交渉
『何者だ? お前達』
ルティーの声は思ったより若かかった。
「俺達はタンクハンターだ……」
『ほう、あんな旧型戦車と装甲車乗り込んで来るなんて、俺もナメられたものだ』
ヴィットの言葉を途中で遮るルティーの声には、強い怒気が混じっていた。
「俺達は、アンタに頼みがあって来た」
『頼みだと? 勝手に島に上陸して、俺の戦車を破壊してか?』
「それは……」
更に強い怒気を混じらせルティーは言い放つが、ヴィットは言い返せなかった。それも当然の事で、明らかに交渉に来たとは言えない行動だった。
「貸して」
「何だよ、今話してるんだぞ!」
仕方なさそうにリンジーは手を出すが、マイクを胸元に抱いたヴィットは拒んだ。
「貸しなさい」
腰に手を当てたリンジーが、少し強く言った。
「リンジーに任せろ。口だけは達者だ……うぐっ」
車内を覗き込んだイワンの顔面にグーパンチが炸裂し、ヴィットは仕方なさそうにマイクを差し出した。
「私達は、あなたの持つ噴射剤を頂きに来た」
『噴射剤だと?』
「ええ。壊滅したくなかったら、大人しく出しなさい」
「……リンジー……」
目をテンにしたヴィットが冷や汗を流す。完全な上から目線、と言うより開き直り? リンジーは思い切り強く出た。
『壊滅だと? たったそれだけの戦力でか?』
急にルティーの声に笑いが混じる。明らかに格下だと、見下した様に。
「エルレンの黒い悪魔。そして、グラスゴートの魔物……それが、私達」
『エルレンの黒い悪魔だと……』
ルティーの声が微かに震えた。戦車乗りで知らぬ者いないゲルンハルト達は、最初の威嚇には最適だった。
「後のは何だ?」
「おじいちゃん達の事よ、強そうな方が良いでしょ」
耳打ちするヴィットに、リンジーも小声で答える。
「……確かに、魔物だけどな」
苦笑いのゲルンハルトは、気持ち悪いくらい速く敵弾を回避するマチルダを見た。
「私達の目的は噴射剤だけ……そうね、一騎打ちでケリをつけましょう。私達が勝てば、噴射剤は頂く」
『お前達が負けたら?』
「そうね、絶世の美女を渡す」
「どこにそんな美女がいるんだ?」
真顔のヴィットがキョロキョロと車内を見回した。
「目の前にいるだろ。プロポーションも抜群、頭脳明晰で、姫の様にお淑やか……うげっっ!」
顔を摩りながらイワンが言うが、その顔面に37ミリ砲弾が減り込んだ。
「あのう、リンジー……実弾は危ないから……」
冷や汗を流すヴィットだったが、床に大の字になったイワンが、ボソっと呟いた。
「……褒めたのに……」
「ホンマ、懲りんなぁ~」
苦笑いのチィコは、倒れたイワンをツンツンとした。
「よせ、狙撃兵がいるかもしれん」
ゲルンハルトの忠告を振り切り、リンジーは、そのままハッチから体を大きく出した。
「多分、向こうは見てるから」
リンジーが微笑んだ途端、ルティーから通信が入る。
『ほう、中々のものだ……いいだろう、勝負を受けよう』
「マジか、物好きにも程が……ゲッ」
目を丸くするヴィットに、猛烈な肘打ちが入った。
「一つ、条件がある」
『何だ?』
「私達は女二人と、アンポンタンで出る。だから、そちらのコレクションから戦車を貸して欲しい」
「誰がアンポンタンだって?」
目を細めるヴィットを無視し、リンジーは更に通信を送る。
「悪魔も魔物も出さないのよ、それ位のハンデは頂かなきゃ……それとも、怖い?」
『……いいだろう……平原の奥に、ストックヤードがある。そこに来い』
「たいした、戦略家だ……」
薄笑みのゲルンハルトは、小さく呟いた。
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「コンラート、TDまだなの?」
ヴィット達が出発してから、マリーの”まだなの?”は数を増した。
「五分前にも聞いたぞ」
作業をしながら、コンラートも同じ返事をする。マリーが不安がるので、TDは超距離通信のアンテナを繋いだままにしていた。居ても立ってもいられず、マリーはミネルバに連絡した。
「ミネルバ、聞こえる?」
『何だ? 今度は、まんまるか?』
「ヴィット達だけで、噴射剤を取りに行ったの……ルティーって、どんな人?」
”まんまる”と呼ばれた事は、この際置いといてマリーは不安そうな声で言った。
『そうだな、一言で言えば”マニア”だ。欲しい物は、どんな手を使っても手に入れる……奴の嗜好の対象は”戦車”だ』
「ミネルバなら、どんな方法で噴射剤を手に入れる?」
『海賊は”悪魔”と同じだ……必ず対価を求める……それが無いなら、果し合いを申し込む事だ……海賊は挑まれれば、必ず受ける』
「果し合い……」
マリーの声が震えた。
『お前は何をしてる?』
「ワタシは修理中で……」
急に言葉を強くしたミネルバに、小さな声でマリーは答えた。
『ルティーは手強いぞ。奴は戦車乗りとしても一流だ……あの坊やも危ないな……いいか、まんまる。無理は出来なくてもするもんだ……大切なモノを失いたくないならな』
ミネルバの通信が切れると、マリーは小刻みに車体を振るわせた。
「コンラート、TD……」
「聞いてたよ……海中、海上の戦闘は無理だが、優先的に陸上戦闘の配線を修理した」
「索敵関係は大丈夫だが、火器管制系統はレーザー照準が使えない。光学照準で……」
泣きそうなマリー声に、仕方なさそうにコンラートとTDが続けて言うが、途中で遮ったマリーは大声で叫んだ!。
「直ぐに出るっ!」
「待てよ、言ったろウォータージェットは動かないんだぞ」
呆れ声のTDをスルーし、マリーは艦橋に連絡する。
「艦長さん! 舟艇を貸して下さい!」
『貸してって、操船はどうする?』
ハイデマンも呆れた声で言った。
「ワタシがします!」
『私がって……操船する戦車なんて、聞いた事が……」
「貸してあげなさい」
例によって、タチアナが薄笑みを浮かべながら言った。
「ありがとう! 艦長さん! ありがとうタチアナ! 出るよっ! コンラート! TD!」
「分かった。行って来い」
「燃料と銃弾は装填済みだ」
コンラートとTDが降りると、マリーはエレベーターに飛び乗りウェルドックに向かった。
「本当に、出来るのか?」
唖然と呟くウエルドックのクルーだったが、マリーは舟艇に乗ると器用にアームでゲートのレバーを操作した。そして、スロットルを絶妙な操作で操り、バックで船外に出た。
唖然と見送るクルー達。その操船は見事としか言いようがなく、まるでマリー自身が舟艇になったかの様に海上を疾走して行った。
「まってて、ヴィット……」
荒れる海面など関係無しに、マリーはスロットルを全開にした。




