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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第一章 始動
8/172

休息

 戦力は三分の二になっていたが、危険地帯を抜ける為に修理は応急であり、行軍は直ぐに始まる。


『夕方にはポルトの町に着くよ。今度こそ、一休みだね』


 無線からのリンジーの声は、安堵に包まれていた。


「そこで、補給出来るかな?」


 少し心配声のマリー。


『大丈夫、あそこなら何でも揃うよ。それに、デア・ケーニッヒスが大盤振る舞いしてくれるんだって』


『ホンマ、うちお腹ペコペコやねん』


 リンジーの言葉にチィコは目を輝かす。


「マリー、何ともないか?」


 ヴィットはマリーの事が心配だった。さっき降りた時、マリーの装甲には無数の弾痕が残ってたから。


「平気だよ」


 明るい声だが、ヴィットの胸は痛んだ。弾痕が傷に見えた、付着したオイルや泥が血に見えた。そして、無傷な自分……ヴィットの胸はとても痛かった。


 夕方のポルトの町は賑わっていた、町外れの広大な広場にはデア・ケーニッヒスを中心に戦車達が集結し、本格的修理の轟音が響いていた。


 ヴィットは燃料やロケット榴弾や発煙弾、機関銃弾やロケット噴射剤などマリーの補給に走り回った。


「ヴィット、少しは休みなよ」


 心配したマリーは、忙しく動き回るヴィットの背中に呟く。


「全部タダなんだ。デア・ケーニッヒスが全部払ってくれる」


 振り向いたヴィットの笑顔はマリーに伝わった。


「ワタシの事ばかりじゃなくて、ヴィットも何か食べてきなよ」


 マリーは、またヴィットの事を心配する。


「まだロケット噴射剤が手に入らないんだ、頼んで来たけど夜遅くになりそうなんだよ」


 笑顔のままのヴィットは、頭の中がマリーの補給で一杯だった。


「ヴィット……ありがと」


 手を休めないヴィットに、マリーの優しい声が被さる。


「それは、こっちのセリフ。マリーがいなかったら、俺もチィコ達も生きてなかったよ」


「ワタシ……」


 手を止めたヴィットがまたニッコリ微笑み、マリーの言葉は夕暮の空に紛れた。ヴィットは働くのを止めなかった。砲弾や銃弾の補給が終わると、マリーを洗い始める。


 整備しようにも半人前のヴィットには、まだまだ無理だし、マリーが自己診断機能で大丈夫って言うし。バケツでよく洗剤を泡立て、丁寧に手洗いを始める。


「いいよ、ヴィット。先にご飯食べてよ」


「洗いたいんだ」


 ヴィットは一生懸命に洗う。そして、思い出すのは戦闘中の口喧嘩。なんだか嬉しくて自然と笑顔になった。でも途中で気付く、弾痕に見えていた跡は単なる汚れで、マリーの車体は洗えば新品の輝きだった。


「マリー……弾痕が、無い」


 驚いたヴィットが呟く、戦艦の対空砲や機関砲は大口径で重戦車の装甲でも無事なはずは無い。確かに被弾音も聞いたし、衝撃も感じた。


「ワタシの玉の肌はハイパーセラミックだし、試作品だけど電磁装甲も装備してるのよ。あんな砲撃じゃ、掠り傷も付かないよ」


「そう、なんだ……」


 言葉では納得したが電磁装甲の意味なんて分からないし、いくらハイパーセラミックだって至近距離なら無傷のはずはない。ヴィットには、少し胸に支えるものがあった。


「ヴィット、ご飯持って来たで」

 

 振り向くと、チィコが沢山の食べ物を持ってやって来た。頭の上には鳥の丸焼きを乗せて、満面の笑顔と一緒に。


「お前達、整備はどうしたんだよ?」


 ヴィットが唖然と呟く。


「女の子は得なんや」


 ヴィットの脳裏に、ニヤニヤしながら整備させられる哀れな男たちが浮遊する。


「お前らぁ! マリーも整備させてくれよぉ!」

 

