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12話.敵兵襲来

 周りに木々が少ない拠点の夜は、ほぼ完全な静寂に包まれる。しかし今日はいつもよりもし静かに感じた。嵐の前の静けさのような、落ち着かない静寂だった。

 窓から差し込まれる星の光を浴びながら、エリクは仰向きになりながら考え込んでいた。


 ベルに魔導継承すべきか否かを。


 今のベル達では圧倒的に戦力が足りない。

 そもそも一万人を超える部隊を相手に、百数人で攻めいることが現実的に不可能に近い。他の魔導師ならいざ知れず、エリクでは数人倒したところで魔力切れになるのが目に見えている。

 かといって、バルドヴィーノのみを倒すこともエリクやベルの能力では不可能だろう。

 

 ベルに魔導継承を行うことは、僅かながらの可能性を生み出すことは出来るかも知れない。

 あそこまで極端な性格なら、個性を魔術として顕現させるエリクの魔導体系によって強くなるかもしれない。

 しかし、問題点もいくつか出てきてしまう。

 いい案が思いつかずに何度か寝返りを打っていると、こんこんと控えめにドアがノックされた。


「どうぞ」

「お邪魔しまーす」


 エリクが起き上がって返事をすると、チェルが会釈をして入ってきた。

 そういえば、つい先程まで彼女が見張りの当番だった。


「こんな時間にどうしたの? 寝首をかきにでも来たわけ?」

「そしたらノックなんかしないし。やるなら音が消えるリナの方が適任だって」

「たしかにね」


 チェルは見張りの服装のまま、つまり武器を持ちながらこの部屋へと訪れた。

 腰にはいくつか爆弾の魔術が込められたボールをぶら下げている。すべて同時に起爆させれば、無傷でいることは難しいだろう。


「お昼のことなんだけど……ベル様と何話したの?」

「どうして気になる?」

「その後、エリクがずっと怖い顔をしてるから……良からぬ事を考えてるのかなって」

「僕、そんな企んでいるような顔をしてたかな。またベルに魔導継承して欲しいって言われたから、どう言ったら折れてくれるかなって考えてるんだよ」

「やっぱり……そうだよねー」


 うんうんと頷くチェル。何が言いたいのかイマイチピンとこない。


「えーとね、あのさ、ちょっとお願いというか……魔導継承、私にしてもらうことってできるかな?」

「……はい?」


 思わず聞き返してしまった。

 一体どういう風の吹き回しなのだろうか。


「ベル様に聞いたんだけど……魔導体系を切り替えると体に凄い負担かかるって。だから、もしエリクが少しでもベル様に魔導継承しようとしているなら、一回私で試して欲しいなって」

「あー、なるほど。そういうことね」


 死ぬことは無いとはいえ、最悪魔力回路の機能不全……魔術が使えない体質になる可能性もあるというのに。魔術が蔓延るこの世界において、魔術が使えないハンディキャップは計り知れない。それを承知でベルのために試すというのだから、大した忠誠心である。

 見当違いも甚だしいが逆にその純粋な心が響き、エリクは思わず笑ってしまう。


「な、何か可笑しい?」

「いやいや、ごめん。あのね、魔導体系切り替えによる負担は人によって違うんだよ。だから、チェルが感じた苦痛なり何なりが、必ずしもベルも同じだとは限らないんだ」

「そっか……」


 しゅんとするチェル。

 エリクの魔導継承は、他の魔導体系に比べると負荷が少ないのだが、それは言わないことにした。

 術者の個性を反映するという性質上、高確率で術者に負担ない魔導継承になる。


「ま、例え試して上手くいったとしても、僕はさらさら魔導継承する気ないけどね」

「それはわかってるんだけど……ベル様の勢いに負ける可能性も無きにしもあらずかなって」


 ベルの食いつきようは尋常じゃない。

 もし他にもエリクの弱みを見つけようものなら、容赦なく使ってくるだろう。


「リナもそうだったけど……君たちは目標達成よりも、ベルのことが心配なんだね」

「もちろんだよ! ベル様は命よりも復讐が大事だと思っているけど、私たちは決してそうは思ってないんだよ」

「力を手に入れたら、余計に無茶をしそうだね」

「そうそう。単身で敵地に踏むこむなんてしそう」


 話しながら、ふとエリクは昔のことを思い出す。

 百数十年前……世界が魔導師同士の戦争に巻き込まれていた頃。

 エリクにも魔導継承をした魔術士がいた。この拠点にいる人数と同じくらいの小規模な人数だったが、苦楽を共にし戦場を駆けた大事な仲間たちだった。彼らとも休みの間、他愛も無い話で盛り上がっていた。

 まさか孤独を選んだ自分が、仲間の温かみを百年後しに味わえるとは思えなかった。


 しかし、楽しい時間というものは束の間に終わってしまうものである。


「さて、楽しい時間はここまでかな」

「え……?」


 立ち上がり、窓から外を見るエリク。


「百……二百……いや、五百か」


 チェルも並んで窓から顔を出すと、そこには軍隊が歩いてきていた。

 深緑色を基調とし、唐草模様が描かれたローブを全員が羽織っている。

 インペラルタ国軍の軍服だった。


「まさか……なんでこの場所が……」


 あのローブは、物理防御の天具。国直属で作っている、市民が買おうとすると家が買える代物ではない。

 それを全員が身に着けている。ならず者たちだけを倒すならば、到底用意し得ない装備である。

 こいつらの狙いは――。


「たぶん、僕のせいだね」


 軍隊がぴたりと足を止める。

 機械的に動く集団の戦闘に入る男が、声の増大させる天具を手に話し始める。


「そこの集落に潜むならず者たちよ! 我はダニロ=アルボーニ! ルッツァスコ導師国インペラルタに属する第八部隊長! 我々は敵ではない。我々の要求は唯一つ……そこにいるエリク=アルドロヴァンディーニの身柄をお渡し願いたい!」


 チェルは目を大きくしてエリクを見た。


「何、不思議なことじゃない。この国は〝平等の魔導師〟を導師として祀り崇めている国だ。ならば、異教徒の筆頭である僕を消しに来るのは至極当然のことなんだよね」


 問題はそこじゃない。彼もまた、魔導師独特の気配を感じ取れることが気にかかっていた。ベルと同じく魔力を感知できる才があるのか、それとも……。

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は〝3月30日〟更新予定です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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