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戻り世の橋  作者: 和久井暁
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三夜目

三夜目



 徳治とくじは今日は用があると出かけてしまった。

 少しして徳治の家から蔓橋かずらばしのほうに行くと、村人が総出で蔓橋の修理をしていた。

「あの、なにをしているんですか?」

 近くの年配の女性に声をかける。

「んぅ? 見てわからんのけ? 橋を直しとるんじゃ。 谷御霊たにみたましずめにゃならんのに、橋が壊れたままじゃ、宮司殿も渡れんでなあ」

 女性は蔓をなって太い縄にし、男は板を縄に括り付け、巨大な縄梯子のように長く伸ばしていく。 そして谷から対岸に渡り、橋をかけ、次に手すりと、補強と落下防止もかねて橋板と手すりを蔓で編みこんでいく。 作業は一日がかりになった。

 村人総出の作業でも、そこに徳治の姿はなかった。

「あのぉ、谷御霊たにみたまってなんですか?」

 居場所もなく、特に手伝いも勝手がわからなかったので、仕方なくそばの女性に声をまたかける。

「谷御霊は、この蔓橋かずらばしから落ちて死んだ御霊みたまのことじゃ。 寿命をまっとうせずして、この谷底に引き込まれて死んだけん。

 生きてるモンがうらやましゅーての、谷底から呼ぶんじゃが」

「たまばあ! 余所よそモンに余計なこと言ったら、ご領主さまの耳に入るぞ! あんたも余所モンなら、この村のことに首突っ込まんと、早く帰れ。 やることないんなら邪魔せんでくれ」

 若い男が橋板片手に目くじらをたてる。

 どうも、このたま婆と呼ばれた女性は、この辺りの人間ではないようだ。 まるきり方言が違うし、まったくとれていない。

 途中まで見ていたが、この際村の中を見て回ることにした。

 借り終わったわらを竹竿でほして、刈ったばかりの田園は灰色の土に藁の茎の部分だけが残っている。

 あぜ道の雑草も彼岸花が生え、華やかな様相をかもしている。

 村の田畑に使われている水はちょろちょろと、きれいな水が流れている。 水の流れを辿っていくと、小さなため池にでた。

 田畑の周りには古い土蔵どぞう付の立派な家々が建ち並んでいる。

 そして門構えがひときわ立派な、家に出た。

 表札には田津家と書いてあった。 これが領主の家らしい。

 中の様子が見えないかと、うろちょろしていると、家人に見つかってしまった。

「こらぁ! 何をしとるか!」

「ひゃあ! す、すいません」

 いかつい村人が、着物の裾をまくりあげて、まさかりを持って門から出てきた。 おかげで孝太郎こうたろうは腰を抜かして尻もちをつく。

「これ、弥十郎やじゅうろう。 何をしておる」

「あ、領主様。 怪しい奴がおります。 いまからとっちめますんで」

 弥十郎と呼ばれたいかつい村人は、でてきた白髪で赤い目をした立派な着物の男性にへこへこした。

 (アルビノ?)