 遠くの方で、屈強な男達に無理やり整備させられてるTDが怒鳴る。


「わたしが作るね」


 そんなのは完全に無視し、後から来たリンジーが食事の準備を始める。


「これは、うちとリンジーからや」


 チィコは、包みからゴソゴソとウサギのぬいぐるみを出した。


「何だ、これ?」


 ヴィットは唖然として受け取る。


「あんたやない、マリーにや」


「可愛い、ありがと。チィコ、リンジー」


 マリーは嬉しそうな声で礼を言う。


「マリーにぬいぐるみ?」


 ヴィットは呆れた様に呟く。


「マリーかて女の子や、コクピットに飾ってや」


 チィコはヴィットからぬいぐるみを取り、マリーの前に笑顔で立つ。”女の子”って言葉が、ヴィットの頭の中で複雑に揺れた。


「うん、そうする」


 マリーは嬉しそうに砲身を上下させた。


_________________


 

 食事の後、焚き火を囲むヴィット達の所へ整備を終えたゲルンハルト達がやって来た。


「ロケット噴射剤、出前に来たよ」


 手押し車を押してイワンが笑う。


「ありがとう」


 受け取ったヴィットは、すぐ傍のマリーに補給を始める。ダメだと言ってもチィコは付いて行く。噴射剤はどんどんタンクに入り、ヴィットは少し首を傾げた。


「マリー、メチャメチャ入るぞ」


「最初は少ししか充填してなかったの、危険物だしね」


「今度はいいのかよ?」


「そんな事言ってられないみたいだし」


 マリーの声は笑っていたが、ヴィットはほんの少し不安に駆られた。


「案外、大食いなんやなぁ」


 ペタッと座って見ているチィコの言葉に、ヴィットは苦笑いした。


「なぁ~、マリーの構造解析させてくれないかなぁ?」


「へっ?」


 裏返った様なふいの言葉にヴィットが振り向くと、TDが真っ赤な顔でモジモジしながらマリーを見ていた。


「よかったら点検してあげよう、なぁにタダでいいよ」


「別にいいよ」


 TDの猫撫で声に、ヴィットは不愛想に答えた。知らない奴にマリーを触られるのは、絶対嫌だった。


「そんな事言わず、少しでいいから見せてくれ」


 泣きそうな顔で懇願するTDに、ヴィットの不信感は更に上がった。


「何なんだアンタ?」


「私はかの有名なタンクドクターTDだ、君も知ってるだろう?」


 TDの指差す指す先にはボロボロの装甲車があり、色々な部品が天井からはみ出ていて側面には赤十字のマークがあり、その下にはTD戦車修理と大きく書かれたいた。


「ふぅ~ん……変なの」


 ヴィットのどうでもいい様な返事に、TDは前のめりにコケた。


「結構有名だぜ、見てくれは悪いが腕は確かだ」


「そうだろ、さっ見せてくれ」


 薄笑みで腕組みしたイワンの言葉にTDはマリーに近付く、満面の笑みと変な揉み手の動きをしながら。


「あの顔はどう見ても変態や、関わらん方がええのとちゃう?」


「そうだな」


「聞こえてる、誰が変態だ」


 チィコがヴィットに耳打ちし、TDがそれを睨んだ。


「ワタシは何ともないよ、またねTD」


「そんなぁ~」


 TDは泣きそうな顔になるが、マリーの声には警戒感や猜疑心は感じられず、ヴィットは首を傾げた。だが、誰にでも優しくて思い遣りのあるマリーが、とても誇らしく感じた。


_______________



「リンジー、どう思う?」


 腰を降ろしたゲルンハルトが炎を見つめ呟いた。


「どうって?」

 

