マイケル
中学に入って2ヶ月。最近やたら誰が誰を好きだとかゴシップネタが増えた。身近なところでは、同じスクールバスに乗っている悪友のケン。ケンは惚れっぽいから、今は転校生のマリアに夢中だ。マリアには全く相手にされていなくて見てると哀れだけど、ケンはめげない。
俺もたまに誰を好きなのか聞かれることがある。好きな子はいないと答えてる。本当はいるけど、誰にも、本人にも伝える気はない。
最近、カイルがやたらと彼女の事を気にしているみたいだ。でも、あいつは彼女の事を全然分かってない。成績が良いとか、運動が出来るとか、絵が上手いとか、彼女の本当の凄さはそんな事じゃないんだ。カイルは彼女がどんなに努力家で頑張っているのか全然気づいていない。まあ、カイルが本当の彼女の凄さに気づいていない方が俺にとっては安心出来て良いけど。彼女がカイルを選ぶならしょうがないけど、彼女には彼女の本当の価値を知っている奴とくっついて欲しいと思う。
俺が初めて彼女を見かけたのは、小3の2学期がそろそろ終わる春先の頃だった。教室の入口に立って担任の先生が来るのをぼんやり待っていると、隣のクラスのアラン先生が見知らぬ子を連れてきた。アラン先生はその子にゆっくりと何度も「直ぐに戻るからここにいてね」と念を押してから、騒がしい教室内を鎮めにドアの中へ姿を消した。廊下には俺とその子の二人だけ。転校生が珍しくてジロジロ見ていたら目が合った。軽く手を上げて「やあ」と挨拶すると、その子も少し手を上げて挨拶を返してくれた。
それから直ぐにアラン先生がその子を連れに出て来たし、俺の担任の先生もやって来たから名前なんて聞く暇もなかった。それが彼女との初めての出会い。一瞬の出会いだった。
その日の放課後、体育館で地区ごとに分かれてスクールバスを待っていると、アラン先生が彼女を連れて俺の方へやって来た。正確には俺の後ろに並んでいたマギーの所へだ。
「マギー、紹介するわ。今日転校して来たハンナよ。あなたと同じバス停だから、降りる時に教えてあげてくれる?まだ英語はよく分からないみたいだけど、ゆっくり話せば大丈夫みたい。とても良い子よ。きっと良い友達になれるわ。」
マギーは分かったと頷いて、彼女に色々と話しかけ始めた。
マギーはいい奴だ。同じバス停だから幼稚園の時から知ってるけど、面倒見も良いし気持ちの良い奴だ。でも英語が話せない子の世話は大変そうだな。「おい、マギー手伝おうか?」と聞こうとした瞬間、向こうから悪友のジェイとデイブがどどっと押し寄せて来てそれどころじゃなくなった。マギーと彼女は気が合ったらしく、その日以来ずっと親友だ。
小4になった。転校生の彼女は夏休みの間に少し英語が上達したようで、バスの待ち時間にマギーとよく話してる。俺はジェイとデイブと遊ぶのに忙しく、まだ彼女とは一度も話したことはなかった。女の子なんて面倒くさい。すぐ泣くし、すぐ怒るし、うるさいし。男連中の方が気が楽だ。
4年生の新しい教室。最初の内は出席番号順に座る。悪友のケンが同じクラスになると知っていたので、ケンの姿を探す。ケンは入口の真横の席で、「おまえ、先生の真ん前の席だぞ」と言って笑った。最悪だ。
その最悪の席の隣は、何と彼女だった。同じクラスになるとは知らなかった。彼女と俺は出席番号が前後だったので、その後何度か席替えをして席が離れても教室移動や係のパートナーとしてよく組む事になった。最初は女の子かとうんざりしたけど、彼女は泣かないし怒らないしうるさくもなかったので直ぐに仲良くなる事が出来た。
