サルテンバ
平原を過ぎると森林になり、その奥に広大なストックヤードがあった。そこには古今東西の戦車が整然と並べられていた。どれも整備が行き届いており、新車の様な輝きだった。
「流石マニア……何でも揃ってるな。でもさ、実戦で使うと壊れるんじゃない?」
「大丈夫だろ。マニアは保存用と使用用の二両を持ってる」
「筋金入りのマニアなら、三両だ」
ポカンと口を開け呟くヴィットにイワンが説明し、ハンスが捕捉した。
「三両目の使い道は?」
「布教用だ」
意味の分からないヴィットが聞くと、今度はヨハンが静かに答えた。
「マチルダが見えないんだけど」
「さっきまで、おったんやけど」
気付くとオットー達の姿は無く、心配顔のリンジーとチィコだったが、ゲルンハルトは溜息交じりに言った。
「心配ない。やられる様なジジィ達じゃないさ……ジジィ達が被弾する事は、自分達から当たりに行く以外は滅多に無いんだ」
ゲルンハルトの言葉は、自分達を庇い被弾したマチルダの姿をリンジーの脳裏に蘇らせた。
「なら、じいちゃん達はどこに?」
ヴィットの脳裏でも確かに被弾の少ないマチルダが浮かび、余計に動向が気になった。
「さあな、なんせ妖怪だからな……何考えてるかなんて、普通の人間には分からんさ」
溜息を付いたゲルンハルトだったが、イワンは急に声を上げる。
「ヴィット、あのヤークトティーガーにしろよ。前面装甲250ミリ、主砲はどんな重戦車も一撃で破壊出来る128ミリだ」
イワンはヴィット達の身体を心配し、防御面と火力に最大の比重を置いた選択を勧めた。
「操縦するのは、おチビちゃんだぜ、アクセルに足が届かないだろ。それに、駆逐戦車は砲塔が無い、待ち伏せならともかく機動戦車戦は不利だ。おまけに砲弾は二分割、砲弾自身は28.3kg、薬筒11kgだぜ。誰が装填するんだ。俺なら、あれだ」
ハンスはM18駆逐戦車を指差した。最大速度80km誇る快速戦車で、主砲も76mmHVAP高速徹甲弾で強力無比だった。駆逐戦車だが砲塔もあり、約18tの軽量な車体の機動性は抜群だった。
「あれは装甲がダメだ。最大厚でも25ミリしかない、至近距離なら機銃弾でも貫通する。ここは全てが均等に高性能なパンターにしろ。G型なら操縦性や機動性も良好、装甲も厚く主砲も強力だ」
ヨハンは防御面から直ぐに否定し、全てが平均以上のパンターを推薦した。
「私はティガーⅠを推すが、重量級故に機動性と耐久性が心配な所だ」
「シュワルツティーガーと、違うん?」
「シュワルツティーガーはエンジンと足回りが特別仕様なのよ。機動性は軽戦車並み、強力は主砲と強固な装甲、それに完璧な足回りと最強エンジンの取り合わせ。まさに、最強の虎なの」
ゲルンハルトはティーガーⅠを推すが完全に勧められず、チィコの疑問に丁寧にリンジーが答えた。
「ヴィットは、どれがいいと思う?」
「……俺は、どれでもいい。リンジーに任すよ」
リンジーの問いに、少し笑ったヴィットが答える。ヴィットの中で、命を預けられる戦車はマリー以外にはなかったから。
「うちは、あれがいいな……」
チィコは片隅にあった小さな戦車を指差した。
「あれ、戦車じゃなくて、実質的には軽装甲車だぞ」
呆れ顔のイワンが、横目で九七式軽装甲車を見た。
「何であれなんだ?」
「だって、カワイイやんか……」
一応ハンスが聞くと、チィコは頬を染めながら笑顔で言った。
「リンジーどれにする?」
「少し待って、敵の戦車によって決めるから」
ゲルンハルトの問いに、リンジーは真剣な顔を向けた。敵の戦力によって対応策を決める……それが一番肝心だった。受け身の様だが、戦略としては”負けない”事を第一にした良策だった。
そして、暫くの後に出て来たルティーの戦車に全員が言葉を失った。
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「どうだ? 決まったか」