 膝を抱えたリンジーは、枝でそっと炎を突いた。


「敵の戦力」


 炎を見つめたままゲルンハルトは呟く。


「そうね、コソ泥にしてはお金持ちね」


 冗談の様におどけた口調のリンジーだったが、本音は違っていた。


「識別マークもなく、よその国の軍でもなさそうだ。バンスハルの警護と言う話だが、行く手を攻撃され、敵の正体も知らされて無い」


 ゲルンハルトは、リンジーのジョークには突っ込まずに少し神妙に話す。


「スワロフス級の巡洋戦艦に、シェトルモビク襲撃機。どちらも最新型じゃないがバリバリの現役だ」


 立ったまま、腕組みしたヨハンは呟く。


「敵戦車もコチラとは違い、機種が揃ってたな」


 ハンスも敵戦力を思い出し、頭を掻いた。


「リンジーの言う通り、ちょとやそっと借金しても買えないな」


 傍でチャチャを入れるイワンがニヤリと笑う。


「チンピラじゃないって事は確かね」


 イワンに振り返りリンジーは笑ったが、少し震える手は押えても止まらなかった。


「そうだな。それともう一つ、デア・ケーニッヒスどう思う?」


微笑んで目を伏せたゲルンハルトは、またリンジーに質問した。


「なんか素人みたいね、攻撃。それに回避運動も超スロー」


 大きな溜息と一緒にリンジーは呟く。


「その割りには被弾もしない」


 リンジーの瞳を優しく見たゲルンハルトは少し笑う。


「と、言う事は敵が故意に狙わない、のかな?」


 笑い返すリンジー。


「見解は?」


「大切なモノでも乗ってるのかしら」


 ゲルンハルトの言葉にリンジーは直ぐに答える。


「その見方が妥当だな」

 

 少し俯くゲルンハルトは笑みを漏らす。


「軍が護衛しない、直接攻撃を受けない……検討は付くけど」


 考える素振りで、リンジーは首を傾げた。


「何だと思う?」


「うーん、私なら金目の物。例えば秘密の財宝とか」


 夢見るようにリンジーは答えた。


「いい子だ……」


 ゲルンハルトは目を細めた。


「何よ、子供扱いして」

 

