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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第三章 起源
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浮上

 マリーの中で、全てが停止した……後悔も懺悔も希望も意欲も全て。ただ、沈みゆく感覚だけが全停止したマリーの感覚だった。


「……マリー……」


「……」


 ヴィットの声が聞こえた気がした……だが、もうマリーには返事をする力は残ってなかった。だが、マリーの中で何かが叫ぶ……”アームを動かせ”と。マリーは全力でアームを動かそうとするが、回路にも異常などなくユニットも無事のはずなのにアームは動かなかった。


「……い、や……」


 言葉はマリーの喉元で空回りして深海の闇に消える。マリーの車体は、漆黒のドロドロした何かに覆い包まれた。


 最早、アームも砲塔も車輪さえ動かずに、マリーは思考さえ停止しそうになった。だが、一瞬、ヴィットの笑顔がフラッシュバックする……。その瞬間、マリーは考えた。


 砲塔と車輪をパージし、ヴィットを車外に出す。低圧バルーンタイヤには浮力がある……そうすれば、タイヤに掴まり浮上出来るかもしれない。まだ、何億分の一でもヴィットが助かる可能性があるかもしれない。このままでは、可能性はゼロ……だが、深海の水圧は一瞬でヴィットの命を奪うかも……。


 激しくせめぎ合う思考、当然それらの考えには自分自身が助かる要素など考慮にはない。ただ、ヴィットの命を守りたい……それしかなかった。


 永遠と思える時間……リミットの15分は過ぎ、最後のカウントダウン……そして、限界深度は迫り圧潰の終末がゆっくりと忍び寄った。


 音の無い暗闇に、マリーは静かに沈降して行く……そして、今度は確かに聞こえた。


「マリー……ウォーター……ジェット」


 その途切れがちな言葉は、全停止したマリーを強制再起動させた! 瞬時に全力噴射! マリーは深海から急上昇する! ヴィットは、その勢いで車内を猛烈に転げた。


 ウォータージェットが動いた事も、転げるヴィットが無言だった事も今のマリーには考えられなかった。ただ、最速で海面を目指す事……それしかなかった。マリーには分かっていた……ユニットが動いても、それは応急処置でしかなく何時止まってもおかしくない状態だったから。


 漆黒の海中が次第に明るくなる。それは、希望の光……マリーは全速で海面から飛び出した。


_________________________



 荒れ狂う海面。白波は飛沫となってリンジー達の頭の上から降り注ぐが、誰も拭う事さえ忘れ、荒れる海面を凝視していた。


 ゲルンハルトが腕時計に目をやるが、リンジーはその仕草を見なかった。見たくなかった……15分と言う時間は、時計を見なくても分かる。15分の時間は矢のように去り、その後の時間は止まった。


 白濁する思考……リンジーの耳は音を遮り、顔を叩く風雨の感覚も消え去る。そして、茫然と焦点の合わない視線で海を見ていた。


「……あれ……」


 それは群青色の海に、輝く真紅の車体だった。一番初めに見付けたイワンが、茫然と呟いた。


「マリーやっ!!」


 叫びを爆発させるチィコの声で、リンジーの呪縛は解かれた。カタパルトを発進する戦闘機みたいに駆け出すと、大空に叫んだ。


「早くっ! ロープをっ!」


 直ぐにゲルンハルト達がロープを投げるが、距離があり過ぎて届かない。しかも、嵐の風はロープを投げる事さえ困難にした。


「もっと寄せて!!」


 艦橋に怒鳴るが、リンジーの声は猛烈な風に掻き消された。


「ヴィット! 海面だよ! 助かったよ!」


 甲板に勢揃いするリンジー達を視認したマリーが叫ぶが、ヴィットの返事はなかった。


「……ヴィット……」


 震えながら呟くマリーのウォータージェットが、小さな火花と共に停止した。


「マリーがっ!!」


 リンジーの目に、荒波に飲み込まれるマリーが映った。叫ぶしか出来ない、反射的に海に飛び込もうとするが、オットーに強く腕を掴まれた。


「ダメじゃ!」


「放してっ!!」


「大丈夫じゃ、落ち着くんじゃ、リンジー」


「放してっよっ!!」


 更に叫んだリンジーの目に、巨大な黒い影が映った。それは、背中にマリーを乗せ海面に浮かび上がった。


______________________



『こちら、ヴォルクガング。これ以上の接近は接触の可能性がある。クレーンで、マリーを釣り上げてくれ』


「チィコ!!」


 ヴォルクガングの通信を受けリンジーが叫び、チィコは全速でワイヤーを巻き戻した。


「前甲板にマリーを乗せてる……この波の中で大した操艦技術だ」


「伊達に英雄と呼ばれた訳ではないからな」


 唖然と呟くゲルンハルトを見て、リーデルは薄笑みを浮かべた。全員の迅速な行動でマリーはデアクローゼの甲板に降ろされた。そこには、潜水艦の乗員やデアクローゼの乗員の全てが救助に携わっていた。


「早くっ! ヴィットの返事が無いのっ!」


 甲板に降ろされたと同時にマリーが叫び、ゲルンハルトとイワンが車内に飛び込む。


「しっかりしろ!」


 ヴィットを抱き起したゲルンハルトが叫ぶが、反応は無かった。しかも、車内には膝上まで水が溜まり、あちこちで配線がショートして火花を散らしていた。


「大丈夫だ。脈はあるし、呼吸もある」


 直ぐに脈と呼吸を確認したイワンが、大きな溜息を付いた。そして、マリーの中から助け出されたヴィットは、直ぐにガーデマンが診察した。


「気を失ってるだけだ。直ぐに医務室に……」


 ヴィットは医務室に運ばれて行くが、見送るマリーは無言で車体を震わせていた。


「……ありがとう、マリー……ヴィットを守ってくれて……」


「……うわ~ん!」


 リンジーの優しい声が、マリーを大泣きへと誘った。



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