プロローグ
希望
こんな言葉は聞き飽きた。
これらが空虚な妄想であること、こんなものは存在しないこと、そんなことは嫌というほどに知っている。
絶望
まさに今の俺。
絶望も学べということを言うやつもいるだろう。
そんなやつらは絶望を知らない。
それと同様に俺も希望を知らない。
いろんなことが起こりすぎた。
不幸の星の下に生まれたわけではない。
ただ嫌われていただけだ。
世界にも。
人間にも。
ありとあらゆるものに嫌われていた。
そう、ただそれだけだ。
そのせいで何もかもうまくいかなかった。
一度も。
うまくいっていたとしてもそう実感したことがない。
自分のやることだけでなく周りの環境もうまくいかない。
家族の崩壊。
勉学の失敗。
人間関係の超悪化。
数えればきりがない。
考えてみれば+の感情など自分に芽生えるわけがない。
だからこうなってしまったのだろう。
俺は死ぬ。
今からだ。
つまらない人生だった。
でも驚くほど長い18年だった。
嫌なことは永遠のように感じる。
それも終わりだ。
最期に俺を邪魔した、害でしかなかった人間どもの哀れなそして苦しむ姿を見たかった。
そんな恨みを持って俺は死んでいくのか。
最期だけはうまくやらせてくれ。
誰も邪魔しないでくれ。
頼むぜ。
はじめて誰かに祈ったような気がした。
無人のビルの屋上に立っているのは自分だけだった。
ビルだけでなく街から人が消えたような静けさだ。
風が頬をなでる。
はっと我に返ったように眼を開きフードをかぶる。
特に意味はなかった。
本能に身を委ねて目を閉じた。
いままでの自分を走馬灯のように思い返す。
こんな絶望、悲劇もすべて無になると考えると少し決心がついた。
誰かに別れを告げるように一歩踏み出した。
その時静寂を切り裂いて、彼の脳内に男の声が響く。
「残念だなぁ。」
俺は驚いたようにして声の主に目を向ける。
そこには全身を灰色に染め特徴的な帽子をかぶった男が軽薄な笑みを浮かべ立っていた。
俺はそいつを睨みつけ声をかけた。
「何だあんた?邪魔すんなよ。こっから消えてくんねーか。」
男はなお表情を崩さず立ち続ける。
「やっぱおもしろいなー。俺は君の命の恩人だぜ?せっかく助けてやったのにさー。」
反論をしようと口を開いたが男は続けた。
「人間が嫌いかい?……俺は面白いと思うよ。最高の娯楽さ。君さ、行くとこないんだったら俺と一緒に来なよ。君の見たかったものだって見れるかもしれない。」
まるで心を読まれているようだった。
なぜだかとても不安な気持ちに襲われる。
返答に詰まり無言が続く。
またしても男が口を開く。
「ふっ。そうか。わかった。下で待ってるからさ。じゃあ。」
そう言って踵を返して階段へ向かって歩き出した。
そんな彼に俺はとっさに言葉が出てしまった。
「おい、あんた誰なんだよ。なんでここにいるんだよ。」
男は歩みを止め振り向いて答えた。
「んーっと俺は奈倉。君は月原海人君だろ?君みたいに人間を憎んでなんかないさ。俺となら合うと思うんだよね。ここにいるのは一緒に働いてくれる人を探してたからだよ。君はぴったりだよ。絶対。まあ待ってるから。」
そう言って歩みを進め消えていった。
俺はただ立ちつくすことしかできなかった。
このときはなぜあの男が自分の名前を知っているかなどどうでもよかった。
ただただあの男が不気味で仕方がなかった。
しかし彼の持つ何かに引き付けられている自分がいたのも確かだ。
今更死ぬ気なんて起きない。
そう思い彼の幻影を追いかけて行った。
本当に無人となったビルの屋上をまぶしい夕日が照らす。
俺はまた失敗した。
しかしそんなことに気づく自分はいなかった。
自分には死ぬ覚悟なんてなかった。
死を恐れていたのだ。
それを彼が声をかけたことを言い訳に逃げているだけだ。
しかし気付かない。
自分の過ちに。
この時気が付いていたら何かが変わっていたのかもしれない。
いや変わっていた。
必ず。