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14.近衛騎士と騎士志願者


カーは使用人に指示を出し、昼間の催しで使用した騎士用のレプリカ剣を手配した。


そして庭の比較的明るい開けた場所に降り立ち、手にした二本の剣を土の上にグサリと突き刺した。


(見た目に寄らず相当な怪力だ)


いとも簡単に剣を突き刺したカーを見てマクシミリアンはそう思った。

昼間駒役の衣装を着た時握った剣はレプリカと言っても刃が付けられていないだけで素材は真剣と全く同じ、相当な重みがあった。その剣を二振り持ち、クルクルと両手で回してサクリと地面に突き立てるさまは、まるでふざけてケーキにナイフを突き立ているかのようだった。


今相対するのがカーであったならば……今の自分では歯が立たないだろう。そうマクシミリアンは考えた。




二振りの剣を挟み対峙するキストナ―とマクシミリアンが、おもむろに剣を地面から抜いて握り直す。流石体を鍛えるのが仕事の近衛騎士だけあって、キストナーも剣の重さを物ともしない涼しい顔で、見せつけるように素振りや構えの型を披露している。

マクシミリアンも体を温める為一応軽く素振りを行った。


素振りをしつつ相手の型を見て「悪くは無い」とマクシミリアンは評した。

近衛騎士団が推奨するベーシックな型だ。マクシミリアンは剣術オタクなので、自国で広まっている構えや近隣諸国の型は一通りおさらいしている。

キストナ―が披露しているそれは力のある体の大きな人間向けに開発されたもので、成長途中のマクシミリアンにとっては少し無駄が多く感じられるものだった。


危険が及ば無いよう離れた東屋あずまやのベンチに、クラリッサとペトロネラが少し距離を空けて並んで座っている。その横に護衛よろしくトビアスが立ちはだかっていた。


審判役のつもりなのかカーは何を考えているか判らないいつものニヤニヤ顔で二人の間に腕を組んで立ち、キストナーとマクシミリアンの準備が整ったのを確認してスッと表情を固め、静かな表情で合図を発した。




「始め」




マクシミリアンはとりあえず相手の出方を見る事にした。

力量を確認する為だ。

既に彼の型を見ただけで自分の勝ちは確信している。習った事しか踏襲しない力任せの剣筋には隙がある。まして慢心した彼の余裕の表情……相手を侮って油断しているのが丸分かりだ。これが演技であればかなりと手練れと言えるだろうが、これまでの言動と行動を見てそうでは無い事は確定している。

力で勝るキストナ―が必死になればおそらくは勝ち筋も生まれる可能性はあっただろうに……とある意味残念に思った。


勿論それを教えてやるほどマクシミリアンはお人好しでは無い。

勝利の為に一粒たりとも敵に塩を送るつもりは無かった。クラリッサをあの手の早いキストナ―に預けるわけにはいかない。念には念を入れて慎重に相手の太刀筋を確認する。




しかし分からないのは、カーの思惑だ。




キストナ―が知らないのはその態度から明らかだが、カーはキストナ―の力量も―――コリント流武術の師範免状も取得しているマクシミリアンの力量も把握している筈だ。

そして近衛騎士団に所属する伯爵子息に単なる騎士志願の学生である子爵子息が恥をかかせる意味も。


(それだけ己の妹を軽く扱った非礼に憤っていると言う事だろうか……?)


カーにも普通の人間らしい感情があるのだと言う事にマクシミリアンは驚いた。


しかし結局泥を被るのはマクシミリアン一人になるのだろう。そしてそれをカーは十分に見越している筈。そう思うとクラリッサを守る為とは言え、どうこの闘いを終結に導くか考えあぐねてしまうマクシミリアンだった。


剣を交えれば交える程、実力差が明確になるだけ。体格差を頼みに力まかせに振り回すから隙が多い。

マクシミリアンは振り下ろす剣の重さを受け流し、ひょいひょいと躱しながら考えを巡らせた。




クラリッサとペトロネラはそれぞれ両手を胸の前で握りしめ、ハラハラと見守った。


トビアスはウズウズ、ジリジリしながら目の前の攻防を見守る。一向に攻撃に転じないマクシミリアンに苛立って、カーの制止を受けていなかったら飛び出していた所だと胸の内で悪態を吐いた。


開始の合図の後二人から後退り距離を取ったカーは風一つ無い日の湖面のような静かな表情で、キストナ―の剣を受け流すマクシミリアンの身のこなしをジックリと検分していた。