 不思議な雰囲気の領主は、孝太郎に気づいてことらに向かってくると、手を出して助け起こしてくれた。

「この者を屋敷に連れて行く。 お前も薪割りが残っているのであろう? 早くせねば女どもにどやされるぞ」

 まるで春の夜の枝垂桜しだれざくらのようだ。 孝太郎が領主に抱いた感想はそうだった。

 儚げで、おぼろにかすんでしまいそうな、雲をつかむような人物。

 孝太郎は、「これは好機!」と、勢い込んで屋敷の門をくぐった。

 屋敷は、門から飛び石が道順となり、玄関に通じていた。

 玄関から入って、まっすぐ進み、角を左に曲がってすぐの襖の部屋に案内された。

 畳の敷かれたその部屋は客間らしく、脚付きの天然木のローテーブルと、座椅子があった。

 主人である領主の方には、脇息きょうそくがあり、それらしく領主も持たれている。

「さて、あなたはわが村の村人ではないようですが。 どこの尋ね人でしょうか?」

 薄ら笑いを浮かべた領主はそう言って、孝太郎を見た。

 孝太郎も居住まいを正して、名刺を差し出した。

「私、某探偵事務所ぼうたんていじむしょで働いております、阿佐ヶ谷孝太郎あさがや こうたろうと申します。

 今回は小野田氏の依頼であるものを探しておりまして、この村に滞在させていただいております。

 そこでご領主殿のお話を耳にし、何とかそのご尊顔そんがんを拝見できまいかと、屋敷の周りを右往左往しおりました」

「ほほう、これは丁寧な挨拶いたみいります。 私はこの田津家たづけの当主であり、この村一帯の領を取り仕切る領主、明仁ともうします。

 それで、私になにか話が合ったのでしょう?」

「ははは、領主様は話が早くて助かります。

 ずばり聞きましょう、あなたは氷時ひときさんを妾に迎えたそうですが、その当人は今どこにいますか? いえ、もっと踏み込んだ発言をすれば、当人はまだご存命でしょうな?」

 なかなかきわどいギリギリの質問をした。 それでも涼しい表情を崩さない領主に、背筋が寒くなる。

「なるほど、村人が何人か噂してましたが、徳治の客人とはあなたのことでしたか」

「やはりご存知でしたか」

「狭い村ですので。 氷時は想い人がいるというので、私との初夜を拒みどこかに消えてしまったのですよ」

「それでは、この家をくまなく探しても彼女はいないと、そういうことですね?」

「ええ、もちろんです」

 満面の笑みを浮かべる領主は後ろ暗いとおころはなさそうだ。

 しかし、なにか含みがあるように思えて仕方なかった孝太郎は、次のように提案した。

「では、一つ提案がございます。 家の家人を領主様に好きに選んでいただいて結構ですので、家を探索させてくださいませんか?」

「よろしいですよ。 すぐに家にいるものの中から案内させましょう」

 パンパンと領主が手を叩くと、どこに控えていたのか、年配の女中さんに案内してもらった。

 土蔵の中、一階の部屋、二階の部屋もすべて。

 どこにも入口はない。 が妙に引っかかるところはまた見つけた。

 井戸だ。 もちろんあっておかしいことはないが、ここの水はすべて谷底の川からくみ上げで用水路に上がり、最後はため池で終わっていた。 ならば、くみ上げる水がないのに、井戸があること自体が不自然なのだ。

 その場で引き返した孝太郎だったが、領主に確実に目をつけられた。 覚悟の上だったが、それでも用心にこしたことはないだろう。

 夕方、徳治の家に帰ると、徳治が台所で、巨大なまな板と、包丁で動物の肉らしいものを捌いていた。

「徳治君、その肉どうした?」

「ああ、これ? もらったんだ。 今日はモツもあるからモツ鍋ができるよ。 すっごく豪華だ」

「徳治君……、悪いことは言わない。 そのモツは捨てるんだ。

 それをもらった時もうモツまで、解体されてただろう?」

 嬉しそうな徳治の顔が一気に曇った。

「だからってなんだよ。 俺が行く前に大人が解体して俺に分け前をくれただけだろ?」

「思い出すんだ、徳治君! 君はこの村の村八分だろっ、もしその動物が毒を食べて死んでたらどうするんだ! 未消化の毒が内臓に残っているかもしれないんだぞ!」

「……わかったよ。 モツはもったいないけど捨てる。 もし本当にあんたの言う通りなら、カラスだって寄ってこないだろう。

 ただ肉は大丈夫だと思う。 肉はみんな持って帰ったから」

「ああ、わかってくれたならいいよ。 こちらこそ怒鳴ったりして悪かったね」

 なんとなくお互い気まずさを感じながら、二人とも背を向けた。

 その気まずさはお互い寝るまで引きずった。

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