無線の声とルティーの容姿が重なる。ヴィットより、やや年上だろうか、細面だが視線の鋭い金髪の青年だった。何より、その戦車はスマートな車体に二本の砲身、細部こそ違え見た目はサルテンバと酷似していた。
「サルテンバと瓜三つや」
「二つだろ……リンジー、サルテンバって……」
真ん丸の目を更に真ん丸にしたチィコに一応つっ込んで、ヴィットはリンジーに聞いた。
「サルテンバは私達の為に、パパの友達が作ったワンオフモデル……でも、パイロットモデルがあったと聞いた事がある」
「なら、こちらの戦車はどうするんだ?」
「サルテンバは二人乗りを実現する為に、主要操作の自動化を目指した実験タイプなの……その自動化は機動性と火力に特化し、装甲も新世代の複合素材。生存性を確保する為、エンジン関係を前部に配置し、装甲の一部にしているの……二連装の主砲も、命中性と破壊力を同時に実現させる為……サルテンバを使えば、私達みたいな女の子でも、一流のタンクハンターと同等以上に戦える」
呪文の様なリンジーの言葉は、改めてサルテンバの性能をヴィットに知らしめた。
「性能的にはシュワルツティーガーでも敵わないだろうな……だが、サルテンバを知り尽くしている事は、こちらには有利だ。どんな、戦車にも必ず弱点はある……そうだろ、リンジー?」
「……サルテンバに弱点があるとすれば……それは、私達自身……機械的な弱点は皆無なの」
本音でゲルンハルトは言うが、リンジーの答えは悲観的だった。
「何だよ、それ?」
「つまり……サルテンバは、最強の戦車って事」
眉を寄せるヴィットに対し、リンジーは済まなそうに言う。
「それは、違うな。最強戦車はマリーだよ」
だが、ヴィットは俯くリンジーに笑顔を向けた。
「そうね……そうよね……決めた。あの戦車にする」
俯いていたリンジーの顔が上がった。その先には、角ばった砲塔のクロムウェル巡航戦車があった。
「なんや、カクカクでかわいくないなぁ~」
「ミーティアエンジン搭載型で最高速は60km以上だ、マーク7の様だから装甲も101ミリ、主砲も75ミリだからまずまずだな」
「何や、ミーちゃんエンジンって?」
「戦闘機用の液冷V型倒立12気筒エンジンを、戦車用に改良したやつだ」
「ふ~ん」
多分、分かってないチィコだった。
「速くて、そこそこの装甲、火力は装甲を抜くわけじゃないから十分……良い選択だ」
リンジーが初めから決めた様に即断した事に、ゲルンハルトは感心した。どんな戦車相手でも、リンジーの中では戦略は構築済みだと……それに比べ、ポカンとしているヴィットにやや不安を感じるが、ゲルンハルトは聞いてみた。
「車長は君だ。どう戦う?」
「そうですね……マリーみたいに戦いたいと思います」
「そうか……」
自信に満ちたヴィットの顔を見て、ゲルンハルトは思わず笑みを漏らした。
「早く乗れ、少しでも慣れろ」
何故が先にヨハンが乗り込み、茫然とヴィットが聞いた。
「どうして?」
「連れてけ、最高の装填手だ。三人じゃ、戦車は戦えないからな」
確かに童顔で細面のヨハンは、ヴィットから見ても幼く見えた。
「うちとリンジー、後はアンポンタン二人やね」
車内に入るとチィコが嬉しそうに言った。
「ヴィットはそうだとしても、俺は違う」
真顔のヨハンに、ヴィットは苦笑いした。
「ヴィット。サルテンバの弱点は乗員よ……そこが、唯一の勝機」
「分かった」
聞いた事の無い真剣なリンジーの声に、ヴィットも真剣に答えた。
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「通信を傍受しました。マリーは噴射剤を求め、海賊ルティーと接触する模様です」
「噴射剤?……そうか、飛べなければ戦闘力は、かなり落ちると言う事だ」
「補給が必要な噴射剤は、マリーの弱点と言えますね」
「弱点か……」
指揮官は副官の言葉に思考を巡らせた。
「ただ、今回はデータの収集が……」
「なに、後で詳細は聞き出せばいい……ルティーとか言う奴に、懇切丁寧にな」
「了解しました」
笑みを浮かべた副官は、部屋を後にした。




