表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/28

11話.平等の魔導師

『いつの世も、人の心を動かすのは難しいものよのぉ』


 老人の声が、どこからともなく響き渡る。しわがれているが、どこか威圧感のある低い声。エリクは思わず立ち上がり身構える。チェル、リナは不思議そうな表情でエリクを見上げていた。この声はエリクにのみ聞こえたのだろう。

 エリクが咄嗟に振り返ると、建物の影に老人が立っていた。汚れ一つない純白の布を纏い、腰まで長い白髪が伸びていた。

 あまりにも幻想的で、現実にいるかいないか分からないような存在。

 リナもチェルも、その不思議な雰囲気に目を奪われていた。

 エリクが二人の背中を叩くと、我に返る。


「二人とも、建物の中に隠れていてくれないかな。あいつはヤバイ」


 エリクからは尋常でない圧が放たれていた。

 港町での戦いでは一切見られなかった〝敵意〟が空間を締め付ける。

 二人は頷き、近くにあった建物へとそそくさと入った。

 老人がエリクに近づくにつれ、大気がみしみしと軋み始める。魔導師の持つ密度の高い魔力同士がぶつかり合う。

 そしてエリクの前に立ち、髭を擦りながらニヤリと笑った。


「ふむ……そんなに魔力が小さくなりおったのに、まだ魔導師としての最低限の力はあるか」

「貴方こそ、老いぼれたくせに、星を覆うほどの魔力を溜め込んで何がしたいんだよ」


 エリクはその老人を睨みつけながら、百数年ぶりにその名を口にする。


「会いたくなかったよ〝平等の魔導師〟ルッツァスコ=ツォルチ」

「儂は会いたかったがの〝導きの魔導師〟エリク=アルドロヴァンディーニ」

 

 この国が崇める魔導師であり、この世界の過半数の人間に天承術を与える存在。

 エリクの知る限り現段階において、最強の魔導師……それがルッツァスコ=ツォルチ。


「ほっほっほ、そんな怖い顔をするでない。昔は友に戦争を駆け抜けた仲では無いか。それとも……ここまで儂に先を越されたことに焦りでも感じたか?」

「誰が。ルッツこそ今更僕に何の用? できれば視界に入って欲しくないだけど」

「嫌われておるな。無理もないか。儂のせいで、〝あやつ〟が死んでしまったようなものだからの」


 エリクは目を閉じて、今の言葉をシャットダウンした。

 ――あいつのペースに惑わされるな。

 柔らかな物腰で、痛いところを突いてくる。その意地の悪さは健在だった。

 思考をリセットしてから目を開けて、話題を切り替える。


「それにしても、どんな手法を使ったのかな? 天承術と呼ばれている魔導体系を、随分と広めたみたいだけど」

「大したことはしとらん。自然に広がっただけじゃ。風で種子が飛び、群生地を増やす植物のようにな」

「へえ、あの戦好きのルッツがねえ。僕はてっきり前の戦争の時みたいに……各国や軍のお偉いさんに、布教して回ったのかと思ったよ」


 魔術を布教する一番手っ取り早い方法は、戦争における優位性を、権力者に知らしめること。

 それを魔導師たちはいつの時代も繰り返した。ルッツも例外ではない。適合という概念がなく、誰しもが使える天承術は特に人口が多い国にとっては歓迎されただろう。

 ルッツは不敵な笑みを浮かべた。


「それも〝自然〟ではないか。人の……いや、獣の闘争本能。ただそれが天承術を求めたに過ぎぬよ」

「ものは言い様だけど、戦争を利用したことは否定しないんだね」

「肯定もしとらんがな」


 二人は同時に笑みを浮かべる。すると拮抗していた魔力が消え失せた。

 このやりとりは挨拶代わりのようなものだった。魔力のぶつけ合いなどという何の攻撃にもならないため、無駄遣いでしかない。互いの魔力から身体状況を把握するために行う所作であるため、逆に仲間同士でしか行わない。


