2話.少女に脅される魔導師
氷の柱で眠っていた魔導師エリクは寝ぼけた〝ふり〟をしながら、今の状況を確認する。
封印を解いたであろう水色髪の少女が、大剣を片手に傍らに立っていた。
その背後には三人の〝魔術士〟が、今にも切りかかってきそうな気迫で構えている。
大きく伸びをしながら、エリクは尋ねた。
「君たちは天承術を使うのか。となると……狙いは僕の首かな?」
なるべく穏やかに言ったが、魔術士たちの警戒が収まる気配は微塵も感じない。
傍に立つ少女だけが、エリクへと微笑み返した。
「私はベルナルディーナ。長いからベルって呼んで頂いて結構よ」
エリクはあまりにも不躾な挨拶に、豆鉄砲を食らってしまった。魔術士の上位的存在である魔導師に、初対面で砕けた話し方をされる事はまずない。
無作法な少女に怒りを覚えたわけではない。
むしろ、魔導師を恐れない態度に興味を持った。
「先程の問の答えは〝いいえ〟よ。むしろ貴方の……〝導きの魔導師〟の力を借りて、殺したいやつがいるの」
「……なるほど。実に単純明快な理由だね。そういう潔さは嫌いじゃない」
砕けた結晶の上であぐらをかき、足に頬杖をつくエリク。
異端の魔導師を狩りに来たのではなく、協力して欲しいとベルは言った。さしずめ、クーデターか何かを起こしたいのだろう。
エリクは体に纏っている薄汚れた浅葱色の服を見ながら、嘆息した。
争いから逃げる為に眠りに入ったというのに、争いに巻き込まれるために起こされてしまった。何十年経ったか未知数だが、未だに世から戦は消えていなかった。
「ところで、どうやって僕を見つけた? 魔導師としての気配は無に近い状態にしてた筈なんだけど」
「近くの村に文献が残ってたのよ。洞窟に入ってからは、不思議な感覚がこの遺跡の奥からしたから、降りてきただけよ」
魔導師であるエリクは、星から生まれる純正の魔力を宿している。純正の魔力が発する独特の魔力は、魔術士たちにはっきりと感じられる。
とはいえ、他の魔導師に比べればエリクのそれは遥かに薄い。それに、こんな遺跡の奥にある気配を察知するなど並大抵の魔術士にはできない。
つまるところ、ベルは只者ではないということだ。
「……で、君が殺したい人とは?」
「名前はバルドヴィーノ=ヴェッツォーシィ。軍事都市エリーチェラを統括してる王家出身の魔術士よ。……そして、私の家族を皆殺しにした男でもあるわ」
「名前も都市名も知らないね。国まで変わったのかな。とりあえず、軍の偉いさんがターゲットということか」
ベルは魔術士の中では相当な実力者に値する筈だ。そんな彼女が魔導師に助けを請わなければならないというならば、その男は魔導師に近い魔術士である可能性もある。
「とりあえず大まかなことは分かったけれど……僕にとって、何のメリット無いよね。僕だって人間だし、ころっと死ぬし。それにこの通り、僕には数十年ほど眠りについていたブランクもあるし、魔導師の中では最弱なんだよ。それでも僕に助けを乞うかい?」
魔導師は万能ではない。不老不死でもなければ、魔術士対して無敵なわけでもない。
ただ人よりも濃い魔力を扱うことができ、少しばかり寿命が長いだけの人間である。殺す方法などいくらでも存在する。
しかしベルは、ただ首を傾げた。
「最弱? 別に私は強い魔導師を求めてるわけじゃないの。魔導継承だけしてくれて、私が強くなればいいのだから」
魔導継承とは、魔導師が自身の魔術法則〝魔導体系〟を人間に対して与えることを指す。ベルを始めとした四人の魔術士は〝平等の魔導師〟の魔導体系である〝天承術〟を与えられている。
エリクはほぉ、と感嘆の声を上げた。
「確かに魔導体系の切り替えによって強くなるケースもあるね。でも魔導体系の切り替えは、魔力回路への多大な負担……苦痛を伴う。それに僕の魔導体系は運なところがあるから、必ずしも強くなるとは限らない」
普通の魔術士であれば、魔導体系を切り替えることを行おうとする者はまずいない。
人が初めて魔導継承を行った時、体内にある魔力回路はその魔導体系に適した形へ組み変わり固定される。その固定は人体を守るために、かなり強固となると言われている。それを魔導体系切り替えによりもう一度変えようものなら、かなり激しい痛みを伴う。
