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3話.利用価値

 エリクの茶色の目が静かに開き、瞳孔に四人の姿が映る。

 刹那、強烈な圧迫感が周囲に放たれた。

 重力と熱線を併せ持ったような、無意識に足を後退させ、全身から汗が吹き出るほどの圧が発せられている。


「うおぉ……息ができないっ……」

「怖い……これが魔導師……!」


 ルキーノ、チェルは思わず跪き、顔を腕で覆ってしまう。全身が震え上がり、肩を大きく上下させるほど息が粗くなる。

 この二人は、魔術士として普通の反応を行っていた。

 魔導師のみが扱える濃い魔力を浴びると、人体は拒絶反応が起きる。もともと魔力と呼ばれる粒子は人間と相容れぬ存在であり、魔導師という特殊な存在がいなければ忌避された存在だった。


 逆にこの魔力に抵抗力がある魔術士は、魔力への高い親和性を持っているということになる。

 ベルは大剣を地面に突き刺し、仁王立ちしてルビーのような紅い眼差しをエリクに向けていた。ただ態度が大きいだけの騎士ではなく、魔力適性が高いことの証明になった。しかも、この魔力で怖気付かないとなると、誰かの魔導師と接触があった可能性が大きい。

 ――天承術を作り出した〝導きの魔導師〟だったらいいが、もしそれ以外の魔導師だったら。

 ふと、四人目がいないことにエリクが気付く。黒髪単髪で小柄な少女で服も黒一色で気配も薄かったためか、いなくなったことに気づかなかった。


「あれ? 確かもう一人いたような――」


 言葉を止めて、エリクは右腕を上げて人差し指を伸ばす。

 と、その先端に吸い込まれるかのように、剣が振り込まれた。

 まるで鉄の剣で防いだかのような金属音が鳴り響く。


「っ!」

「気配もなく、音が全く聞こえなかった。気配の殺し方は自前かな。音は天承術で消したとみた」


 剣は人差し指に触れてから微動していない。

 リナの腕が震えるほど、全体重をかけた踏み込みをしている。が、ぴたりと止めている。人差し指の腹の部分で、切り傷すら付かずに止めている。

 ベージュ色の前髪の隙間から、悔しそうなサファイアブルーの瞳が見えていた。


「っ……硬い……」

「けど、まだまだだね。人に向かって迷いなく殺そうとしたのは評価できるけど、正直に首を狙いすぎだよ」


 これ以上は踏み込めない悟ったのか、悔しそうな表情を浮かべてリナは距離を取る。しかし、ベルだけでなくもう一人有能な魔術士がいるとは思わなかった。

 魔力適性が高いだけでなく、未熟ながらも的確で素早い剣捌きに、迷い無き殺人への覚悟。

 動けなかったチェルとルキーノも魔力適性は人並みだが、ただならぬ魔術士であることは〝視れば〟分かる。

 ただ復讐のために集まっている烏合の衆ではない、ということだろうか。


「テストは合格だよ。僕は君たちの手助けをしよう」


 そう言ってエリクは発していた魔力を収める。

 このテストに意味などない。ただ話の主導権はこちらにもあるとだけベルに示したかったに過ぎない。とはいえ、予想以上の収穫はあった。

 攻撃に失敗したリナは一瞬だけ安堵の表情を浮かべ、そして落胆へと切り替わった。


「すみません、ベル様」

「いいのよ。どうせアイツは不合格にする気なんてサラサラ無かったんだから」


 ベルの挑発的なウィンクに、エリクは目を反らした。

 しかしリナは不意打ちできなかったことを相当悔やんでいるようだ。ベルへの忠誠心の高さと、ひたすらに力を求める姿勢はいずれ障害になるかもしれない。


「だからお願いね。頼りにしてるわ」

「分かってるよ、ベル嬢」

「ありがとう、エリク卿」


 〝導きの魔導師〟と一人の人間の間で強引に結ばれた協力関係。

 この邂逅が世界を大きく変えることになるとは、本人含めて誰も想像していなかった。






「あんな奴を引き入れていいんですか? 何を考えてるか全く読めないですし、気味が悪いです」


 五人で洞窟から脱出している道中で、リナは不満げに尋ねた。

 出口への道案内をさせられているエリクの背を見ながら、ベルは微笑んだ。


「それはいとも簡単に防がれたのが気に入らないから? それとも、嫉妬?」

「し、嫉妬なんかじゃ……」


 リナが大きな信頼と愛情を向けてくれていることをベルは知っている。が、生まれた時から暗殺と共に生きてきたリナが、そんな私情を挟むとは思えない。

 つまるところ、魔導師に対する本能的な危機感を覚えているのだとベルは推測していた。それはリナだけでなく、チェルとルキーノも感じているだろう。先ほどから、魔導師へ警戒する目から怯えに変わっていた。


 魔導師は、自分の魔導体系を授かっていない人間に対しては非情になれる。過去、魔導師が人間を虐殺した事例は山のように存在する。その大半が、魔導継承を断ったことが理由となっている。


 故に人間の本能として刻まれていてもおかしくはない。


「気に入らないのは構わないけど、必要以上に恐れる必要は無いわよ。魔導師とはいえ、人間であることには変わりない。となれば、弱みの一つや二つはあるものよ」

「さすがベル様ですっ! 魔導師相手に一歩も引けを取らないその御姿……リナ感動です!」

「まったく……大袈裟よ」


 キラキラと目を輝かせるリナの頭を撫でる。

 が、実のところベルの言葉は根拠の無い理屈で固められている。先ほど近くの村にあった書物からと言ったが、あれもでっち上げ。昔親や親戚から聞いた魔導師たちの話を、ただ理屈で繋げて話しただけに過ぎない。もし偽りが一つでもあった場合、関係が逆転してしまう。

 それだけは如何なる手を使っても防がねばならない。


「でも、気は抜かないほうがいいわね。貴女の剣を止めたのは、魔力そのもの。噂通り、魔導師は魔力そのものを武器にできる」

「それにきっと狡猾で頭も回ります。変な根回しをされることの無いようにしないと」

「油断して、弱みを握られないようにすることが大事ね。あくまでも私たちの下であるようにしなくちゃいけない。私たちは目的のために全力で――」






 赤い瞳と青い瞳の視線を背に浴びながら、あいつらは危険だとエリクは思う。

 魔術士は普通、魔導師に対して敬意と畏怖を抱いている。

 魔導師がいて、人は魔力の恩恵を受けられる。そして、魔導師と魔術士にある圧倒的な戦力差。

 けれど、あいつにはそれがない。

 それどころか、乗っ取ろうとでもしてる勢いだ。

 だが利用価値はある。

 エリクは世間から身を隠すため、自身の力を魔具に刻み込んで世界にばらまいていた。

 しかし眠る前より、なぜか魔力が増えていた。いくら魔力を感知する能力が高い人間がいたとしても、魔力が極限までに低かった時なら見つかるはずも無い。

 故にエリクは平穏を手に入れるために、その理由を探しに回らなければならない。

 とはいえ単身では動きにくい。

 今のエリクは、魔力量から魔導師だとバレやすい。

 魔導師は基本的に、他の魔導師の命を狙っている。自分の魔導体系を広めることが第一優先のためだ。

 一人で探し回るなんてナンセンスだ。

 それならば、彼女らを隠れ蓑にして調査しよう。

 だからこそ――




「「あいつを最大限利用してやろう」」

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は〝2月9日〟更新予定です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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