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12.悪役令嬢と取り巻き

「本当にクラリッサ様って、お子様よね。クロイツ様に袖にされて当然だわ」


金髪をクルクルと巻髪にした、人形のように大きな目をしたエマが笑いながら言った。


「ふふ、いい気味よね……でも最近男性陣にちやほやされて喜んでいるらしいわよね。ホント、切り替えがお早いこと」

「本当にねぇ……!羨ましいことですわね。皆見る目が無いわぁ……この間まで大人しいお嬢ちゃん達を威嚇していたような気位の高いお嬢様に群がるなんて」


清楚で儚げな見た目のイリーネ嬢が見た目にそぐわない辛辣な台詞を口にすると、すぐにエマが賛同を示した。


「それにせっかくカー様とお近づきになれると思って、お世辞を大盤振る舞いして良い気分にさせてあげたのに―――あの子ったら全然役に立たないんだもの。クロイツ様に振られて良い気味だわ」

「そりゃそうでしょ、あんな嫌がらせをする子供に清廉なクロイツ様が振り向くと思う?勘違いしてクロイツ様に群がるお嬢ちゃん達もお嬢ちゃん達だけど―――それを一つ一つ威圧して回るなんて、ねぇ……」


イレーネが扇を顔に当てて意味ありげに言葉を切ると、エマが如何いかにもおかしくて堪らないと言った様子で嗤った。


「―――言うわね!イレーネこそ散々煽って置いて。クラリッサがいない処で彼女の名を使って他のお嬢ちゃん達にもヒドイ事沢山していたわよね?よく知りもしない事、あげつらってお嬢ちゃん達を虐めていたの、知っているわよ。それに『ご寵愛』とか『決まった相手』とか調子の好い事言ってたクセに。彼女の目の前ではあんなに持ち上げといて……!」

「リップサービスよ。喜んでたでしょ?あの子も」


イレーネはフフフ……と忍び笑いをしてエマをあしらった。そして、ふと話題を変える。


「でも最近クラリッサったら、あの子爵家の次男坊にご執心じゃない?」

「子爵家の……?ああ、あの赤い頭のお猿さんみたいな子の事?―――まあ戯れか暇つぶしでしょ。でもさっき面白い物見ちゃったわ、私。―――あの次男坊が可愛い男爵令嬢をエスコートしてたわよ。それも以前クラリッサが威圧して蹴散らしたよ!おかしいったらないわ。そんな子にお気に入りの次男坊、かっ攫われちゃって……!」

「どうせお遊びでしょ?王家に連なる血筋のあのアドラー家のご令嬢が、たかが子爵家の何処の馬の骨とも知れない次男坊とどうにかなるなんて、有り得ないじゃない?そこは彼女も計算しているでしょ」

「まあねえ……あの気位の高いお嬢様が子爵家の次男坊なんか―――普通の容姿の、普通の背丈のただの学生よ?財産がある訳でも無いし―――その内飽きるだろうと思っていたけど……その前に逆転劇になってしまって残念だったわね」


アハハハ……とエマとイレーネは笑い声を上げた。


「あのお嬢さんにも、今回はいいお灸になったでしょ」

「本当にそうだわね……!」




彼女達が自分を本当に好いている訳じゃ無い事は分っていた。

クロイツに心を寄せるご令嬢を威嚇して回った自分の行いが、如何いかに滑稽で見っとも無い事なのか―――それは全く言われた通りなので仕方が無い。


けれどもマクシミリアンがペトロネラに取られたと言うくだりに入ると―――クラリッサの無表情は自然と物憂いものに変わった。まさに先ほど二人の仲睦まじい様子を目にし気分を落ち込ませていた所だったのだ。

冷たいナイフのように―――その言葉はクラリッサの心をグッサリと抉ったのだった。


そしてそれより何より―――自分と関わる事で、何の非も無いマクシミリアンが揶揄いの対象になってしまった事に―――酷くショックを受けた。


彼は立派な紳士だ。思い遣りがあって、人を気遣える優しさを持ち、尚且つ日々鍛錬をかかさず立派な騎士になる事を目指している尊敬されるべき存在なのだ。

なのに自分が軽率な付き合いをイレーネとエマと行っていた為に―――彼を貶める機会を与えてしまった。


思わず泣きそうになるが―――公爵令嬢の矜持が……それをかろうじて押し留めた。




クラリッサは目を閉じ―――細く細く息を吐いて、怒りと悲しみに耐えたのだった。







ザンッ!