彼女の英語の伸びにも驚かされた。3年生の後半に転校して来た時は話す事も出来なかった筈なのに、半年も経たない内に全く不自由せずに普通に話していた。本も低学年用の児童書から複雑な本へとどんどん変化していった。もし俺が小3で見知らぬ外国に連れて行かれたら、彼女みたいに話せるようになるだろうか?絶対無理だと思う。努力家の彼女は外国人用の英語のESLクラスをあっという間に卒業し、みんなと一緒に5年生になった。
今思い出しても、小5の一年間は凄く楽しい年だった。彼女は夏休み中に引っ越しをしてバス停で会う事はもうなくなったけど、担任の先生が一度も席替えをしなかったおかげで俺の隣の席はずっと彼女だった。お喋りで陽気なサムと少しうるさいけど明るいメリーと俺と彼女の4人の班で色々なプロジェクトを一緒にやった。俺とサムが調子に乗って脱線するとメリーが小言を言いに来る。彼女は最初は笑って見ているけど、キリの良い所を見計らって俺たち3人を戻るべき所に戻してくれる。彼女がいたから俺たち3人は安心してふざけていられたんだ。
小学校の卒業を控えた5月、普段はいつも笑っていて元気な彼女が一日だけ口をきかなかった日があった。朝バスを降りた時から何となく元気がないのは気づいていたけど、席に着いて近くで彼女を見た時に目が赤い事に気がついた。
いつもだったら「おはよ」と挨拶すればすぐ何かしら話をするのに、その日は「おはよ」と返事が返って来ただけだった。俺、何か彼女にしたっけ?気になって彼女に「鉛筆貸してよ」と話しかけると、いつもと同じように快く貸してくれた。でもやっぱり目が赤い。普段はポニーテールで結んである髪が、その日に限って下されていて彼女の表情を隠してしまう。気になった俺はメモに走り書きをして彼女に渡した。
【どうかした?】
彼女はしばらくメモを持ってじっとしていたけど、返事を書いて僕にそっと渡してくれた。
【昨日、キキが死んだの】
ああ、そうか。彼女の家には彼女が生まれる前からずっと一緒だというキキという老犬がいて、先月から調子が良くないと彼女が心配していた事を俺は知っていた。犬とはいえ一人っ子の彼女が兄弟のように一緒に育った家族が死んで、彼女は深い悲しみの底にいた。
【大丈夫か?元気だせよ】
もっと彼女を元気付ける言葉を書いてやりたかったけど、それがその時の俺に書ける精一杯の言葉だった。
彼女はようやく俺の方を向いて小さな声で「ありがとう」と言った。彼女は泣いてはいなかったけれど、彼女の目がもっと赤くなった気がした。
サムとメリーはそんな彼女の様子を一向に気づく様子もなく、その日も一日中ギャーギャーと大騒ぎだった。普段はいつも誰かの事を助けている彼女。それなのに何で彼女が一番辛い時に誰も助けないんだ!どうすれば俺は彼女を助けてあげられるんだ?その時、初めて俺は彼女の事を守ってあげたいと思った。彼女が泣きたい時には思い切り泣かせてあげられるような強い男になろうと決めた。多分、その時から俺の中で彼女は特別な存在になったのだと思う。
2ヶ月半に及ぶ長い夏休みはひどく退屈だった。俺は毎晩ゲーム三昧で朝日が上がると眠りにつき、彼女は朝日が上がる早朝に起き日が沈む頃には寝てしまうという全く逆の生活だった。俺が眠る前に「おやすみ」とメールをすると、ちょうどその頃起きる彼女から「おはよう!」と返事が来る。彼女いわく、俺はアメリカにいながらニュージーランドの時間で生活をしているそうだ。なるほど、そういう考え方もあるんだと感心した。
夏休み明け、久々に会った彼女は真っ黒に日焼けして一瞬ヒスパニックの転校生かと思った。「何してたの?」と聞くと、毎日プールに行ってたそうだ。何て健康的な夏休みなんだ!俺には絶対無理だけど、彼女とならそんな夏もいいかもしれないな。
