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17話.決意の魔導継承

 エリクの背後から、悠々と歩いてくるベル。

 ベルは今回、直接参加していなかった。壁に囲まれた防衛拠点で洪水を起こしてしまったら、味方も被害を被る可能性があったからだ。


「こちらも疲弊し始めて、逆に敵側が反攻しようとしているわ。……どうするの? 今の状況、貴方の言っていた〝どうしようもない状況〟なんじゃないの?」


 エリクは何も言い返せない。

 打つ手がないわけではないが、どの手を使っても持久戦になってしまう。

 仲間を誰も殺させない……その約束がこのままでは守れないだろう。

 百年前にも似たようなことがあった。

 親しい友が窮地に陥った時、助けることができず命を失ってしまった。

 同じ過ちを繰り返そうとしている。


「……はは、そうだね。こりゃどうしようもないよ。百年経って何一つ成長してないなんてさ。人間としてどうかしてるよ」


 エリクは立ち上がった。

 ここまで勝ち目が見えぬ相手なのであれば、ベルに頼らざるを得ない。


「援軍か。ならば二人もろとも轢殺してやろう!」


 棍棒を構え、殺意に満ちた形相でペトローニオが走る。

 エリクは意を決して、ベルの方へと向き直る。


「ベル、頭を出して。一瞬で終わるから」


 ベルは言われるがまま、体を少し傾けて頭をエリクの方へと向けた。

 エリクはベルの頭に手を翳し、唱える。


「〝存在を贄とし、己の観測を経て、唯一無二の奇跡を成す〟。導きの魔導師の名において、我が教義を貴公に継承する!」


 ベルの体に、無数の緑色の線が浮かび上がる。そしてそれらが砕け散り、代わりに白色の線が浮かび上がる。


「っ! くぅっ……!」

「しっかりして!」


 ベルが少し痛そうに体を捩る。流石に何も無く魔導体系の変更はできないらしい。


「させるかっ!」

「させない!」


 エリクはベルを抱きかかえ、その場から離れる。と、先ほどいた場所から岩の杭が飛び出る。

 捕捉されないよう不規則に動きながら、時が来るのを待つ。

 魔導継承の切り替えはそれほど時間がかかるわけではない。数秒持ちこたえれば、ベルは眼が覚めるだろう。

 問題なのはそこから先だ。新しい魔導体系が体に馴染んでいるか、そして、能力がどのようなものであるか。


「何を笑っている?」


 棍棒でエリクの腕を押さえつけながら、エリクに問う。

 彼の口に、先ほどから気味の悪い笑みが浮かんでいる。


「さあ、何だろうね。僕にも何で僕が分かっているかよく分からないよ。唯一言えることは……僕も魔導師だったんだなということだね。今まで継承に対して嫌悪感しか抱いてなかったのに、いざしてみるとここまで心地よいとは……ね!」

「っ!」


 エリクはベルを抱えたまま、ペトローニオに飛び蹴りをかました。岩の巨体がぐらついたが、すぐに体勢を立て直して攻撃に転じようとする。が、既にエリクは遠くに離れていた


「やれやれ、魔導継承だとこれくらいが限界か」

「ちょこまかと逃げやがって。正々堂々勝負をしてきたらどうだ」

「勝負するさ。……彼女がね」


 ベルを包んでいた光が収束する。

 容姿や雰囲気などは何も変わっていない。


「お姫様、機嫌はいかが?」

「絶好調よ。おかしいくらいにね」


 ベルはエリクの腕から降りた。


「よかったよ。何せ継承するのは二百年近くして無かったからね」

「さりげなく怖いこと言うのやめてもらえるかしら? まあ、私は貴方を信じる他なかったのだけど」


 ベルは軽口を叩きながら、剣を抜いて敵へと向ける。


「まさかお前……魔導体系を変えたのか! それはこの国で死刑確定の大罪だぞ!」 


 ありえないと言わんばかりに、ペトローニオは叫んだ。

 ルッツァスコ導師国インペラルタという正式名称の通り、平等の魔導師を崇拝し、その見返りとして魔導師の恩恵を受けるという契約がある国である。その第一条件が導きの魔導師の魔導継承を受けることであるため、魔導継承を拒んだり、別の魔導師から魔導継承を行うことは、殺人よりも遥かに重い重罪となる。

