指示を出されても、その先の結果は変わらないと分かっている。だから誰も疑わず、従うんだ」
宗教じみた忠誠心に近い尊敬。
〝何が起きようとベルの行動を信じる〟とルキーノは堂々と言ってみせた。そしてそれが、全員の共通認識であるとも。
エリクの顔が無意識に引き攣った。
ベルは洗脳に近い扇動能力を持つのかもしれない。
圧倒的なカリスマ性。もしかしたら彼女は王家か貴族など、人の上に立つべき家系なのかもしれない。
「……そういえば、ベルのファミリーネームは知っているの?」
「それが知らねぇんだわ。俺だけじゃない……ここにいる連中全員が知らないんだ。ま、言わないってことはそれなりの理由があるんだろうから、あえて追求はしてないけどな」
ベルからは〝ベルナルディーナ〟という名前しか聞いていない。ファミリーネームに秘密があるかもしれないが、今はベルに取り入り色々な情報を引き出さなければならない時。探りを入れて警戒される訳にはいかない。
「次は寝室を案内しよう。一応、一人一つ部屋が割り与えられていんだ」
エリクが案内されたのは十棟の建物の中でも一番古びた建物だった。
「ここ大丈夫? 砂埃侵入しまくってるし、植物伸びてきてるし、雨漏り用のバケツ置いてるし、天井に穴空いてるし」
「ああ、大丈夫だ。まだ床の陥没による怪我人は出ていない。起こりそうな部屋はいくつかあるが」
「……僕はその部屋じゃないよね?」
「それは運次第だ」
ルキーノの答えに、エリクはため息をついた。
エリクの泊まる部屋として案内されたのは、ニ階の角部屋だった。二面から光が取れるため、比較的明るい部屋だった。経年劣化は見受けられるが損傷はほぼなく、人並みの休息は取れそうな部屋だった。
「よかったな、エリク。ここはあたり部屋だ」
「なんで部屋にあたり外れがあるのかな……ま、いいけどさ」
白い塗装で塗り固められた部屋には布団用の布が部屋隅に畳まれているだけで、他には何もない。天井には丸い電球が一つ付いている。
「まあでも野晒が当たり前だったあの頃に比べたら、雨風に晒されずに寝られるだけで御の字だよ」
「そっか! エリクはあの戦争を生き抜いたんだよな! 魔導師が数多く死んだ中で……いやあ、すげえ」
〝あの戦争〟……つい百年前まで繰り広げられていた魔導師同士の殺し合い。歪み狂った戦争と評されたそれは、魔導師たちが私利私欲のために争ったに過ぎない。
エリクは窓から空を見上げた。煙火も悲鳴も上がっていない平和な空を。
「凄くなんか無いさ。僕はただ逃げ回っただけだから」
「逃げ切ったんだろ? 生き伸びたんだろ? なら上等だ。死んだらそこで終わりなんだからよ」
ルキーノが言っている事は最もだ。
それ以上の望みは贅沢だとエリクは分かっている。
だが、救えた人を救えなかった後悔を振り切ることは、絶対にできない。
「そういえば、君たちは何かしらの戦争を経験した事があるのかい?」
「戦争に巻き込まれたやつはたくさんいるが、〝戦う側〟で経験してる奴はいないんじゃないか? 魔導師の戦争は俺らが生まれる前だし、この国は早くから安定していたし。だから本格的に仕掛けに行くのも今回が初めてたんだよ」
「なるほど……それはあまり喜ばしくないかな」
大半が戦いの初心者、というのは攻め入る際に考慮しなければならない情報だった。
ベルが敵に回そうとしているのは、国の軍隊……つまるところ、集団戦における殺しのプロだ。どんな非情な手もどんな理不尽な作戦もやってのけ、相手を皆殺しにする術を知り尽くしている。〝国を守る〟という強き意志のもと、人間の心を押し殺して兵器に成りきる。
だが、ベルに従うもの達はその恐ろしさを知らない。少しでも自分や仲間の命の危機を察したら、戦意喪失してしまう恐れもある。そもそも、人を殺すという所作に躊躇いを覚える者が出てくる可能性もある。
「ベル姫もそれは分かっている。戦力としてカウント出来るのは、洞窟でお前を迎えに行った四人だけだろうな。だからこそ、エリクに協力を呼び掛けたんだ」
「なるほどね。少しばかり、荷が重い気がしてきたかな」
他の魔導師ならともかく、魔力の大半を失い、そもそも戦闘に特化していない魔導体系であるエリクには、千倍の差を埋めるだけの火力は無い。
「ま、状況は分かったよ。ところで……」
天井にかかっている電球をエリクは指差した。
「あれは?」
「あれは〝天具〟って言って、天承術を封じ込めた道具だ。電気も水も、そこから供給されている。エリクが眠る前には無かったのか?」
「……あいつ……僕の能力をパクったな……」
エリクは不快を顕にして舌打ちする。
それを見て首を傾げるルキーノ。
「どうした? 今のが癇に障ったのか?」
「触るも何も、魔術を武器に落とし込む能力は僕の専売特許だったんだ。それを……あのくそ腹黒ジジィ……〝平等の魔導師〟はパクったんだよ」
「〝平等の魔術師〟様が? とてもそんなことをする方とは思えないが……」
天承術を人間に与えた魔術師……それが〝平等の魔術師〟。とても懐が深く、すべての人間に平等で自然を愛する魔導師……というのが世で通っている印象。
だが、その本性は全くかけ離れている。
が、魔導体系を授けて貰っている魔導師の悪口を言ったところ信じられるはずがない。だから、エリクはそれ以上言わなかった。
「けど、おかげで今の文明の弱点は分かった。ここまで天承術依存なのであれば……打てる手はあるね」
「本当か! さすがエリク! で、その手は?」
「まだ秘密。時が来れば教えてあげるよ」
それがある意味、ベルらへの対抗策にもなる。
あくまでエリクは脅されて協力している身。必要以上に手助けするわけにはいかない。
「でも、ベル姫にはエリクの考えが見抜かれているかもな」
「随分と信頼してるんだね」
「もちろんだ。頭が良く機転が効き、どんな事態にも柔軟に応じることが出来る。その上戦闘も天下一品で、どんな強敵にも怖じける姿を見たことがない」
「彼女の天承術はそれほどにまで強力なのかな?」
ベルが問いかけた後、沈黙の間が生まれた。
今までテンポよく帰ってきていたルキーノのからの返事が帰ってこない。
顔を向けると、先程までのハイテンションが跡形もなく、気難しい表情をしたルキーノがいた。
「申し訳無い、エリク。こればかりは言えない。ベル姫のことは一言も話すなと言われてるんだ。察してくれ」
「……謝る必要は無いよ。ベルの言うことは最もだからね」
そう微笑みながらも、不気味な威圧にエリクはそれ以上聞くことが出来なかった。おそらくベルは必要以上の情報を流していないだろうが、たとえ危険ではなくても漏洩を許さないよう徹底しているのだろう。
拷問でもしない限りは吐くことはないだろう。いや、もしかしたら自決用の魔具でも持たせてるかもしれない。侮っていたが、組織としてある程度形を成している。烏合の衆ではなく、ベルを中心にした復讐部隊として。
だとすれば、まだ活路があるかもしれない。全員が死ぬ気で立ち向かえばの話だが。
そしてドアの方へ歩こうとすると、素早くルキーノが立ち上がった。
「どこへ行く気だ」
「姫のところに。なに、今の話の続きをするわけじゃない。今後の方針を聞きに行くだけだよ」
読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m
次回は〝2月13日〟更新予定です。
ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。