中学に上がって彼女は途端に忙しくなった。ピアノの実力が認められて有名な音楽学校の先生に習える事になったらしい。週末もほぼピアノに費やし、メールの返事が直ぐに返って来なくなった。もし普通の人が100%の内50%の努力をしているとしたら、彼女は一人で500%くらい努力をしているような強い意志を持った努力家だった。自分の理想に向かって常にベストを尽くす姿勢には、いつも頭が下がる思いだった。でも彼女は自分の努力を絶対に人に押し付けるような事はしなかった。淡々と努力を重ねていく。そこが彼女の凄い所だった。
最近よくカイルを彼女の周りで見かけるようになった。小学校の時は全く話をしなかった二人なのに、中学に入ってから仲良くなったみたいだ。カイルは帰りのBバスで今日の彼女はあんな事やこんな事が凄かったと自分の自慢話の様に話すようになっていた。そして彼女の秘密のノートを持ち出して彼女を慌てさせたり、何かしら彼女にちょっかいを出さずにはいられないようだった。何だか嫌な予感がした。
彼女とは夏休みの「おやすみ」「おはよう!」メール以来、頻繁にメールで連絡を取るようになっていた。宿題の話や彼女のピアノの話、俺のゲームの話、新しい本や映画の話、、、彼女と話していると話題の尽きる事がなかった。
ある日、カイルがたまたま俺の携帯をいじっている時に彼女からメールが届いた。カイルは何を思ったのか、いきなり俺が彼女の事を好きだと言ってるぞ!と大声で叫んだ。こいつ一体急に何を言い出すんだ!?彼女もびっくりして振り返り、「マイケルはただの友達よ!」と反論した。その通りなんだけど、少し心がチリチリと痛かった。
結局バスを降りるまで延々とケン達にからかわれた。一つ前のバス停で彼女をバスに残して降りるのが辛かった。よっぽど彼女を家まで送って行こうかとも思ったけど、そんな事をしたらケン達を更に調子づかすと思い我慢した。さすがのケンも女の子一人を冷やかす事はしないだろう。
家に着いてようやく一息ついていると、メールの受信音が鳴った。彼女からだった。
【今日、帰りのバスでカイルが言ってた事は本当?】
【いや、俺は言ってないよ。】
【じゃあ、どうしてカイルはあんな事言ったの?】
【たまたまメールの着信名を見て騒ぎ出したんだ】
【そう、、、】
【俺は何も言ってない】
俺は心がざわついて、このまま会話を進めてはいけないと頭の中で警告音が鳴っていた。俺の気持ちを伝える事は彼女を動揺させるか、大切な友人としての彼女を失うか、二つに一つの未来にしか繋がらないと思っていたからだ。どちらにしても彼女を傷つける事になる。早くメールを終わらせなくちゃ。【今ちょっと忙しいから、ごめ】まで打った時、彼女からメールが届いた。
【マイケルは私の事、本当はどう思ってる?
好きじゃなくても、嫌ってはいないよね?】
嫌いなわけないじゃないか!こんなにも大切に思っているのに!!
【俺はカイルには言ってない。でもあいつの言った事は本当だ】
【それ、どういう意味?】
【おまえが好きだ】
ああ!!!ついに伝えてしまった!伝えるつもりはなかった俺の本当の気持ち。彼女からの返信が届くまでが物凄く長い時間に感じられた。明日から学校で彼女とどんな顔をして会えばいいんだ!?避けられたらどうしよう。カイルが好きなの、なんて言われたら立ち直れないかも。どうしよう、どうしよう、どうしよう、、、、どうしようが100回位頭の中を回った頃、彼女からの返信が来た。
【私もマイケルの事が好きだよ】
YES!!!!!!
