船出
ルティーの元に噴射剤を調達に行きたいと願い出るヴィットに対し、ハイデマンは渋い表情だった。
「タチアナ様を無事に送り届けるのが、我々にの仕事だ。寄り道などすれば、計画に支障が出る」
「マリーは貴重な戦力だ。性能を十分に発揮させる事は、我々にとって有益だと思う」
腕組みしたリーデルは、ハイデマンに強い視線を向けた。
「お願いします」
ヴィットは深々と頭を下げる。
「行かせてあげなさい」
薄笑みのタチアナはヴィットを見た後、ハイデマンに向き直った。
「しかし、タチアナ様。この海域で立ち止まる事は、襲って下さいと言ってる様なモノで」
「その為に我々がいる」
それでも渋るハイデマンだっが、リーデルは凛とした言葉を向けた。
「決めるのは、あなたじゃない。私よ」
困惑するハイデマンに、タチアナは言い放った。
「……出せる舟艇は一艘だけだ。48時間で、待たずに出発する」
「ありがとうございます!」
ヴィットは大声で言うと、格納庫に向かって走り出した。
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「ワタシも行く!」
「無理だよ。今は配線を全て、やり替えてる最中だ。今度は全ての回路を二重にしている、重要箇所は三重にして信頼性を大幅に上げるんだ」
「特に耐衝撃と車内の密閉性を重点的に改良してる。今は動けないよ」
ヴィットが格納庫に来て噴射剤を取りに行くと話した途端マリーが叫び、真顔のコンラートとTDが矢継ぎ早に否定した。
「マリー、留守番頼むよ」
「嫌っ! 行くっ!」
済まなそうに言うヴィットに、マリーは泣きそうな声で叫んだ。
「マリー。心配ない、私達が付いて行く」
ゲルンハルトは穏やかに言い、イワン達も大きく頷いた。
「大丈夫よマリー。私が行って、ヴィットを監視するから」
「そうやで、ウチ等が行くんや、心配ないで」
ゲルンハルト達に続き、リンジーやチィコも嬉しそうに笑った。
「お前等……」
「一人でなんて、行ける訳ないでしょ」
目を細め呟くヴィットに、リンジーは腕組みして溜息を付いた。
「……ヴィット……」
マリーは泣きそうな声で言うが、ヴィットは優しい声で言った。
「皆が来てくれるから大丈夫だよ」
「今回は待ってるんだ。何、コンラートとTDが大至急修理してくれるさ。直り次第、後を追えばいい」
「コンラート! TD! 直ぐに出来るのっ?!」
穏やかに宥めるゲルンハルト言葉に、マリーは声を上げる。
「なんとか……」
「急ぐよ、出来るだけ」
苦笑いの二人は、作業を続けながら返事した。
「じゃ、マリー行ってくる」
「気を付けてね……何かあったら直ぐに連絡するんだよ」
「ああ。その時は頼むよ」
格納庫から、ウェルドックに向かうヴィットの背中に、マリーはまた泣きそうな声で言った。
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「出やがったな……」
唖然とイワンが呟く。ヴィット達がウェルドックに着くと、舟艇の操縦席にはオットーが当然の様にいた。
既に舟艇にはマチルダと、装輪の装甲車が積んであった。
「シュワルツティーガーもサルテンバも甲板の上だ、少々心許ないが無いよりマシか」
「装甲はマアマアだが、2ポンド砲じゃなぁ~」
ゲルンハルトは仕方なそうに呟き、イワンも大きな溜息を付いた。
「戦車も人も使いようじゃ」
しかし、オットーは平然と言った。
「確かに速度は遅い」
「徹甲弾は撃てるが、榴弾は撃てん」
「発展性もない」
ベルガーがボヤき、ポールマンが溜息を付き、キュルシナーは他人事みたいに言った。
「どこが取り柄なの?」
「それは乗ってる人じゃ」
苦笑いのヴィットに、オットーは胸を張った。
「それが、一番かもね」
微笑むリンジーの横顔は、ヴィットに言ってる様だった。
舟艇が船外に出ると、まだ収まってない嵐に木の葉の様に揺らされた。
「うち、リバースしそう……」
ほんの数分でチィコは真っ青になるが、ヴィットは平気な顔だった。
「まあ、マリーの飛行に比べたら」
「どれ程なのよ~」
リンジーも顔の半分を青く染める。ゲルンハルトは”威厳”を守る為に必死で耐え、それ以外のイワン達も、盛大にリバースするがオットーは平気な顔でスロットルを握っていた。当然、ポールマン達も、イワン達に負けず盛大にリバースを繰り返していた。
「じいちゃん、流石だね」
「ホッホッホ、初めての割には上手いじゃろ」
「へっ?」
物凄いデジャブがヴィットを襲った。その瞬間、物凄い大波が正面から迫った!。
「突っ込むのかよっ!」
「あっ!!」
ヴィットの大声に負けない位、オットーが叫んだ。
「あっ!! じゃない! 前見てなかったのかよっ!!」
当然オットーは、よそ見していて前から迫る大波に初めて気付いた。
「そこの箱からパラシュートを出すんじゃ!」
「何言ってるの!? 墜落じゃなくて、沈没だよっ!!」
涙目のヴィットが叫ぶ。
「ほれ、早よせんと海水浴じゃぞ、ゲルンハルトも手伝え」
迫る大波! だが、オットーは平然と言った。
「とにかく、パラシュートを開くぞっ! イワン! ハンス! ヨハン!」
ゲルンハルトの叫びで、イワン達が舷側に四つのパラシュートを結び、解放した! その瞬間! 強風がパラシュートをブチ殴り、舟艇は宙に浮いた!。
「うっそっ!!」
舟艇は大波を飛び越え、荒れる大海原に猛烈な勢いで着水する。ヴィット以下全員が、物凄いバウンドに涙を散らして耐えた。そのまま、強風を孕み舟艇はモーターボートみたいに荒れる海を疾走した。
「マジか……」
目をテンにするヴィット達を乗せて疾走する舟艇は海、賊の島を目指した。




