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マザコン少女の憂鬱

作者:




車の冷房が直に体にあたって少し寒い。

少しだけ違う方向に向けると、

それを見てか何も考えずか、

お母さんは冷房の強さを少しだけ弱くした。

そんなささいなことですら私はすごく嬉しくなる。



――マザコン少女の憂鬱




「あと、どのくらいで着くの?」


運転中のお母さんにそう尋ねる。

別に、それが知りたいわけじゃないけど、

ただ単純に何か会話したいんだ。


「んもう、まだまだよ。美由紀が行きたいっていったんじゃないの」


お母さんはこっちも見ずにそう返した。

いや、運転中なのだから当たり前なのだが。


朝からお母さんにわがままを言って、

遠くのお店に連れて行ってもらっている。


はっきりいって、お店にはまったく興味がない。

ただ単に、お母さんが運転した車の助手席にのって長い時間過ごしていたい。

それだけだ。


それだけで、私はすっごく幸せになるのだ。



赤信号で車が止まり、私はお母さんの肩にポスリと頭を預ける。

お母さんはなにもいわずにそっと私の頭をなでた。


「私、お母さんと結婚したいな」


真顔でそんなことを言う私に、お母さんは少し笑って

「そんなにお母さんが好きなのね」

と言った。




「うん、お母さんと結婚する」

「はいはい」


信号が青になり、軽く頭を押し戻され、

私はしょうがなく定位置にきちんと座った。


もちろん、本気で結婚できるとは思ってない。

お母さんのことをそういう恋愛的な意味で好きなわけでもない。

現にいま私にはそういう恋愛的な意味で好きな男の人はいる。


けれども、どうやら私は恋愛的な感情より家族愛のほうが強いらしく、その中でもお母さんへの愛はものすごく深いものだった。

ものすごく、お母さんが大好きなのだ。




今この瞬間が私にとってかけがえのないもので誰にも奪われたくないもので、

私の全てだった。


とてつもない幸福感。


幸せ。


心がつぶやく。


『あぁ、神様…私、すごく幸せです…』


心が、叫ぶ。


『幸せだから、今すぐ、死にたいです』





人は、必ず死んでしまうらしい。

私はいまだにまだ身の回りの人が死んだことがなくて人の死というものがよくわからないでいる。

けれど、死は必ず訪れるものらしい。


私にも、


私のお母さんにも。


私のお母さんが死ぬということは、

私の幸福すべてがなくなるということだ。


私は、それがひどく怖かった。

怖くて怖くて怖くて、今の幸せが壊れる前に早く、死んでしまいたかった。


死ぬのは簡単だ。自分の心臓を止めるだけでいい。それはいいのだ、いいのだけれど。



私が死んだあと、お母さんはどうなる?



お母さんは絶対に悲しむだろう。

ましてや事故や病気などではなく自殺なんて。お母さんを悲しませることは絶対にしたくない。

けれど、だからといってお母さんの死をのうのうと待つのも怖い。


お母さんが死んでから死ぬか?

いや、それでは意味がない。

私は幸せのなかで死んでいきたいのだ。

幸せがなくなった後に死ぬなんて、無意味だ。

幸せだからこそ、死にたいのに。


今幸せだから、今死にたいのに。





「美由紀、寝たの?」


不意に、お母さんに声をかけられて、びくりと身体を揺らす。


「あ、いや、起きてるよ」

「おなかすいてない?おにぎりあるけど」

「あ、うん、食べる」

「足元の袋に入ってるわよ」


私はもそもそと袋からおにぎりを取り出し、一口食べる。

お母さんが握ったおにぎり。

少しだけ形が歪だけれど、私には世界一のおにぎりだ。


『あぁ、本当に幸せだ…』


怖い、怖い。

失う前に早く死ななくては、なんて思ってしまうほど。

どうか神様。私の大切な人を殺さないで。

もし殺す時が来たならば、私も一緒に殺してください。

私が生きてるときにお母さんが死ぬのは嫌だし、お母さんが生きてるときに私が死ぬのも避けたい。



同時に死ぬことができたら、どんなに幸せなだろう。


『神様神様、どうかお願いします』



無意味な願い。

私の願いはきっとかなわない。

それでも、願わずにはいられないの。



あぁ、私は幸せの中で今日もほんの少しの不安を感じて生きていくのか。



どうか神様。



私のこの憂鬱さを消すためにも。



今この幸せの中で。




私たち親子を殺してください。




End


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