天にも登る心地とは、まさにあの瞬間だった。
【俺と付き合ってくれる?】
【うん!】
もの凄く照れ臭かったけど、思い切って聞いてみて良かった。俺と彼女は晴れて恋人同士になった。
その頃、俺たちの学年で付き合っているやつはまだいなかった。付き合ってなくてもバスでケン達にあれだけからかわれたのに、付き合うことにしたなんて言ったらどんなに冷やかされ、からかわれることだろう。きっと学年中の注目の的になって今まで通り彼女と過ごす事も出来なくなるかもしれない。
そこで俺と彼女は当分の間、俺たちの事は秘密にしようと決めた。翌日も、その翌日も、バスの中でケン達にからかわれたけど、彼女と俺はもうお互いの気持ちを確認して心に余裕が出来ていたので平気だった。二人とも貝の様に口を閉じて嵐の通り過ぎるのを待った。
【今、何してる?】
【クリスマスカードを書いてるよ】
【誰に?】
【マギーとマリア、ステラ、メリー、ジェイン、ジーナ、後は従兄弟かな】
【俺には?】
【一番に書いたよ!秘密にしようと思ってたのにな。カードにプレゼントが入ってるよ】
【プレゼント!!!何?】
【それは開けてのお楽しみ!】
クリスマスが待ちきれなかった。
クリスマス休暇に入る前日、彼女は学校に大きな紙袋を持って来た。中にはカードと赤い包装紙に包まれたいくつかのプレゼント。その中に一つだけ水色の包装紙に包まれたプレゼントがあった。きっと赤いプレゼントは彼女の女友達にあげる分なんだろう。彼女は唯一つの水色のプレゼントをそっと取り出して「メリークリスマス」と言って渡してくれた。向こうからカイルの声がした様な気がして、俺は慌ててバックパックにプレゼントを隠した。
彼女は「はい、プレゼント!」と言って、クリスマスカードをくれた。プレゼントはさっきくれたじゃないか、と言おうとした途端、何かが指に触れた。カードの中に何か固い物が入ってる?彼女は「またね」と笑ってからマギー達の方へ歩いていった。
何だろう?何が入っているんだろう?
彼女の様子からみると、どうやら水色の包みよりこっちのカードの方に入っている何かの方がメインのプレゼントのようだった。
その時、急にカイルが目の前に現れて危うく彼女のクリスマスカードを奪われそうになった。カイルは俺が彼女のカードを見せたら、彼女がカイルに渡したカードも見せると言う。直感で嘘だと思った。彼女のカードを贈るリストにカイルの名前は無かった。水色の包みも一つだけだった。カイルが何と言おうと、カイルと彼女だったら彼女を信じるだろ。「やだね」一言だけ言って、その場を離れた。油断も隙も無い。やっぱりカードは誰にも邪魔されない家でゆっくりと開ける事にしよう。
その日は一日中カードの中身が気になった。授業も全て上の空。急いで家に帰ってカードを開けると、カードの中に綺麗な包み紙に包まれた細長く華奢な何かが挟まっていた。フワフワと頼りない薄紙を破かないようにそっと開くと、中には銀色に輝くブックマークが入っていた。俺の好きな青色の紐とビーズで作った飾り紐が付いている。きっと彼女がピアノの練習の合間を縫って一生懸命作ってくれたんだろう。カードには
大好きなマイケル
素敵な秘密をシェアする相手があなたで良かった。
メリークリスマス!
と書かれていた。
やばい、、可愛い過ぎる。。俺、頭がどうかしちゃったのかな?ニヤニヤ笑いが止まらない。すげー可愛い!!!カードを何度読み返したか分からない。これを学校で開けていたら、かなり危ないヤツになってたかも。そして、やっぱりカイルに見せなくて良かったと心から思った。
水色の包みの中身は手作りのクッキーだった。程よい甘さのサクサクとしたクッキーで、あっという間に食べてしまった。キラキラ光るブックマークとクッキー。それはいかにも彼女が俺の好きな物を一生懸命考えて準備してくれたに違いないと思わせた。そして、きっとその通りなんだと思う。本好きな俺のためにギフトカードではなく手作りのブックマークというところが、いかにも彼女らしかった。
ふと、俺は彼女に何も渡していない事に気がついた。彼女はプレゼントやお返しにこだわるタイプではないけれど、俺は俄然彼女に何かをしてあげたくなったんだ。
女の子って何をあげたら喜ぶんだろう?