 本人は即日の死刑であり、その家系に対しては常に監視されている牢獄への移住を余儀なくされる。


「そうね。だから?」


 ベルは剣を構え、膝を曲げて前傾姿勢になる。対してペトローニオも右足を前に出し、棍棒を構える。二人の体を駆け巡る魔力が昂ぶる。


「私の生まれた国を滅ぼした敵国に傅く必要がどこにある? 家族を、民を皆殺しにした仇に頭を垂れる道理がどこにある? 無いわね、これっぽっちも無いわ! あるのは……復讐心だけよ」


 ぽつりと呟いた直後、ベルの姿が消えた。

 地を蹴る音もなく、空気を掻き切る音もなく。


 彼女は瞬きをする間にペトローニオの背へと回っていた。


「っ!」


 エリクが気付いたのは、ペトローニオの首の頸動脈から血を吹き出した時だった。

 何が、いつ、どこで、どうなったか全くもって分からなかった。

 エリクの〝万視〟は魔力の性質を見ることが出来る。

 しかし彼女は魔術の発動まで自然な状態で、発動後にも自然な状態に戻っていた。

 或いは時間操作。或いは空間転移。

 いずれにせよ、自然操作のみができる天承術では決して届きえない領域である。


「……僕にすら分からない魔術だなんて、初めてだよ」


 エリクの拳は震えていた。魔導師としての本能が、ベルが今までで一番魔導体系に適した魔術士であると叫んでいた。


「エリク、終わったわよ」


 剣で棍棒を叩き、魔具を無効化したベルは呆けるエリクの背を叩いた。


「あ、ああ」


 エリクはじっとベルを見ていた。


「体調は大丈夫?」

「さっきからどうしたの? 特に問題は無いけれど、いきなりそこまで心配されると逆に気持ち悪いわ」

「きもちわ……。 いやいや、何かデメリットとか無かったのかなと思ったんだよ。あれだけ強力な能力なら代償も大きいはずなんだよ」

「特に無かったけど……私の魔力すら減ってないわ」


 おかしい。それはあり得ない。エリクの魔導体系は万能では無い。より強力な能力には、それ相応の対価が必ず存在した。

 となれば、見えにくい対価である可能性が考えられる。たとえば、もしベルの能力が時間操作であるならば、対価として寿命が縮むという対価のように。


「そもそも、さっきの能力は何なのかな? よく見えなかったんだけど」

「私にも分からないわ。まず世界すべてがスローモーションになるの。そして、徐々に私の体だけが高速になるの。さっきは……おおよそ五秒ほどその状態だったわ」


 エリクは顎に手を当てて考え始める。

 体感時間の拡張と、それに合わせた体の高速化の可能性もある。

 時空に直接作用しない分、リスクが減った? だが本来なら人間離れした動きをしたら空気抵抗で溶けるか筋肉痛になるかしてもおかしくはない。

 つまり先程の刹那、ベルの体は人で無かった可能性が高い。例えば、体全体が一旦粒子化し、その後に再構築したなど。

 時間干渉よりはコストがかからないだろうが、それでも普通の術よりは遥かに高難易度であることには違いない。


 ベルは近くにいた仲間と、現状の確認を行っていた。

 何かしらの痛みを強がっているようには見えない。体の動き、魔力の動きに全く問題がない。このようなことは今まで一度も無かった。

 一体ベルは何を生贄に、どのような力を得たのだろうか。


「エリク、何さっきからふさぎ込んでるの? あなたのおかげで、一人が魔力切れて動けない以外は、被害なかったのよ」

「あ、ああ……そりゃよかった」


 エリクの魔導体系は、人の価値観や性格、過去や思想を魔術とする。能力はもちろんだが、何をコストやリスクにしているかも分からないのである。


「……ベル。今の能力、何と引き換えに発動したか分かる?」

「分からないわよ。強がりでも何でも無く、本当にわからないの」


 ベルの表情と声音から、嘘を付いているようには思えない。むしろ、厄介な制約があればベルの方から相談してくる筈だ。


「なら、そのうちは多用しないほうがいい。魔術というのは――」

「分かってるわよ。強力な魔術であればあるほど、その分犠牲にするものも大きいでしょ? 分かってる、私も無駄死にしたくないし」


 そう言って、ベルは仲間の誘導へと移った。ヘラクレトスは陥落とし、いよいよ仇のいる街へと向かうために。

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は〝4月11日〟更新予定です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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