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3.赤毛の騎士とお姫様

クラリッサを無事に遊戯ゲーム会場まで送り届けたマクシミリアンは、迷ったが一旦控室に戻る事にした。


置き去りにされた鬼姉達は、怒り狂っているに違いない。


美しい女神様の手を取って歩いた、素晴らしい時間で浮上した心が再び沈み込んでいく。エスコート役がいなくても彼女達なら上手く切り抜けるだろうが、報復が恐ろしい……。暫く行方を眩ましたい衝動に駆られるマクシミリアンであった。


「マックス!」


ビックぅっ!


デリアの声にマクシミリアンは飛び上がった。精神的に。現実にはぴきっと固まっただけだったが。

ゆっくりと振り返ると―――物凄く近くに立っていた。音も無く。


「~~っ!!」


心臓が縮み上がった。


コリント家の親族は、男女の別無く幼少期から武術を叩きこまれる。足音をさせずに肉薄する事など造作も無い事なのだ。しかし通常であれば修練を重ねている彼には察知する事が可能だっただろう。しかしエスコート相手を長時間放置すると言うあり得ない過失を犯した罪悪感と、幼い頃から刷り込まれた鬼姉達への恐怖心による動揺の為、この距離にデリアが近づくまで気配を捕らえる事が出来なかったのだ。


観念して背の低いデリアを見下ろす。しかし彼女は何故か通常運転で、怒っている様子は見て取れなかった。若干引き気味のマクシミリアンに訝し気な視線を投げ掛けてはいたが。


「何よ、ビクビクしないでよ」


無理な話だ。とマクシミリアンは思った。

が、反論はしなかった。


「…コルドゥラ姉様ねえさまは、どちらに?」

「姉様はお友達と別室でお話中よ。後でそちらに伺うから、まずマックスはこちらに来なさい」


問答無用で背中を押され、広い控室を後にした。

そして連れて来られたのは、沢山の衣装をが用意された広間だった。そこは先ほどの控室の三分の一程度の広さの広間で、男性が二十名程、彼方此方あちらこちらで侍女に囲まれ着替えをさせられていた。


デリアはマクシミリアンを入口から押し込み、ニッコリと笑って手を振った。何故か上機嫌な様子が、空恐ろしい。


「お名前をどうぞ」

「あ…と、マクシミリアン=コリントです」

「コリント様ですね、承知しました。彼方あちらにご用意しております」


案内された場所で、あれよあれよと言う間に服を剥かれ衣装を頭から被らされる。

その他様々な布類や飾りを取り付けられ、あっという間に体裁が整えられた。やっとの事で解放され彼が正気を取り戻した時、マクシミリアンが立っていたのは等身大の鏡の前だった。


そこに居たのは―――凛々しい制服に身を包んだ騎士ナイトだった。


実在の近衛騎士団や王立軍の制服とは違う、煌びやかに装飾された駒役の衣装だった。仕上げにレプリカの剣を佩く。スラリと抜くとずっしりと重みがあった。刃が付けられていないだけで、模擬戦に使えそうな程しっかりと造られているようだった。


衣装室から出ると、廊下に備え付けられた待機用のソファに小柄なデリアが腰掛けていた。マクシミリアンが近づくと立ち上がり、腕を取ってグイグイとまたしても行先を告げずに次の目的地へと誘導し始めた。


「ここよ」


そこは小さな応接室だった。

コルドゥラの向かいに、金髪に青い目の可愛らしい女性が座っている。駒役なのか彼女も華麗な衣装を纏っていた。ふんわりと裾の広がったドレスに、髪を高く結い上げ羽飾りをあしらっている。


「姉様、準備が出来ましたわ。素敵な騎士ナイトの登場よ」

「まあ……マックス……!馬子にも衣装ね!」


立ち上がり両手を広げて歓迎の意を示すコルドゥラは、優し気に微笑んでいる。

マクシミリアンの背中に悪寒が走った。彼女がこんな風に微笑む時は、何かを企んでいる事が多い。こんな衣装を着せて自分をどうするつもりなのだろうか…と言う疑念しか湧いて来ない。


「ペトロネラ様、いらっしゃい」


コルドゥラが声を掛けると、金髪碧眼の少女は頬を染めて立ち上がった。そして楚々とした歩調でコルドゥラの横まで歩み寄る。

デリア程では無いが小柄な女性だ。頬がバラ色に染まって白い肌に輝きを与えていた。背の高い威圧感のあるコルドゥラと比べると、庇護欲を掻きたてられそうな儚げな様子が際立つ。

少し瞳が潤んでいる所為なのかもしれなかった。一瞬コルドゥラに苛められたのかと思い、マクシミリアンは心配になる。


「私達のお友達のペトロネラ様よ。マクシミリアン、ご挨拶なさい」


居丈高な物謂いはコルドゥラの通常運転だ。マクシミリアンは慣れっこなので気にしない。唯々諾々と指示に従って、左足を後ろへ引き右手を胸に中てて頭を下げる簡易な礼を取った。幼い頃から鬼姉達に叩き込まれているだけあって、ゆったりと優雅な仕草は堂に入っている。