こういう時、カイルだったらきっと上手くやるんだろうな。チョコレート?ぬいぐるみ?アクセサリー?何だかどれもピンと来ない。彼女が俺にしてくれたように、見るだけで相手の真心が感じられるような何か、って何だろう?この俺が女の子へのプレゼントで悩んでいるなんて、自分でも不思議だ。でも彼女には何かしてあげたいと心から思うんだ。
俺が持っている物で彼女に何か作ってあげれる材料といえば、レゴしかない。彼女が何か大切な物を入れられるように、レゴで小さな小物入れを作った。これだけだと寂しいかなと思って、鳥好きな彼女のために更にレゴで小さな鳥を作って小物入れの中に入れた。喜んでくれるかな。クリスマス休暇明けに彼女に会うのが待ち遠しかった。
年が明けて、待ちに待った学校だ!学校なんてダルいと思っていたのに、彼女と会えると思うだけで行くのが楽しみになるから不思議だ。
彼女は学校で俺のプレゼントを受け取ると、とても喜んでくれた。家に帰ってからピアノの上に飾ったと写真が送られて来た。いつでも目に入るように、特等席に飾ってくれたらしい。彼女の反応はとても素直で一々可愛い。何かをしてあげたくてたまらない。でも皮肉な事に俺が彼女にしてあげられる一番の事は、何もせず彼女のやりたい事をそっと見守る事だけだった。
その頃の彼女は大きなピアノのオーディションを月末に控えてピアノの猛練習中だった。学校から帰ると、それこそ何時間でも弾いているらしい。練習中は一切携帯を側に置かず集中しているらしい。普段は早寝早起きで夜9時前には眠ってしまう彼女が送ってくれるおやすみメールが、10時過ぎても届かず宵っ張りの俺が先に眠ってしまう事もしばしばだった。
それでも彼女は出来るだけ俺との時間を取ろうと夕食後や就寝前に必ずメールをくれた。それが今彼女に出来る精一杯の事だと分かっていたから、俺はただじっと待っていた。それが俺に出来る彼女への唯一の応援だった。
ある日、彼女に【明日提出の宿題が終わった?】とメールを送った。相変わらず中々来ない返信。寝る前には来るだろうと思っているから、焦らずゲームでもしてのんびり待つ。その日は宿題が終わらなかったのか、ことの外遅く俺は先に【おやすみ】と眠ってしまった。
朝、起きて一番にメールを確認すると、【宿題がやっと終わったよ〜。どう?もう寝ちゃったかな?おやすみ!】と宿題の絵の写真が届いていた。早寝の彼女にしてはあり得ない時間だった。ピアノの練習が大変なら学校の宿題くらい適当にやればいいのに、全てを全力でやるところが彼女らしかった。
学校で彼女に絵の感想を伝えると、嬉しそうに笑う彼女の横でカイルが複雑な表情をしていた。こいつ、やっぱり彼女に気があるんじゃ・・・。
教室へ移動する途中、彼女からカイルにも昨日宿題の事を聞かれたという話を聞いた。
「でも、完成品を見せたのはまだマイケルだけだよ!あ、ママとパパには見せたけど。」
「そっか。ありがとな。」
えへへ、と照れて笑う彼女の横で俺は内心複雑だった。カイルの奴、いつの間に彼女の携帯番号を聞いたんだろう。カイルは調子のいい奴だけど、意外と根は純情だ。カイルが彼女に本気になる前に、俺たちが付き合っている事を話しておいた方がいいかもしれない。
カイルにいつどんな風に彼女との事を話そうか考えている内に一日が終わってしまった。シリアスなのは俺だけで、彼女と付き合ってる事を話したらまた前の様にからかわれるのかもしれない。特に最近は彼女と朝のバスがまた別々になってしまったから、俺のいない間にバスの中でカイル達に彼女がからかわれたらどうしようかと思うと中々踏ん切りがつかなかった。
帰りのバスを待っている間、彼女と彼女の親友のマギーと一緒に話をしていると、カイルが話があると俺を呼んだ。その瞬間、今カイルに俺たちの事を話そうと決心した。
バス停から少し離れた校舎の壁際で俺が彼女との事を話そうとした瞬間、カイルが早口に彼女の事が好きだと言った。
しまった!