その時直下で何か重い物が芝生の上に落ちる音がした。

クラリッサが目を開けるとバルコニーから飛び降りたトビアスが、イレーネとエマに歩み寄る様子が目に入った。




「きゃあっ!」

「な……何ですの?貴方は……っ!」

「失礼ですわよ!」


突然の出来事に怯え後退る令嬢達に構わず、トビアスは冷たい表情で更に一歩踏み出した。


「失礼なのは―――お前達だ!クラリッサの方が余程お前達より潔いぞ!表面で仲良くする振りをして陰で貶めるなんて―――貴族の矜持の欠片も無い奴だな……!」

「ひっ」

「俺はトビアス=ゲゼル、あいつの婚約者(……候補)だ!今後アイツを貶めてみろ……!俺の家名に掛けてお前らを家ごと追い詰めてやる!」

「わ、私達は何も……」

「い、行きましょう!イレーネっ……!」

「悪いのは―――悪いのはクラリッサ様ですわっ!首謀者を庇うなんて、褒められる行いじゃありませんことよっ……!」


イレーネは捨て台詞を吐いて走り出した。

儚げな容姿の貴族令嬢に似合わない、素早い逃げ足だ。金髪をクルクルたなびかせて、エマがアタフタとその後を追いかける。


その後ろ姿を睨みつけながら、トビアスはフンッと鼻を鳴らした。


そして彼女達が逃げて行った方角を油断無く睨みつけながら―――今度は階段からゆっくりと、バルコニーに戻って来た。




呆気に取られた様子のクラリッサが彼をポカンと見つめている。

言い切った、と言う満足感でトビアスの頬は紅潮していた。

暫く彼のドヤ顔をクラリッサは見ていたが―――口を開いてこう言った。




「トビアス……えっと、私達『婚約者』じゃ……」




冷静な指摘に、トビアスは真っ赤になって言い返した。




「『婚約者候補』には違いないだろっ……!いつも揶揄からかっていた詫びだ!ああ言っておけば―――アイツらも今後下手な真似はしないだろっ」




クラリッサは溜息を吐いた。


(……全然詫びになってないけど。『婚約者』って嘘をイレーネやエマに宣言されちゃって、すっごく迷惑だけど。でも、だけど―――)


純粋にトビアスはクラリッサの為にああやって飛び出してくれたのだろう。


侯爵家のご令息としては―――バルコニーから飛び降りて貴族令嬢達に正面から怒鳴りつけるなどと言う行為は褒められたものでは無いが……。

それにこれまでの彼の行いからは離れすぎていて非常に信じ難いが―――意外な事に、トビアスは真摯にクラリッサを思い遣ってくれたのだ。

もっと酷い事もトビアスから言われたような記憶があるが―――きっと先ほどのあれは、自分を庇って言ってくれたと言う事だけは―――真実なのだろう。




「ありがとう、庇ってくれて」




そしてクラリッサはふわりと微笑んだ。

トビアスは素直なその微笑みを目にし―――真っ赤になってしまった。


「よせ!お前が素直になると気持ち悪い」


つい憎まれ口をきいてしまい、思わずトビアスは口を両手で塞いだ。


本当は……天にも昇るほど嬉しかったのに。


トビアスの真心を目前にしたクラリッサは―――彼が悪気無くそんな憎まれ口を聞いた事に気が付いた。三つ年上なのは伊達では無い。トビアスの心の葛藤に気が付いて、マジマジとそれこそ珍しい外国の土産物を見るように―――彼の真っ赤な顔を覗き込んでしまう。


垂れ目がちの、色香が漂う銀色の瞳に正面から見つめられて―――しかも警戒心を漂わせ眉根を顰めた叱責の表情では無い……久し振りに屈託の無い彼女の瞳に見据えられて―――トビアスはもうこれ以上、その場にいる事に耐えられなくなった。


「お……俺……」

「なあに?」


トビアスは叫んだ。


「と……トイレ!……トイレ、行って来る……!」

「え?……あ、うん……」


突然ビクンと体を直立不動に固めそう叫んだトビアスに、クラリッサは面食らいながら頷いた。

クルリと体を反転し―――トビアスは恥ずかしさの余りその場を逃げ出したのだった。


(さっき顔が赤かったのは照れていたのでは無くて……もしかして我慢していたから?)


やっぱりトビアスの考えている事は分からない。


クラリッサは肩を竦めて息を吐いた。

そしてもういい加減広間に戻ろうかしらと―――振り向いた時。




「あっ……」

「クラリッサ……」




そこに居たのは―――ペトロネラを伴ったマクシミリアンだった。


クラリッサは息を呑んで―――グッとドレスの裾を握った。





(もしかして話を聞かれた……?何処から……?一体、何時いつから―――二人はそこに居たの……?)




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