「で、本題は何かな。昔話をしに、わざわざ来たわけじゃないんでしょ?」

「つれないのぉ。話は〝多重継承〟のことについてじゃ。エリクが人間についている理由もそれじゃろ」

「そのとおりだよ。誰かが意図的に多重継承してるせいで、僕の魔力が高まってしまっている。そのせいで、魔術士にも見つかったわけだけど」

「儂も多重継承についてはよく思っとらん。他の魔導体系が混ざる時、どのようなデメリットが生まれるか分からん。が、〝平等〟ゆえに手を出すこともできん」


 何が平等だ、とエリクは鼻で笑う。

 彼はいろいろな国に力を与え、いわば中立状態となっている。もしある国の人間を殺したり武器を奪ったとなると、敵国に加担したということになり信用問題へと繋がる。その国だけであればいいが、もし全世界に波及してしまい魔導体系を変える魔術士が続出すれば、魔導師として致命的となる。


「そこで、お主の魔具をもって多重継承を解消して欲しい。儂の魔術体系では魔力に干渉することはできんからな」


 平等の魔導師の魔導体系は、自然現象のみが対象となる。魔力そのものに作用を及ぼす魔術は生み得ない。それは魔導師であるルッツも同じである。

 となれば、若干エリクが有利な状況である。こちらには多重継承を解消できる魔具が存在する。魔具は魔術士のみが使用できるため、エリクは勿論ルッツも扱えない。そして、現段階で多重継承を行っている魔術士がいる街へ乗り込もうとしているベルは非常に都合が良いというわけである。

 この状況、タダで首を縦に振るには勿体無い。


「やってもいいけど、それには条件が――」

「いいわ! やりましょう!!」


 エリクが応えようとしたとき、後ろから轟かんばかりの声が響く。


「ほほう……お主は」


 何を言うんだと口を開けようとしたら、ギロリとベルが一睨みする。


「私はエリクの魔具……魔力喪失の剣を持つ者よ。ルッツァスコ様の要望は叶えられる筈よ」

「頼もしい限りじゃの。それならば、決定じゃが……エリク、何か言いたいことはあるかの?」

「……いいよ、それで」


 意地悪な条件が思いついていなかったこともあり、興がそがれたエリクは素直にベルに譲った。


「ところで……ルッツァスコ様が私達の手伝いをしてくれるってことはないのかしら? その息をするのすら苦しくなる程にあふれる魔力があれば、魔術士の1人や2人、簡単に始末できるのでは?」


 ベルがエリクの言葉を遮ったのは、自分が条件を持ちかけられるようにするためだったか。一体ベルはどこまで狡猾なのだろうか。

 敬うべき魔導師に向かって、魔力への侮蔑を堂々と言い切った。それに加え、まさか目的の人物を魔導師の手で殺せないかと持ちかけた。大半の魔導師であれば何らかのペナルティを処すところだが、平等の魔導師は幸いにも気が短い方ではない。


「助けてやりたいのは山々だが〝平等〟ゆえに難しいの。許してくれ」

「それなら仕方ないわね」

「ところで……お前さんなかなか面白い奴よ。気に入った」

「至極光栄。なんか新しい能力を教えてくれたり、魔力を高めたりしてくれたら――」

「ちょっとふざけすぎだよ」


 我慢できずに、エリクはベルの言葉を遮った。


「僕はともかく、他の魔導師には喧嘩をふっかけるな。ルッツには〝断罪〟という継承した魔術士をいとも容易く殺す技を持っている。他の魔導師もどんな技があるか分からない」


 〝断罪〟であればどのような魔術士でも一撃で殺すことができるが、条件がかなり厳しい。多重継承くらいでは、使用することができないのだろう。でなければ既に使っている筈である。


「心配してくれたの?」

「……僕の目的のためだから」

「確かに出過ぎた真似をしたわ。でもね、こうでもしなければあの男は殺せない。私たちみたいな弱小な群れで、国を相手になんか出来ないわ。だから尽くせる手は尽くさないと気が済まない。でも……もし私が今みたいに間違ったことをしたら、止めてくれる? 私を止められるのは貴方しかいないから」