チビの頃から知ってる幼なじみだけど、あんなに真剣なカイルの顔は初めて見た。あいつに先に言われてしまった。あいつにあんな顔をさせてしまった。カイルは本気だ。
カイルは俺に言いたい事だけ言うと、サッサとバスに乗り込んでしまった。
「おーい!マイケル!!!バス出ちゃうぞ!早く早く!!」
ケンの声に促されて、発車直前のバスに乗り込んだ。彼女をカイルと一緒に帰すのが不安だった。ちくしょう、俺は最低だ。彼女の事を守るつもりが、結局自分がからかわれるのが嫌なだけだった。俺がもっとちゃんとしていたら、誰も傷つけずに済んでいたのかも。
バスの中で彼女が心配そうに俺を見ていたのも知っていたけど、俺は彼女の顔もカイルの顔も見れなかった。後悔と、自己嫌悪と、やるせなさが俺の心を包んでいた。
家に帰ると直ぐに彼女からメールが届いた。
【何かあった?カイルと喧嘩でもしたの?】
【何もないよ。俺の心配するよりピアノ頑張りな】
【本当に本当?大丈夫?】
【本当に本当】
彼女にまで心配をかけて、俺はつくづく自分の事が子供っぽく思えて情けなかった。チビの頃からの友達を傷つけて、好きな女の子には心配をかけて、本当にどうしようもない。その晩も彼女からのおやすみメールは普段よりも遅く、ピアノを頑張っている様子が目に浮かぶようだった。何度も何度も彼女の事を考えた。何度も何度もカイルの事を考えた。でもやっぱり、幼なじみの友達を傷つける事になっても、彼女だけは譲れなかった。彼女は俺の中でとても大切な存在になっていた。
【愛してる。】
【ごめん、俺の気持ちを知って欲しかっただけ。】
彼女がもう眠っているのは分かっていたけど、俺の気持ちを伝えずにはいられなかった。俺は照れ屋で、物心ついてから「愛してる」なんて言った事はなかった。中学生が愛なんて解ってるのかと大人に笑われても、この気持ちは愛としか言えないほど特別な何かだった。彼女を愛してる。その気持ちだけが俺を支えている全てだった。
翌朝、起きると彼女からメールが届いていた。
【マイケル、昨夜のメール嬉しかった!私もマイケルを愛してる。】
やっぱ、こいつ、すげー可愛い!!!
