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1話.目覚めの魔導師

 この世には二種類の人間がいる。

 魔導師……魔力を自らの法則で操ることができ、その手段を人々に広める人間。

 魔術士……魔導師から継承した魔術を行使する人間。

 曰く、《絶対的な主君》と《圧倒的な従者》。

 曰く、《唯一存在》と《偏在存在》。

 曰く、《神と共に歩んだ正しい人》と《独りで迷子になった哀しき人》。

 これより綴るのは、最弱を求める魔導師と最強を求める魔術士の物語である。




 メルギトゥル洞窟。


 その名を知るものはこの世に数百人といない。

 地図に乗っておらず、そもそも国の公式な地名でないその名は、とある小さな農村で語り継がれている伝承の中のみに存在した。


 農村の北部にある荒々しい岩石地帯の中にひっそりとある、僅か二メートルばかりの穴。知らぬ者からすればただの洞穴に過ぎぬが、一度中に入れば最長ニキロメートルに及ぶ壮大な洞窟となっている。


「ねぇ、ほんとに魔導師様がここいにるの? 一日ずっと歩いてる気がしてきたんだけどぉ……」

「まだ半日しか経ってねぇっての。だらしない」

「ここまで来たからにはいると信じて進むしかありません」


 洞窟の中……地上から一キロメートル地点に、四つの灯火が地下に向かって動いていた。


 一番後方を歩くのは、気怠げな声を出している少女。膝下までスカートがある黒のワンピースに、白いフリルであしらわれたエプロン……つまるところ〝メイド服〟を着ていた。

 不気味な洞窟には似合わないファンシーな格好だが、息を切らさずに無駄のない足取りで歩いている。


 後ろから二番目を歩くのは、刃を通さない布出できた服を来ている青年。腕に小さな盾と短刀を備えており、腰には様々な道具が格納されたバッグを巻いている。

 余裕そうな言動と態度だが、どこかで物音が響くたびに震え上がっている。


「ひぃっ! 今、何か聞こえなかったか? 聞こえたぞ!」

「びびりすぎだよ、ルキーノ。自分の足音で何回ビクついてるのかな……」

「うるせぇ! チェルはビビらなさすぎなんだよ! 逆に怖ぇよ!」

「大声に反応して何出てくるか分からないから静かにしようね~~」


 まるでお化けを怖がる女子のように、手を体の前で握ってきょろきょろ見渡す青年ルキーノに、メイド少女チェルは肩をすくめた。


「二人ともうるさいです。少し静かにして頂けませんか?」


 前から二番目を歩く少女が淡々と二人を嗜める。


 腰に片刃の剣を携えて、軽めの甲冑と手甲を身に纏っている。小柄で華奢に見えるが、防具の間からでも分かるほどの鍛えられた筋肉が彼女の戦闘力を表している。


「ベル様が真剣に気配を探られているのです。〝オリヴィア〟、集中力を削ぐような喧しい話は控えて下さい」

「リナちゃん怖いよ……分かった分かった、静かにするよ。だから私のことは〝チェル〟って呼んでね?」


 リナと呼ばれた剣士少女の異を唱えさせない物言いに、チェルは苦笑いしながら従った。ルキーノは何かを言おうと口を開けたが、リナの鋭い眼光に噤んだ。


「しかしベル様……あとどれくらいなのでしょう? 常に張り詰めた状態で歩くには限度があります」


 リナに問いかけられた戦闘を歩く少女……白い服に鋼の大きめな甲冑に見を包んだ騎士は答えた。


「あともう少しよ。疲れたなら少し休む?」

「……い、いえ! 決してそんな事はありません。以下二人もおしゃべりが出来るくらいには元気です」


 微笑むベルに心を一瞬奪われたリナは、しどろもどろに答えた。


「あと、警戒する必要はこれっぽっちもないわよ」

「へ……?」

「だって、この洞窟は一匹たりとも魔物がいないもの。だから、警戒する必要は無いわ」

「そうなのですか? ……ここにいる魔物は知能が高く、隙を狙っているものとばかりに思っていました」

 

 魔力を操る動物……魔物の中には、人間に匹敵するレベルの知能を持つ個体もいる。人の表情や体温を読み取り、疲れ切った瞬間や気が緩んだ瞬間を狙っているものとばかり考えていた。

 メルギトゥル洞窟は、単なるダンジョンではない。


 〝魔導師〟が眠る洞窟なのだ。


 魔導師を守るための、高位の魔物が徘徊していると考えるのが道理である。


「何故そう言い切れる、と言った顔ね。理由は幾つかあるけど……端的に言えば気配を感じないからよ」


 人はもちろんのこと、ありとあらゆる生き物に対して〝存在の雰囲気〟をベルは察知することができる。それは魔術でもない生まれつきとのことだが、ベルの言葉に誤りがあったことは無いので、誰も疑う事はしない。