 それはどこかで聞いたことがある、懐かしい言葉に似ていた。

 友が死ぬ間際に放った言葉と。


「あ……ああ」

「それでは、儂はそろそろお暇しようかの。どうやら……戦が始まりそうな予感がするからの」

「戦? ここで?」

「さあ、どうじゃろ」


 ルッツはとぼけるが、ベルは視線で部下に命令を送り見張りを強化させる。もし何者かがこの拠点に攻めてきているとしても、まだエリクが感知できないほどの遠さであるため焦るには早い。


「これはただの独り言じゃが……」


 ルッツは空を仰ぎ見ながらぽつりと呟いた。


「騎士団本部長はとりわけ魔力の扱いに長けておる。余りの強さに、跪かんことじゃな」

「分かったわ。ありがとう」

 

 おそらくベルが倒そうとしているバルドヴィーノ=ヴェッツォーシィの能力に関係しているのだろう。なんだかんだ言って協力してくれる、食えない老人である。


『その娘と共に行動するなら、覚悟を決めた方がいい』


 不意に魔力会話で直接チェルに伝言が送られる。


「覚悟? 一体どういう……」


 突風が吹き荒れ、止んだ瞬間にルッツの姿が消え去った。

 何ともカッコつけた退場の仕方だが、昔からルッツはそういうところに拘りを持っていた。


「さっきヒントを教えてくれた。すごくありがたかったわ」

「ヒント……?」

「内緒よ。確信があるわけではないし」


 ベルは、リナへ渡す予定の剣を手に取った。

 刀身は白色で、不気味悪さと綺麗さを両立を成している。


「ところで、私からも一ついいかしら」

「どうしたの? 魔導継承なら断るけど?」

「私、生まれつき人に流れる魔力を感じることができるの。貴方ほど精度が高いわけじゃないけど」

「なっ!」


 思わず声が出てしまうくらいに、エリクは驚いた。

 魔力が見える能力は魔導師か、魔導師の家系にしか発現しない特異体質。

 家系だとしても全員が発現するわけでもない。


「だから、私は貴方が魔導師って分かった。地下深くに眠る貴方を、地上から感じられたから」


 誰の魔導師の血脈か、というのも気になる。魔導師次第では、エリクが手を結べなくなる可能性もある。


「貴方の魔力は私やチェルとほぼ同等。けど導きの魔導師は……私が百人束になっても勝てない魔力だったわ。もしあのレベルが普通なら、貴方は魔導師の中で最弱レベルよね? いえ、違うわね……〝最弱レベルになった〟のよね?」


 だがそれ以上に対処すべきは――


「だから、私と魔導継承しましょう。もし他の魔導師が攻めてきたら、貴方勝てないわよ?」

「その時はその時だよ。魔導師が単体で乗り込むことは殆どないから、身構える必要は無いって」

「でも、さっきルッツは乗り込んできたわよ?」

「……ほら、僕みたいな弱小魔導師を殺しても何の利益も無いし」

「利益じゃなくて快楽で戦いを持ちかけてくる魔導師も、少なからずいるわよね」

「うっ」


 ベルの言う通り、今のエリクは他の魔導師が本気になって殺しに来ればいとも簡単にやられてしまうだろう。


「……考えておく」

「そう。前向きに頼むわね」


 目的のためなら相手が魔導師だろうが容赦がない。

 もし魔導継承をしてしまったら、それこそエリクの最大の弱点となってしまう。

 エリクは他の魔導体系に対しては圧倒的な優位性を誇るが、自分の魔導体系に対して何の防御力ももたない。


「まるでお前と話してるみたいだよ……ディアナ」


 誰にも媚びず、折れず、省みず……ただ信念にし互い進むその背中を見て、旧友の姿を重ねていた。

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は〝3月28日〟更新予定です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