何て素直なんだろう。彼女は知らないだろうけど、彼女はいつも俺の欲しい言葉をくれる。いつも俺を力づけてくれるのは彼女だ。彼女を守るためにも、カイルときちんと向き合って話をしよう。俺は改めて決心した。
バスの中でカイルに何て言おうかずっと考えていた。昨日からの俺の様子を心配してか、ジェイとデイブがやたらと絡んで来て鬱陶しい。
「マイケルくーん、何を怒ってるんでちゅか〜?」
「マイケル〜、親友の僕らに話してごらん〜」
「マイケル〜、怒ると女の子にモテないぞ〜」
煩わしいにも程がある。あいつらなりに心配してくれてるのは解っていたけど、つい「うるさい!放っておいてくれ!!」と怒鳴ってしまった。ごめん、ジェイ。ごめん、デイブ。でも今はそっとしておいて欲しいんだ。
BバスはAバスよりも先に学校へ着くので、ロッカールームにはまだ彼女の姿もカイルの姿も無かった。彼女からのメールをそっと見る。【私もマイケルを愛してる。】、その一言が俺に力を与えてくれる。目を閉じて彼女を思い浮かべる。深呼吸してから、ゆっくり目を開けると丁度カイルがロッカールームに入って来るところだった。
カイルにランチタイムに話があると告げると、一瞬嫌そうな顔をされたけど返事を待たずに俺はその場を離れた。調子がいい割に実は結構律儀なカイルはきっと約束の場所に来るだろう。もし来なかったら来るまで何日でも待つだけだ。
カイルに何て話そう、、頭の中はその事ばかりで、その朝の授業は散散だった。授業で何をやったのか何一つ覚えてない。鉛筆は10回以上落としたし、得意な社会のテストもきっと最悪な出来だろう。何度考えても、誰一人傷つかずに済む方法は見当たらなかった。
ランチタイムになった。食欲は全く湧かず、俺はすぐにカイルを呼び出したコンピュータールームへ向かった。カイルは来てくれるだろうか。
カイルを待っている間も何て言おうか必死で考えた。そしてようやく有りのままに話そうと決意したその時、ドアが開きカイルが入って来た。
俺は決心が鈍らないよう、直ぐにカイルに俺と彼女に事を話した。カイルは俺の気持ちには気づいていたけど既に付き合っているとは思っていなかったらしく、一瞬で顔色が蒼白になった。付き合いだしたきっかけを聞かれた時、別の理由を作って誤魔化そうかとも思った。ただでさえ衝撃を受けているカイルに、お前がきっかけだと告げるのは残酷な気がした。でも今この場を誤魔化した所で何になるだろう。もし後からカイルが真実を知ったら、もっと酷い裏切りに感じる事だろう。真実は何よりも残酷だ。それでも俺はカイルの一言がきっかけだったのだと、真実をそのまま告げた。それが俺がカイルにしてやれる唯一の誠実な対応だった。
カイルの顔色は真っ青で、目は虚ろになり、いつ倒れてもおかしくない様子だった。保健室に連れて行った方が良いだろうか。大丈夫か声をかけたけど、カイルは俺の腕を振り払って行ってしまった。
その日の午後の授業も気分は最悪だった。
いつもは帰りのバスに男同士で固まって馬鹿話をしながら帰るのだけど、とてもそんな気分にはなれなかった。カイルは具合が悪そうに一番後ろの席に寄りかかっていたし、ケン達は何があったのかと俺とカイルの顔を見比べるだけでバスの中はシンとしていた。
家に帰ってから彼女にカイルに話した事をメールした。
【俺たちの事、今日カイルに話したよ】
【そう。分かった。】
彼女はカイルと午後の授業も一緒だから、カイルの様子や俺のバスでの様子を見て何かを察してくれたのだろう。特に何を聞くでも言うでもなく、受け入れてくれた。それが俺にとっては何よりもありがたかった。
その後、高校を卒業するまでの7年間、俺は彼女一筋だった。彼女は目立つタイプではなかったけど、結構裏でモテていたのを俺は知っていた。第2のカイルを作らないために、あの後直ぐに俺達は付き合っている事を公表した。
カイルはその後、何人かの女の子と付き合ってはいたけど、あまり長く続かないようだった。彼女といると、何かの折にふと視線を感じる事がある。その度に視線の先にはカイルがいた。ああ、お前やっぱり彼女の事を忘れられないんだな。でも、ごめん。俺も彼女が必要なんだ。
