掛け替えのないモノ
暫く思考が固まりルティーは茫然としていたが、ゆっくりとハッチから出た。目前には古いクロムウェル巡航戦車がいて、ハッチから子供みたいなヴィットが顔を出していた。
「こんな旧式に……しかも、あんなガキに……」
「約束通り、噴射剤はもらう」
ワナワナと震えるルティーに向かい、ヴィットは強い口調で言った。
「訳を聞かせろ……私の弾は何故当たらなかった?」
「それは……」
強い視線で睨み返すルティーは納得出来ず、ヴィットは言葉を濁す。
「確かに命中したはずだ……だが、寸前で爆発した」
「仕方ないわね。それじゃ、種明かし、マリー!」
横のハッチから出たリンジーが叫ぶと、マリーが斜面から飛び出て来た。
「何だ?……」
「マリーが砲弾を狙撃した」
唖然と呟くルティーに、ヴィットが溜息交じりに言った。
「そんなバカな……」
簡単に言われてもルティーは信じられなかった。砲弾を狙撃するなんて、常識に範疇を軽く超えていた。だが、マリーの赤い車体は、ルティーに思い起こさせる……未知の赤い戦車の事を。
「ごめんなさい。こんな事になるなんて……」
砲塔を下げ、マリーは済まなそうに謝った。
「へっ?……」
ルティーの目がテンになる。
「お、お頭……戦車が喋りました」
操縦手もワナワナと震え、目を見開いた。
「挨拶が遅れました。最強戦車のマリーです、宜しくねルティー」
「あがあが……お前が、あの噂のスーパー戦車だと言うのか?」
「スーパー戦車かは分からないけど、多分」
褒められて気分を良くしたマリーは、少し車体をクネらせた。
「……嘘だ。こんなチンチクリンで、まんまるのセンスの欠片もない奴が噂の戦車なんて……」
「チンチクリン……まんまる……センスの欠片もない……」
さっきとは違う意味で、マリーは車体を震わせた。
「リンジー、チィコ……下がれ」
苦笑いのヴィットに促され、リンジーとチィコが後ろに下がる。
「そこをどきなさい」
「何を言ってる?」
声を振るわせるマリー。ルティーは少し後退るが、同じく声を震わせた……当然、違う意味でだが。
「いいから、どいて」
「お頭、取り敢えず……」
操縦手がルティーの腕を取り、ペガサス号から離れた瞬間、マリーの主砲が火を噴いた。当然、砲塔と車体の連結部に怒りのロケット徹甲榴弾が命中! ペガサス号は一瞬でスクラップとなった。
「お頭っ! ”大海原の秘宝(悲報→悲しいお知らせではない)ブラック流星号”が轟沈しました!(長い)」
「何ですとっ?!」
さっきの大爆発音が、ルティーの中で繋がった。
「じいちゃん達の仕業だ……」
瞬間に察したヴィットが冷や汗を流した。
___________________________
埴輪の様に固まるルティー達を残し、ヴィット達は海岸へと向かった。リンジーに背中を押され、ヴィットはマリーの中にいた。見慣れた計器盤や内装だっが、剥き出しの配線がマリーが完全で無い事を物語る。
「マリー」
「ヴィット」
「先にいいよ」
二人が同時に相手の名前を呼び、ヴィットは先にと促した。
「ごめんなさい……出過ぎた事をして」
マリーの声は泣きそうだった。
「今回は車長だったんだ……あのままじゃ、剰員を守れなかった……まだまだ半人前さ……マリー、援護ありがとう、助かったよ」
「……ヴィット、アタシ……」
ヴィットの言葉にマリーは泣きそうな声になった。
「マリー、俺さ……背伸びしようとしてた……実力なんて無いのに……マリーに良い所見せたかった……リンジーに怒られたよ」
「ワタシだって! ヴィットの言い付け守れなかった! 我慢できなかった!」
「ごめんねマリー、酷い事言って……マリーは俺達を心配してくれたのに……まだ、俺は半人前だから、言葉の選び方さえ上手く出来ない……これからも、マリーを傷付けるかもしれないけど……これだけは信じて……この世で、マリーが一番大事なんだ」
「うわぁん~!」
ヴィットの言葉にマリーは号泣した。
『まったく、似た者同士よね』
『マリー! どうしたんかっ?!』
「……大丈夫だよ、嬉しいだけだから」
リンジーとチィコの通信に、嬉し泣きのマリーが涙声で答えた。
______________________
砂浜には噴射剤を満載したマチルダが待っていた。
「見ろ、どっちが盗賊が分かりはしない」
呆れ顔のゲルンハルトは、噴射剤以外の高級酒瓶や、宝箱? などを見て苦笑いした。
「これで奴も奪い取られる痛みや悲しみを痛感出来たじゃろう、グワッハッハ!」
「じぃちゃん、説得力ないから……」
眼鏡を光らせ豪快に笑うオットーを見て、ヴィットは苦笑いした。
「商売道具の軽巡が轟沈、コレクションの殆どがスクラップ、おまけにお宝もごっそり喪失……なんか、気の毒な気もするわね」
リンジーも流石にルティーに同情した。
「ついでじゃが、燃料庫にもバクダンを仕掛けておいた」
更に眼鏡を光らせるオットーがそう言った瞬間、遥か彼方でキノコ雲が上がり轟音が遅れて響き渡った。
「……そこまでするか?」
ヴィットの目がテンになる。
「これで、島を出るには手漕ぎのボートしかないのぅ……もっとも、島の周辺は潮の流れが超速くて渦が大量じゃ、おまけにサメとかがウジャウジャおるから、事実上完全軟禁じゃな」
「……悪魔じじぃ……」
恐ろしい事をサラッと言うオットーに、ヴィットはまた冷や汗を流した。
「舟艇にマチルダを入れろ、マリーが乗って来た奴は修理すれば動くから沖で沈める」
「放っておかないんですか?」
「せっかくジジィが、脱出手段を無くしたんだ。救いの手は残さない」
凛として言うゲルンハルトに、ヴィットはまた冷や汗を流した。
「でも、少し可哀想……こんな島に取り残されるなんて」
「大丈夫。島には水も食料も十分にあるし、自給自足出来るよ……原始時代に戻るだけだから」
心配して砲塔を下げるマリーを優しく撫ぜリンジーは普通に言うが、ヴィットはまた冷や汗を流した。
「お前ら……本当にオニだな」




