25話.道化師の一矢
その頃、ルキーノも絶体絶命の危機を迎えていた。
ルキーノは噴水の陰に隠れながら、ダニロが繰り出す火の龍を避けることで精一杯だった。
そもそもルキーノの光学迷彩魔術は攻撃に使うことが出来ないため、短刀による物理攻撃しか行うことが出来ない。リングを作り上げている兵に混ざる手も考えたが、数万人に見られていては意味がない。
「ちょこまかと逃げおって。まるで鼠のようだ」
ダニロの炎は何度もルキーノを捉えているが、実際直撃しているのはルキーノが生み出した幻であり、僅かながら本体とずれている。けれど直撃はしなくとも何度も肌には当たっており、服のあちこちが煤になり、何箇所も火傷を負っている。
「堂々と勝負しないのか? 逃げてばかりの腰抜けめ」
が、それはおそらくルキーノをいたぶる為にわざとそうしている。もし本気を出せば、一瞬で萌え尽くすことができるだろう。
全てはこの状況で仲間をおびき寄せようとしているのだろう。
エリーチェラに乗り込んだのが、四人だけだとは知らずに。ベルが仲間を失うことに対して恐怖を抱くようになってしまったため、
逆にこの状況を長引かせることが、多数の兵をこの場に留めさせることに繋がる。
――さて、一体誰に化けて遊んでやろうか。
兵の一人がダニロに耳打ちする。
「それは誠か!」
ダニロの顔が驚愕し、徐々に笑みが浮かぶ。
「聞け、ルキーノとやら。貴様の頭が捕まったらしいぞ」
「なっ!」
ルキーノの顔が真っ青になるのをみて、ダニロの笑みが更に深くなる。
「我らがエリーチェラ騎士軍総長のバルドヴィーノ様が直々に対峙なさったとのことだ。あの方の天承術を前にすると誰しもが平伏すからな」
バルドヴィーノにベルが負けた。
そのような言葉をルキーノが受け入れられるはずが無い。ベルにはリナだって付いている。負ける要素が見当たらない。
ならばこれは罠である可能性もある。
「あの女騎士……ベルナルディーナとやらは今頃磔の刑にされているだろう。貴様は助けに行かなくてもいいのか? もちろん、この儂を倒さねば進めんがな」
何をすべきか、どうすればいいかわからない。
信じればいいのか。いけないのか。
あの時と……国に家を潰された時と同じだ。
ルキーノはそこそこ大きい商人の家に育った。父親も母親も、外国にも顔が聞く商人で、あのようになりたいと憧れを持ちながらエリクは育った。
だが、それを快く思わない商人が、虚偽の罪を親に擦りつけた。そして、国から莫大な賠償金を請求された。父親は事前にその危機を感じて母親と息子を遠ざけ、命を絶った。
国は縁があった母親にも目をつけ、結果として病気に侵されてしまった。
その時から、ルキーノは誰も信用できなくなった。仲が良かった商人や親戚でさえ、国が相手と分かった途端見知らぬふりをした。
ベルは、その後はじめて出会った唯一信頼のできる人間だった。権力にも臆することなく立ち向かい、誰に対しても平等に接する器量がルキーノは従おうと思った。
――指示をください……ベル様!
彼女がいなくてはどうしていいか分からない。真っ向勝負ではダニロに勝てない。〝最終手段〟を用いる手もあるが、もしそれまでに出来ることがあればしておきたい。
ふとその時視界に、屋根伝いにエリーチェラ軍本部に向かうエリクの影が見えた。
エリクが向かっているということは、まだ作戦が続いている。
そもそも、本当に首謀者が捕まったのなら、ここでルキーノをダシにして仲間を見つける必要があるだろうか。その役目は首謀者に代わるはずだ。
「けど、ここで引いたら男じゃ無いな」
ルキーノは立ち上がった。いずれにせよ、最終手段を使うしかないと思っていた。
ベルやエリクのように、頭が回るわけではない。であれば、敵にとって確実にダメージになる手を使うしかない。
「ほう、やる気になったか」
「ああ。覚悟しろよ、おっさん」
ルキーノは自分の頬を叩いて、思いっきり走り出す。
すると、ルキーノの姿が三人になった。
自身だけでなく、周囲を対象にした空間光学迷彩。それを応用した自身の幻影を作り出した。
この能力はかなりの魔力消費をするため、決死の術だった
「ならば三人とも焼いてやる!」
火炎の龍が正面から襲いかかる。
「ふっ、他愛も無――」
「ダニロ隊長! 奴は後ろです!」
幻影の後ろに隠れていたダニロが前に躍り出た。
「そんな小癪な手が――」
「それなら!」
強烈な光がルキーノの手から発せられ、ダニロの目を眩ませる。
「ぐあっ! どこまで卑怯な手を重ねるんだ!」
周りからは卑怯だの何だのとヤジが飛ばされているが、知ったことでは無い。
これは命の駆け引き。そこに卑怯もひったくりもない。
「これで終わりだ!」
ルキーノは短刀を構え、ダニロの首めがけて突き進む。
が、ダニロは笑みを浮かべた。
「たとえ見えなくとも……方向さえ分かれば!」
ダニロの体から炎の龍が出現し、ルキーノを迎え撃つ。
この距離では躱しようがない。ルキーノは刺すために重心を前へと倒しきってしまっている。
ダニロは片目を開き、ルキーノの顔見る。
きっと絶望しているだろう。ここまで接近できたことは褒めてやる。その生に執着した搦め手の数々も賞賛に値する。が、ここまでしか来れない。
しかし、ルキーノは笑っていた。
――すまん、チェル。最後まで頼らせもらう。
炎にルキーノが包まれる中、彼の周りに水色の玉が現れた。
そしてそれには紐が繋がっており、広場中へ張り巡らせていた。
「まさか……こいつは光を……」
ルキーノは単なる変装の魔術を使うのではない。光を捻じ曲げてそう見えるようにしているにすぎない。そしてこの男は最初から最後まで、特攻用に身につけていた爆弾に光学迷彩をかけていた。
この広場に誘導したのも全て演技。
十二分の用意をしてから、この周囲一帯を吹き飛ばす手はずを整えた場所へと誘った。
「貴様アァァッ!」
ダニロが怒りと絶望に歪む。
――後は任せたぞ……エリク
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次回は〝4月30日〟更新予定です。
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