7年間、彼女と一緒に過ごして、俺には彼女以外のパートナーなんて考えられなかった。そばにいてもいなくても、連絡が取れても取れなくても、俺の中にはいつも彼女の存在があった。高校を卒業すれば俺は大学に寮に入る事が決まっていて彼女とはあまり会えなくなるけど、俺達はいつも一緒だと疑う余地がなかった。
大学を卒業して寮を出たら、彼女を迎えに行こう。その時にはもう2度と彼女と離れ離れにならずに済むようにしよう。それまでに俺は彼女を支えられる一人前の男になるんだ!そう思うと離れ離れになる4年間が結婚への準備期間のようで、ひどく短く感じられた。
プロムの晩、彼女にプロポーズした。
「高校卒業したら4年間はあまり会えないと思うけど、その間に迎えに行く準備を全部やっておくから大学を卒業したら結婚しよう。」
彼女は驚きのあまり目を丸くしていた。そうだよな、高校生でプロポーズってあり得ないかもな。
「もし、その4年の間におまえに好きなヤツが出来たら、俺は身を引くから気にしなくていい。でも4年後、もしまだ俺の事を好きでいてくれたら、結婚して欲しい。」
すると彼女はクスクスと笑いだした。
「何だか段々弱気になってきてない?」
そうかな。そうかも。俺の気持ちが変わらない自信はあるけど、でも彼女にまで強制できない。
「私ね、マイケル以外のパートナーなんて考えられない。4年後、二人で一緒に生きていけるように私も準備しておくね。きっと、あれこれ準備してたら4年なんてあっという間だね。大学を卒業したら結婚しましょう。二人でずっと一緒にいよう。」
やっぱ、こいつ、すげー可愛い!!!!!
彼女のいない人生なんて考えられる筈がない。
俺と彼女の両親に婚約したいと告げた時、当たり前だけど反対された。将来結婚したいのは構わない。でも何故、離れ離れになる今この時期に婚約するのか、4年後に婚約すればいいじゃないか、というのがお互いの両親の意見だった。尤もだと思う。4年間離れていたら気持ちが変わる可能性もある。お互いもっと良い相手に出会う可能性だってある。
でも、違うんだ。もっと良い相手より、彼女がいいんだ。彼女の涙も笑顔も全て愛してる。限られた時間を生きている人生の中で、これ以上彼女と過ごす時間を無駄にしたくない。4年後、大学を卒業したら俺はきっと暫く海外勤務になるだろう。これ以上更に何年も彼女との時間を無駄にしたくない。俺と彼女が幼い時に出会ったから、他にも良い相手がいるかもしれないというのか?彼女を迎えに行く条件が整っても、また更に待たなくてはいけないのか?俺が欲しいのは彼女だけだ。彼女を幸せにするために、彼女を守れる男になるために、俺は今まで頑張ってきたし、これからも頑張っていくんだ。
何度も彼女の両親に会いに行った。俺の両親は婚約する事で彼女の未来を縛りつけてしまう事を心配していた。息子の幸せより彼女の心配かよ、とも思ったけど、両親の心配も分かる気がした。
意外な事に、一番最初に承諾してくれたのは彼女のママだった。「お互いが必要としているのなら頑張りなさい。ただし、マイケルがいないと何も出来ないような女性にしないでね。あの子には一人の女性として自立した人間になって欲しいのよ。」と釘を刺された。勿論だ。俺は彼女のピアノの才能もこれまでずっと大切にしてきたし、これからもずっと大切にしていく。「俺は彼女を自分の物のしたいわけじゃなく、二人で一緒に生きていきたいだけなんです。」と告げると、彼女のママは解っているというようにニッコリと笑って、「4年の間にあの子に料理を教えておくわ。」と言ってくれた。「レーズンロールもお願いします。」と頼むと、「マイケルの好物だものね。必ず教えておくわ。」と請け負ってくれた。そして彼女のパパと俺の両親の説得に力を貸してくれた。
高校の卒業式の翌日は彼女の誕生日だった。仲の良い友達を呼んでの誕生日パーティーを兼ねて、俺たちの婚約パーティーを行なった。彼女の友達には「え!?まだ結婚してなかったの?」と冷やかされはしたけど、みんな当然かのように受け止めて祝福してくれた。白いワンピースを着た彼女は、まるで若い花嫁のようで眩しかった。