まるで体内から焼かれているような、熱くて痛い感触が全身を蝕む。その激痛がトラウマとなり、二度と魔術が使えなくなるケースも存在する。
「それが何か? 今の状態では確実に目的は達成されない。それならば、例え1%でも可能性があるほうに賭けるに決まっているでしょう?」
しかし、ベルはそのリスクを微塵も恐れていない。死さえしなければ、悪魔に魂を売ることも厭わないだろう。
「あと、貴方にメリットが無いっていってたわよね? そんなことないわ」
ベルは手に持っていた大剣を、眼前に掲げた。銀の装飾が施された赤銅色の大剣。
「……僕の作った魔具だね。確か能力は……〝物に宿る魔力の排除〟」
エリクは魔術を宿した道具を作れるという能力がある。世界各地に散りばめられた魔具の一つが、今目の前にある。
そしてその剣は、エリクにとっては厄介極まりない能力を持っている。
「この剣であなたの作り上げた魔具を壊しまくったら……困るんじゃないの?」
その言葉は紛うこと無き脅しである。
ベルの言う通り、魔具が少なくなることはエリクにとって致命的であった。
しかし、素直に肯定して弱みを握られるわけにもいかない。かといって、沈黙は肯定を意味してしまう。
どう誤魔化すべきかと考えると、先にベルの口が開いた。
「あなたは魔導師の中でも異例。誰一人として人に魔導体系を与えていないし、魔力容量の一部を削って魔具を大量生産した。どちらも自分の力を弱めることしかしていないわ。もしそれに意味があるとすれば……魔力の気配をとことん小さくして何からか逃げたかったのかしら」
「……どこでそれを?」
肯定も否定もしない。が、あまりにも多い情報量にエリクは反射的に尋ねた。
「洞窟の近くにあった村に書物があったのよ。もちろん、悪気があって作ったものではないらしいわ。次目覚めた時に、村を救ってくれた魔導師を全面的にバックアップできるように能力を書き留めた」
エリクは頭に手を当てて、小さくため息をついた。
もしそれが本当なら、ベルはエリクの能力を、そして弱点を知り尽くしている。魔具を壊されることは、エリクにとって最大の嫌がらせである。せっかく作った魔具を壊されてしまっては、また魔力がエリクの元へ戻ってきてしまう。そうすればまた、長い年月を賭けて魔具の量産に入らなければならない。
ここまでたった一人の魔術士に主導権を握られたやり取りをするのは初めてだったエリクの顔には、怒りによる強張りが浮かんでいた。
「それは……困るね」
魔導師であるがゆえに、人々は善意でその生き様を記録する。戦いの歴史だけでなく、雑談として語ったことも、他愛もない所作も。
「助ければ得られるメリットを言うといったけど、それだと助けなかったときのデメリットだよね」
「ええ、そうとも言えるわね。でも、協力してくれればデメリットは無い……それも立派なメリットでしょ?」
「……ここまで性格の悪い理屈を捏ねる人間は久しぶりだよ」
「あら、魔導師様に褒められるなんて恐悦至極ね」
二人の間に漂う険悪な雰囲気に、他三人は何も言えずに黙り込んでいた。
「……分かったよ。代わりに、僕は僕でやりたいことがある。それをさせて貰ってもいいかな?」
「ええ、邪魔にならないならば異存ないわ」
内容を聞かぬまま、ベルは頷いた。
単なる馬鹿か、大した度胸の持ち主か。
いずれにせよ、ベルという少女が厄介であることには変わりがない。
だが、このままやられているばっかでは面白くがない。
丁度体のなまり具合を確認したかった頃合いだった。
魔導師を舐め腐った魔術士に、痛い目をみせてやろう。
エリクはゆっくりと腰をあげた。上半身を左右に数度ひねると、体の骨がばきばきっと鳴る。
そして、ゆっくりと瞼を閉じた。
「それじゃ、一つ……僕からテストをさせてもらおう」
読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m
次回は〝2月5日〟更新です。
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