18話.エリーチェラ騎士軍総長の嗜み
ヘラクレトスの北方には、無機質な灰色が広がる街が存在する。
景観への考慮のかけらも無い、まるで軍隊の列のように綺麗に並べられた立方体の家。そして放射線状に円の形をした街の中心には、一際大きい直方体の建物がある。
ルッツァスコ導師国インペラルタにある三つの軍事特化都市の一つ、エリーチェラ。
その本部である建物の屋上で、一人の男がワインを片手にくつろいでいた。
「やはり、昼間からこの繊細でまろやかな味を愉しむに限りますね。太陽の光が、より鮮やかで美しい紅色を見せてくれる。君もそう思いませんか?」
エリーチェラ騎士軍総長バルドヴィーノ=ヴェッツォーシィ。
長くて細い足を組みながら、彼は何度目かになる口付けをグラスと交わしていた。
酸化した血のような赤黒い赤褐色の髪の間から覗く、真紅の眼が近くにいた兵士へと向けられる。
「はっ! その通りであります!」
体を震わせ全身から冷や汗が吹き出ている兵の名は、ダニロ=アルボーニ。
先日〝導きの魔導師〟討伐を命じられ、返り討ちに遭ってしまった男である。
目標が達成出来なかったのにも関わらず、大量の兵を失い、あまつさえ魔具すら使い物にならなくなってしまった。死をも覚悟で敗戦の報告をしたダニロは、なぜかバルドヴィーノのブレークタイムに付き合わされていた。
「相変わらず君のワインを選ぶ貴方の眼は素晴らしい。そして、その味を引き出す管理と出し方、シチュエーションも文句なしです。正直なところ騎士軍特殊幹部にまで引き上げたいところなのですが、上からワインだけで昇進させるなと堅苦しい苦言がありましてね。ワインは人以上に扱いが難しいというのに……」
「は、はあ」
バルドヴィーノは財産の大半をワインにつぎ込み、インペラルタ各地で醸造所を持っていると言われている無類のワイン好きである。そんな彼に、同じくワインを好み、扱いに長けたダニロは高く評価されていた。
しかしダニロは今、それどころではなかった。
「しかし本当にお咎め無しでよろしいのでしょうか? インペラルタ国に対しても、犠牲となった我が兵にも顔向けできませぬ」
敗戦報告を受けたバルドヴィーノは怒りも呆れもせず、ただ「お疲れ」と言っただけだった。罰も何も無く、ただそれだけで終わった。そのことが、ダニロの中で腑に落ちなかった。騎士として、負けたままのうのうと生きていていいのだろうかと。
むしろ、惨敗したに関わらず降格や処罰無しという待遇に冷たい目を向けてくる同僚の方が、かえって安心する。
「では貴公は自ら死にたいということですか?」
「……」
否定もできないが、肯定もできない。
自ら死にたい、という訳ではない。失敗を挽回できる機会がある以上は粉骨砕身し行いたいと思っている。だがその一方、何の処罰を受けないのも違うと思っている。
「冗談ですよ。一つ勘違いしないで欲しいのが、私は貴方を許したわけではないということです。失態に対する罰が処刑や降格以外にもあるってことです」
それでは一体どんな刑があるのかとダニロが考えていると、兵の一人が駆け寄りバルドヴィーノへと耳打ちする。バルドヴィーノは、ダニロの方へと視線を向ける。
「ダニロ隊長、どうやらその時が来たようですよ。導きの魔導師一行が、防衛拠点ヘラクレトスを突破しました。ペトローニオ拠点長は殉職したようです」
「なっ……!」
ダニロは絶句した。たかだか数百名の素人集団が、名高き防衛拠点を突破するなど現実味が無かった。
「さて、ダニロ。あなたの出番です。導きの魔導師と唯一交戦したことのある貴方を、迎撃の戦闘隊長とする。これが貴方に課す刑です」
ダニロは先程とは別の意味で体が震えた。
バルドヴィーノは、名誉挽回のチャンスを与えてくれた。
「は! 全身全霊をもって、奴らを迎え撃ちまする」
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次回は〝4月13日〟更新予定です。
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