クラリッサはマクシミリアンが強い事は承知していた。しかし相手のある剣を用いた彼の闘い振りを目にするのは初めての事だ。剣術や武術が好きで道場を経営する一族の者だからと言って、体格差の著しい近衛騎士に一学生の成人したばかりの青年の剣技が果たして通用するのかどうか判断がつかなかった。

しかもカーの提案(悪戯?)とは言え、彼はクラリッサを救う為に戦っているのだ。もし彼が怪我でもしたらと思うと気が気では無い。

キストナ―にエスコートされるのは背筋が凍る程おぞましく感じるが―――マクシミリアンを傷つけてまで自分を守ろうとは思っていない。男同士の闘いに割って入るなどマクシミリアンの矜持を傷つけるかもしれない。けれど万が一彼が怪我を負いそうになればすぐに制止の声を上げようと、心を固めていた。




やがて躱す一方のマクシミリアンの位置が木々の密生する開けた場所が終わる場所まで下がり、大木を背にし後が無い所で正面を塞ぐようにキストナーが一歩踏み出した。

それを彼を追い詰めたのだと受け取った男が「トドメだ!」と言いながら剣を振り上げマクシミリアンへと襲い掛かった。


しかし又してもマクシミリアンはサラリと身を躱す。

ガチンと音を立ててキストナーの剣先が大木に刺さった。


「逃げてばかりじゃ、勝てないよ?お猿さん?」


刺さった剣を力任せに木の幹から引き剥がすと小馬鹿にしたように鼻で笑い、キストナ―は剣を改めて構え腰を落とし―――向き直った。

その作業中に背後を取る余裕はあった。しかしマクシミリアンは彼が振り返るのを待って再び剣を構えた。




(そろそろ終わらせるか)




マクシミリアンはカーをチラリと見る。

カーが笑いながら頷いたので、マクシミリアンは溜息を吐いた。




騎士団に入団する前に先輩と揉めたくなかった。身分差のある相手に恥をかかせると、それがプライドの高い浅慮な相手であるほど―――後々面倒臭い事になる。

完璧に勝つために太刀筋を見ていたと言う事もあるが、それ以上にマクシミリアンは簡単に彼を屈服させる事を躊躇っていた。負けるにしても、なるべく接戦だったと自分の力量はそれほど劣っていないと思わせておく方がいくらかマシだろう。


(まるで接待試合だな)


と自分を嗤ってしまう。

そんなマクシミリアンの自嘲的な嗤いを、既に勝敗を諦めた故のものと勘違いしたキストナ―は芝居がかった調子で手にしている剣を振り被って構えた。散々躱された腹いせに盛大に成敗してやろうと意気込んだのだ。



「今度こそ最後だ!覚悟しろ!」




といって横に薙ぎ払った剣をヒョイッと躱したかと思うと―――マクシミリアンは右足で地面を蹴った。

クルリと伸身を維持したまま彼の体が宙を舞い、大きなキストナ―の体を飛び越え―――その背後にトンッと降り立つ。

と同時に、その剣がキストナ―の頸動脈にピタリと添えられた。




パン、パン、パンッ!




拍手の音が辺りに響き渡る。

カーがマクシミリアンの勝利を認めたのだ。


トビアスは呆気にとられ、クラリッサとペトロネラはお互いの立場も忘れて手を取り合い、「きゃ~~!」と喝采の声を上げた。




首を剣に抑えらえたまま、一瞬の事で何が起こったのか理解できず呆けていたキストナ―が―――やがて自分の状態に気が付いて悔しそうに顔を歪めた。


「お前……っ。たかが子爵家の子供のくせにっ!生意気な―――!」


そうして押し付けられているのが刃の付いていないレプリカ剣であることを思い出し、マクシミリアンの剣を押しのけ飛びずさるように彼から離れた。向き直り、怒りの形相で自分の剣を両手で握り直し腰を落とす。




「キストナー……勝負は終わったよ」




カーが笑顔で近づき、キストナ―の肩に手を置いた。

するとキストナーは―――何度か肩で息をした後諦めたように体を伸ばし……緊張を解いた。しかし悔しそうに刻まれた眉間の皺は終ぞ解かれる事は無かったが。


マクシミリアンには接待試合は向いていなかったようだ。


彼が最後に繰り出した急所を押える滑らかな動きは―――とても接戦に追い詰められた者がギリギリで放った技には見えない。

女性陣の歓声に頬を染めながらマクシミリアンは自分がやり過ぎたのだと気が付いた。こうなってしまえば、前半の追い詰められるような展開が演技なのだと言う事もバレバレだろう。


もうちょっと上手くやらないと今後の騎士団生活に支障がでるな……と彼は頭を掻いて、秀麗な顔で目を細めるカーの視線を、困ったように受け止めたのだった。



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