 だから理屈屋のリナですら、気配という言葉に対して異を唱えなかった。


「そういうことでしたら……少し気を楽にさせて頂きます」


 長く続いた階段が終わり、続けて緩やかな下り坂に差し掛かる。床には岩の凹凸が全くない平らな道になっており、人工的な構造物としか思えない。今まで降りてきた階段も、螺旋を描いた綺麗な階段になっていた。


「俺ら、もしかしてもう地獄にいるんじゃね? 暗すぎていろいろな感覚がおかしくなってきたぜ」

「ルキーノ、縁起が悪い言葉を口に出さないで下さい。と言いますか、先程静かにと言いましたよね? 自制出来ないようであれば本物の地獄に落としますよ?」

「あはは。リナちゃんなら本当にしそうだよねー。怖いねー」

「チェル! ちょ、勘弁してくれ!」


 三人がいつもと変わらぬやり取りをしていると、再び階段に差し掛かった。今度は螺旋ではなく、まっすぐ下に伸びた急ぎな階段だった。今度も規則正しく、欠損がほぼ見られない綺麗で人工的な階段だった。


 まるで、この洞窟が出来てから時が止まっていると錯覚してしまうほどの綺麗さだった。



天承術(てんしょうじゅつ)でしょうか」


 柄に手を掛けて、警戒心を強めるリナ。

 左右の壁には、赤黒い火が灯る蝋燭が並んでいた。あまりに唐突に現れた蝋燭を不自然に思い、リナはベルへと問いかけた。


 天承術とは、ベルやリナたちが使う事ができるこの世界の魔導体系の一つ。人間の体内に流れる〝魔力〟を引き換えに、自然現象を操作したり作り出したりすることができる。


「そうかもしれないわね。でもおそらく、罠の類では無いわ」


 しかしベルは恐れることなく階段へと足を踏み入れ、靴音を立てながら降りていく。蝋燭の隣を過ぎても何も起きない。


「ほら、大丈夫でしょう?」

「……ここに眠っているという魔導師は、不用心なのでしょうか。それとも、よほどここを見つけられないとタカをくくっていたのでしょうか」


 あまりの呆気なさに、リナは抱き続けていた疑問を口に出した。

 魔物もいない。罠もいない。そもそも道も単調で迷う予知もない。

 これでは襲ってくださいと言っているようなものだ。


「それは本人に聞くしか無いわね」


 そう言われては返す言葉もなく、リナはこくりと頷いた。

 そして階段を降りてから十分ほど経った時、眼前にそれが現れる。


 直径百メートルにも及ぶ大きな空間。

 中心に巨大な水色の結晶がそびえたっているだけの奇妙な空間に出た。


 一切灯火がないのに、この空間だけまるで日が差しているかのように明るい。また、綺麗なドーム型になっており、岩らしい凸凹が一切存在しない。人工的という言葉では収まらない、異様な場所だった。


「あれは……人ですか?」


 氷柱の中には、黒髪の少年の姿が見えた。まるで標本のように、綺麗な十字架を描く姿で凍らされていた。


 〝ここはなに?〟〝あれはだれ?〟


 理解が及ばない情報が流れ込み立ち止まる中、ベルだけは足を止めずに氷柱に向かっていた。

 先程まで涼し気な顔をしていたベルは、顔全体に狂気じみた笑みを浮かべている。


 ようやく、待ち望んだ時が来た。

 あの日から……家族を皆殺しにされ、街にいた物を鏖殺されたあの日から待ち望んだ時が。

 抑えていた感情が止まらない。喜びのあまり手が震えてしまっている。これではいけない。

 大事な魔導師様に傷を付けてしまう。


 ベルは背中に抱えた大剣を抜き、即座に氷の柱へと突き刺した。


「目覚めよ! 導きの魔導師〝エリク=アルドロヴァンディーニ〟!」


 突き刺した切っ先から、ゆっくりとヒビが広がる。

 ベルは剣を抜き取り、そして体をぐるりと一回転させて、剣の腹で思いっきり氷の柱を叩いた。

 刹那、地から二メートルほどの氷が一気に砕け散った。


 吹き飛んだ氷の破片の中に、少年の体が横たわっていた。

 

 少年の目はゆっくり開く。

 ベルを除いた三人が、臨戦体制になった。

 少年は頭を掻きながら、居合わせた侵入者へと笑みを浮かべた。


「おはよう。なんとも仰々しい朝だね」

読んで頂きありがとうございましたm(_ _)m


次回は〝2月2日〟更新です。


ご感想・ご指摘・ご意見等々頂けるととても助かります。批判含め受け付けておりますので、忌憚なく書いて頂ければ幸いです。

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