10話.奪った魔具と二人の少女
アパミアでの目的は無事達成した。
一足早くルキーノが街の外で呼んでいた馬車に乗り、無事街を脱出することができた。
霧のおかげで、ベルの姿はあまり多くの人に見られなかったため、捜査の手が及ぶことはなかった。
拠点へ戻った四人を待っていたのは、少しばかり豪勢な食事だった。
ベルは例え小さな戦果でも、上げることが出来たら宴を行い仲間を労うようにしていた。まだ真っ昼間だというのに、酒と笑い声が交わされている。
全員が飲み食いして騒ぐ中、エリクは戦利品とにらめっこしていた。
アパミアで得た魔具は『霧と幻想の剣』と『魔力増加の指輪』である。
エリクはある実験がしたいため、ベルの剣により一旦無効化してもらった。そして再びエリクが〝浸礼〟にて魔具化すると、全く同じ能力が宿った。
――やはり……原因は多重継承か。
二種類の魔導体系が混ざり合うと、魔力に異変が起きると言われる。
剣と指輪を無効化する前、この二つの魔具から僅かながらエリクに魔力が流れ込んでいた。しかし、無効化した後はそのような現象は見受けられなかった。
また、近くで集中して視てようやく分かるほどだが、無効化する前の魔具に持ち主の魔術士の魔力が溜まっていた。
そこで原因が多重継承ではないかと考えに至った。
だがこの二つから流れる量は微量で、例え三百年経ったとしても大したことにはならないだろう。
――どこかにいる。意図的に多重継承している魔術士が。
自然に扱っていれば、その程度で済むはずである。だが、現にエリクの魔力は膨れ上がってきている。となれば、意図的に多重継承を行っているとしか思えない。
「どうしたのかな? せっかくの宴なんだから、そんな怖い顔をするもんじゃないと思うけどなあ」
チェルがエリクの隣に食事が乗った皿を置く。
アパミアで共に行動して以降、話すことが多くなった。警戒心が無くなったわけではない。むしろ、強力な能力があると知り、監視の目を強めたいのだろう。
エリクは心を切り替え、ニッコリと笑みを向けた。
「この指輪を似合う人物を探していてね……それで、今決めたよ。これは君が一番似合う」
「っ!」
エリクの手のひらの上にある指輪を見て、赤面するチェル。
なぜ固まるのだろうと首を傾げながらもチェルの左手をとり、薬指へとはめようとする。
「ちょちょちょ! チョーっと待って!」
チェルは勢いよくベルを突き飛ばそうと手を伸ばす。
エリクはひょいと上半身だけで躱し、再びチェルの手を取ろうとする。
「だーかーらー! エリクさんストップ!」
「ん?」
「ん? じゃないよね! ここ、左手の薬指だよね? 意味わかってるの!?」
息を荒げるチェル。
別にエリクが自分に気があると思っているわけではない。
何かの罠に嵌めようとしているのではと思っているくらいである。
だが、それでもしていいこととしてはいけないことがある。エリクはそれを、何の躊躇いも無く行おうとした。だから一人の女性として守るべきものを守ったに過ぎない。
「もちろん。女性の指の中で一番、魔力線が多い指だよね? だから装備系の魔具を付けるにはうってつけなんだよね」
「まりょく……せん……?」
「この指輪は魔力量を増やす指輪なんだ。チェルのように、魔力消費が大きい魔術を使う人にとってはもってこいだと思うんだけど……どうかな?」
「え、でもこの指輪無効化したって……」
「一旦ね。でも、また能力を付与した――って、どうしたの?」
最後の話を聞いていなかったチェルは、ようやくここでエリクが何をしたかったか理解した。
辻褄が合ったチェルは、目を半開きにしてエリクを見る。
「……自分でつけるから、いいよ」
チェルは頬を膨らませ、エリクの手から指輪を奪うように取った。そして右手の薬指に指輪をはめた。
エリクは何故に怒ったのか分からず、また首を傾げる
「エリクさん……ついにオリヴィアさんを泣かせましたね?」
音もなくやってきたリナが、チェルの横でしゃがむ。
「オリヴィア言わないで! チェルって呼んで!」
「だとしたら、私は一秒でも早くその首を刈り取らなければなりません」
「聞いてよリナちゃん!」
声を荒らげるチェルを、リナは無視しながらエリクをにらみ続ける
対して、エリクはにこやかな顔をしながら、手元にあった剣をリナに差し出した。
「これは……」
「君たちが港で戦った幻影を生み出す剣。僕の作った魔具の一つを、君に上げるよ」
「今回は何を企んでいるのです? 前回、あなたは魔具を上手く扱える方へ私達を誘導させ、ベル様の能力を引き出すことに成功しましたよね?」
「それは考えすぎだってば」
リナは今、誰よりもエリクのことを危険視している。
何かにつけてはエリクが悪事を目論んでいると、逐次ベルに報告をしているらしい。
勿論エリクはベルに対して何か企てているわけではない。魔具をエリク自身が使えない以上、多重継承している魔具を破壊するまで協力せざるをえない状況になっている。下手に動き、反感を買うわけにはいかない。
アパミアでベルが魔具を上手く扱える方に行ったのも全くの偶然であった。
「ところで、貴方は本当にベル様に魔導体系を教えるつもりではないんですよね?」
「無いよ。何を盾に脅されようが、人を導くつもりは毛頭ないね」
リナが気にしてるのは、エリクの裏切りだけではない。
エリクが導きの魔導師として、ベルに魔導継承をしてしまわないかを一番に心配していた。
魔導体系が変わることによって、体に異変をきたしたり性格が変わったりするケースが少なからず存在する。そのような目に合わせないよう、一日一回は魔導継承しない気持ちが変わっていないかエリクに聞いていた。
魔導師の存在定義は、自らの魔導体系を広めること。だから、魔導師であるエリクの言葉を信じられないのだろう。
「……でも、ベル様は諦めるつもりは毛頭ない」
一番厄介なのが、ベル自身である。
ベルは魔導継承を諦める気が毛頭ない。彼女は一度決断したことを決して曲げないということは、短い付き合いであるエリクも痛いほど感じていた。であれば、付き合いが長いベルはそれ以上に分かっている筈だ。
エリクに何度も言っているのも、ベルに言っても無駄だと思っているからこそかもしれない。
ベルは導きの魔導師について詳しい。ならば、魔導継承することに対するデメリットも知っている筈である。
しかしその程度では、復讐との天秤に釣り合わないのだろう。
「僕は一切、折れる気はないよ。だからベルには諦めてもらうしかないね」
本来魔導師にとって、魔導継承を行うと様々なメリットがある。が、エリクに至ってはデメリットの方が大きい
しつこく言い寄られる光景が目に浮かんで、嘆息した時だった。
読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m
次回は〝3月26日〟更新予定です。
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