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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第三章 起源
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見えない手

「待って……」


 先端に重りを付けたワイヤーを降ろそうとした時、リンジーが呟いた。


「早よせんなっ!」


 操縦席から身を乗り出したチィコが叫んだ。


「これ……」


 リンジーは懐から手鏡を取り出した。


「……それ、お父ちゃんの形見やで……」


 その手鏡はリンジーとチィコが大好きだった、父親からの唯一の贈り物だった。


「マリーがワイヤーを見付け易くする為の発振器やライトは、深海の水圧には耐えられないの……せめて……」


「分かった……ええよ」


 俯き加減のリンジーに、チィコは笑顔を向けた。


「いいのか?」


 ゲルンハルトが静かに聞くと、リンジーは無言で頷いた。受け取ったゲルンハルトは、慎重に先端部分に固定した。


「あらゆる地上の利器を否定する深海か……」


 呟くTDの視線の先には、綺麗な模様が施された手鏡があった。


「大丈夫じゃ……マリーはきっと見付ける……」


「……うん」


 肩を抱くオットーの声に、リンジーは消えそうな声で小さく頷いた。ワイヤーは荒れ狂う海面へと沈んで行く……皆の希望を引き上げる為に。


 やがて、サルテンバに取り付けられたドラムのワイヤーが尽きた。


「俺達が出来るのは、ここまでなのか?……」


「後は、マリーちゃん次第じゃ……おっと、少年もな」


 呟くイワンの横で、オットーは声に力を込めた。


「マリー……ヴィットを守って……」


 誰にも聞かれない様にリンジーは小さく呟いて、震える手を合わせた。


_________________________



 海底では揺れが激しくなっていた。酸素が切れる前に、海山自体が崩れる可能性もあった。だが、マリーは全身全霊でワイヤーを探していた。


 リンジーが危惧した通り、海底火山が噴出する重金属がマリーのセンサーを妨害する。


「レーダーもソナーもダメ、後は視覚センサーが頼り……」


 呟いたマリーはライトを点けると、視覚センサーに神経を集中した。しかし、噴出物で濁る海中は、ライトの光が拡散せずに一本の光の筋にしかならなかった。


 赤外線に切り替えても、結果は同じでマリーに焦りの色が出た。時間の経過と比例する様に、マリーは冷静さを失いかけていた。


「砲塔のレーザーFCSを使おうよ、全周索敵が出来るだろ……」


 ヴィットの力ない声だったがマリーは、はっとした。ワイヤーを掴む為に見るんじゃない、攻撃目標として探知すればいいのだ。こんな、簡単な事さえ今のマリーは忘れていたが、ヴィットの言葉で正気に戻った。


 砲塔を回転させれば水圧にセラミックパッキンが負けて漏水する恐れもあるが、そんな事は言っていられない。マリーは直ぐにレーザーFCSを作動し、砲塔を回転させた。


 だが、如何にレーザーでもワイヤーの様な細い物体を補足するのは困難で、しかも海中を浮遊する重金属がレーザーの精度を落とした。


 その間にも時間はタイムリミットに向かい、なだらかな坂を転がり落ちる。途中何度がヴィットを呼んでみたが、段々に返事が遅れ出す。それは、ヴィットの終わりを予告していた。


 それでも、マリーは諦めない。砲塔を回転させながら、センサーを上下にも細かく動かす。ほんの少しでもFCSの精度を上げる為に。


「まさか……」


 そして、事態は更に悪化した。水圧に負けたパッキンから漏水が始まったのだ……マリーの”血”が凍った。


________________________



「ふぇ~目が覚めた!」


 停止しかけたマリーの気力を、ヴィットの声が引き戻す。


「ごめんなさい!」


 思わずマリーが叫ぶが、ヴィットは笑いながら言った。


「どうせなら、普通の水がよかったなぁ~少し飲んだけど、マジでしょっぱい」


「……ヴィット……」


 ヴィットの元気な声はマリーの勇気と元気の源。マリーは直ぐに索敵に戻る、だがそのヴィットの明るい声は、正に最後の力を振り絞っての事だった。


「マリー、モニターに光が見えた……10時の方向だ……」


 ヴィットは声に元気を付けて気力を振り絞る……マリーの為に。


「本当!」


 直ぐにレーザーを向けると、強力な反射があった。


「これ……」


 それは、あまりにも強力でマリーは一瞬混乱する……しかし、マリーの脳裏にリンジーの声がした。


(マリー……大丈夫だよ……)


 直ぐに視覚センサーに切り替えると、そこには光を乱反射させた物体が映る。


「鏡……」


 マリーの脳裏に、嬉しそうに手鏡を見せてくれたリンジーとチィコが投影された。


(これ、パパの形見なんだ……)


(そうやで、でもなぁ~まさか、お父ちゃん双子とは思わんかったんで一つしか買わんかったんやで……)


「ヴィット、見付けた! 距離右前方、約50m!」


 だが、ヴィットからの返事は無い。マリーは選択を迫られる……今すぐに飛び付くか? 後十数秒待って、更に近付くのを待つか?。


 位置は掴んだ。だが、秒毎に変わるワイヤーとの距離……マリーが時間を確認すると、リミットの15分は、数秒過ぎていた。


 迷ってる暇はない。マリーは海山の山頂でギリギリまで後退し、一気に全力加速した!


_________________________



 アームで海中を掻く! 物凄い勢いで掻く! 段々と近付くワイヤーの先にはリンジーやチィコ、ゲルンハルト達や、オットー達、TDやコンラートが浮かんだ。そして、皆は笑顔で手を差し伸べる……そして、マリーのアームがワイヤーに届く寸前……。


 マリーは暗い海底から伸ばされた、黒い何かに車体を掴まれた。


「えっ……」


 掴もうとしたアームをワイヤーが避けた……マリーは瞬間的に海中で停止するが、そのまま静かに沈んで行った……。



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