「コリントです。以後、お見知り置きを」

「ペトロネラでございます。こちらこそ、よろしくお願い致します」


相対した金髪のペトロネラも、ドレスを摘まんで美しい所作で礼を披露した。


「挨拶は済んだわね。じゃあ、マックス。頼んだわよ」

「え?」

「ペトロネラ様を会場までエスコートなさい!貴方達の順番は六番目よ、駒役頑張って勤めて頂戴ね」

「あ…姉上?」


コルドゥラがニッコリと笑って、ペトロネラの肩に手を掛けた。彼女の顔が頬だけでなく目元まで真っ赤に染まる。

その様子に戸惑っていると、バンッと背中を叩かれた。


「ほら、しっかりしなさい!あ、私達の今日のお相手は確保したから、存分に楽しんで構わないのよ」


背中が地味に痛い。小柄なデリアは力が強いのだ。


「な、何で…」

「じゃあ、夜会前に控室で待ち合わせするとして―――それまでフリーで楽しみましょう。盤上遊戯ボードゲーム、観戦するから立派に務めるのよ~」


コルドゥラが扇を広げ口元を隠しながらニンマリした。デリアがグイグイとマクシミリアンの背中を押す。何が何だか判らないマクシミリアンだったが、鬼姉達の厳命に逆らうと言う選択肢は彼には無かった。きっと良い相手が捕まったので、自分が邪魔になったのだろう―――と推測し無理矢理自分を納得させた。

付き合わされる目の前の可憐なご令嬢が、途端に気の毒になる。優し気な雰囲気の女性だから、気の強い鬼姉達に逆らえなかったのだろう…と。


「さあ行った、行った」


デリアが更にグイグイ背中を押すので、マクシミリアンは「わかりましたよ」と頷いて掌をペトロネラへ差し出した。

彼女の優し気な瞳が見開かれ、今度は耳まで真っ赤になったかと思うと細い指がチョコンと乗せられた。その手を取って曲げた肘に誘導する。


「では、会場に行ってまいります。姉上達くれぐれも……」

「分かったわよ。大人しくしてるから―――ちゃんと猫被っとく!」

「承知されているのなら、良いです―――では、行きましょうか。えっと…ペトロネラ様?」

「…はい…」


小さな声で頷き恥ずかしそうに俯く横顔を目にして、マクシミリアンも擽ったいような気持ちになった。妙に気恥ずかしくなる。




そう言えば―――と、彼は思った。


親族以外の女性をエスコートするなど、初めてかもしれない。


先ほど手を取り歩いた―――『女神様』を除いては。




親族以外の女性と夜会で交流したい!と言う―――彼の長年の夢がとうとう叶ったと言うのに……マクシミリアンの頭に浮かんだのは、先ほど庭で遭遇し隣を歩いていた美貌の公爵令嬢の顔だった。


クルクルと喜怒哀楽で表情を変える『親友』―――彼女の呼ぶ処の―――本物の女神様のようなその美しい立ち姿を―――傍らに寄り添う可憐な少女に重ねて思い出していたのだった。







二人が応接室を出ていく背中を見ながら、コルドゥラとデリアはニコリと笑い合った。


「上手く行きそうね」

「良かったわ。でもマックスには勿体無いくらい可愛らしいお嬢様だわ~~物好きもいるものねぇ……」

「本当にねぇ…でも、さっきは本当の事言い過ぎちゃったから、あれぐらいインパクトのある慰めでも無いと、きっと地の底まで落ち込んでいたに違い無いわ」

「そうね、落ち込まれると面倒臭いものね」

「私達って良い姉よね!落ち込んだ弟を思って、あんな可愛いらしいご令嬢を紹介するなんて、中々できる事じゃないわ」

「そうよね!マックスには盛大に感謝して貰って、もっと私達の為に働いて貰わなくちゃ」

「ええ。勿論よ―――そして私達も、頑張りましょうね。今シーズンこそ素敵な男性をゲットしましょう!」

「ええ!そうしましょう!」


マクシミリアンの鬼姉、コルドゥラとデリアは、控室で散々揶揄った弟がまさかあれ程傷ついた様子を見せると思っていなかったので、驚いたのだった。


「でもまさか、本気で傷つくなんてねぇ……身分違いも甚だしいし、叶わない恋だってマックスも身に染みて分かっている筈なのに―――それ程アドラー家のクラリッサ様が魅力的……と言う事よね」

「魔性のご令嬢…ね。かの『蒼の騎士』の有力な婚約者候補ともくされていただけあって、美貌だけではなく礼儀作法も完璧で、何処にお輿入れしても恥ずかしく無いご令嬢だと言われているのは―――あながち噂だけでは無いのかもしれないわね」

「ま、どちらにせよ無理目よね、マックスには。脳筋の『マクシミリアン君』には、ちょっと刺激が強すぎたのよね、きっと。……高貴な女性の傍に寄れると言うのも、考えものね。分かっていても勘違いしちゃうのかしら」


散々な言いざまの鬼姉達だが、剣技や武術くらいしか取柄の無い恋愛初心者の弟を心配する気持ちは多少持っていた。叶わぬ恋に身を焦がし、普段の自分を見失った弟に同情し、さすがに揶揄い過ぎたと反省したのだ。そして以前茶会で知り合った可憐なご令嬢、ペトロネラを紹介するに至ったと言う訳だ。


「上手く行くと良いわね」

「ええ…あら姉様!待合わせに遅れてしまうわ…!」

「もうこんな時刻なの?―――そうね。脳筋の弟の事なんか、これ以上心配するのは野暮と言うもの。さ、私達は私達で楽しみましょう…!『輿入れ』を目指して!」

「ええ、頑張りましょう…!」



※2016.4.10誤字修正(和様へ感謝)

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