 フクレ顔のリンジーにゲルンハルトは少し笑った。


「敵は明らかに何かを狙ってる……デア・ケーニッヒスもおかしい」


 炎を見つめたハンスは、その反射した色に身体を赤く染めた。


「誰も降りて来ないぜ、デア・ケーニッヒスから。無線での応答では指示もあるが、誰も乗員を見ていない。まさか無人なんて無いよな」


 焚き火で肉を焙りながらイワンが笑う。


「デア・ケーニッヒス……答えはあそこにある」


 リンジーは風に煽られた火の粉が、デア・ケーニッヒスの方に飛んで行くのをぼんやりと眺めながら呟く。


「マリーがいなかったら全滅だったな……」


 急にらしくないヨハンの真面目な言葉、皆の言葉は焚き火に紛れた。


「どうしたんや? 皆して辛気臭い」


 作業を終えたチィコとヴィットが、焚き火の側に戻った。


「考えてたの、敵の正体」


 見上げたリンジーが少し低い声で二人に呟く。


「そんなもん、悪者に決まってるやんか」


 無邪気に笑うチィコが腰に手を当てる。ヴィットには少し違う思惑が、胸の奥で湧き出していた。


「どうでもいいさ……」


 違う言葉を言おうとしたのに、口からはそんな言葉が出る。リンジーはヴィットの横顔を、自分でも分からない不思議な気持ちで見詰めていた。


「マリー、どう思う?」


 振り向いたゲルンハルトはマリーに視線を送る、ヴィットもマリーに振り返る。それまで黙って聞いていたマリーはそっと口を開く。


「分からない……でも、行ってみるしか無さそうね、バンスハルに」


 優しくて穏やかなマリーの声は、皆のココロを暖かく包み込んだ。


「おじいちゃん達にも意見聞いてみる?」


 リンジーの言葉に苦笑いしたゲルンハルトが、マチルダの方向に視線を向ける。


「止めとこう、話しがややこしくなりそうだ。それに……」


 ゲルンハルトの視線の先、マチルダのハッチからは煙が立ち上っていた。


「何?……あれ」


 リンジーが呆然と見詰める。


「寒いんで焚き火してんのさ、戦車の中でな。近付くなよ、そのうち爆発するから」


 呆れた様に首を振るイワンが大きな溜息を付く。


「中でしたらヌクそうやね」


「そうだな」


 嬉しそうなチィコにヴィットは同類だと苦笑いし、皆の輪に入れずTDは物陰から恨めしそうにマリーを見詰めていた。


_________________

 


 デア・ケーニッヒスの艦橋ではクルー達が喜び合っていた。小躍りしたり、互いに抱き合ったり歓声に包まれていた。


「当たりましたよ」


 砲手の一人が笑顔でミューラーに握手を求める。


「そうですね、この調子でお願いします。まだ戦闘はこれからですから」


「はい、研究以外でこれだけ興奮したのは初めてです」


 高揚した他のクルー達がミューラーを囲む。


「気を引き締めましょう、バンスハルまでもう少しですから」


 周囲に笑みを振りまいてミューラーは笑い、ガランダルの方へ近づく。


「思った以上の性能だ」


 ガランダルは、キャプテンシートに深く座って呟いた。


「あんな対空戦闘、見た事ありません」


 傍に来たミューラーは首を捻る。


「何故だか分かるかね?」


「いえ……」


 ガランダルの問いに、ミューラーはまた首を傾げる。


「創造と柔軟性だよ」

 

 ガランダルは遠くのマリーの車体を見つめる。暗闇の中、その赤い迷彩はガランダルの視界の挟間で霞んでいた。


_________________

 


 ここの場所での野営が決まった。深夜、皆眠ってるはずなのにヴィットは野営地から離れた丘に一人で座っていた。月明かりでほんのり明るい丘の向こうに、ポルトの街並がほんの少しの街灯で存在を示している。


「元気無いよ……」


 後ろから声を掛けたリンジーが、そっと隣に座る。


「寝なくていいのか?」

 

 遠くを見詰めたままヴィットは呟いた。


「何だか眠れなくて。それより、ヴィットこそマリーが心配するよ」


 膝に顔を埋めたリンジーが呟く。


「大丈夫、散歩だって言ってあるから」


 ヴィットは両腕を頭の上で組むと、仰向けなった。


「あそこ」


 リンジーが遠くの赤い光に目を凝らす。


「えっ?」

 

 起き上がったヴィットも目を凝らすと、一瞬赤い光が見えた気がした。


「テールランプみたいだったけど……」


「錯覚さ」


 大きく息を吐いたヴィットは、また寝転んだ。


「マリーの事……」


 リンジーは小さな声で言葉を濁し、同じ様に横になる。


「何だ?」


 星空を見詰め、目を閉じたヴィットは呟く。


「機械だって思えないね」


 リンジーの声はとても穏やかだった。


「ああ」


 ヴィットの中で思ってた疑問と、リンジーの言葉がリンクする。


「あのね……ヴィット、変わったね」


「どこがだよ?」


 少し照れた様なリンジーの声に、ぶっきらぼうにヴィットが言う。


「何となく」


 穏やかなリンジーの声、余韻が夜空の彼方まで届いた。


「何か……悩んでる?」


 遠く風が静かに音をたてる。リンジーの言葉は、ヴィットの隠していたココロの真ん中に命中した。簡単に当てられると何だか気分が楽になった。


「……頑張ってるつもりでも……ココロが前に進まない」


 正直な言葉はそっとリンジーに届いた。


「そんな時もあるよ」


 膝を抱えたままリンジーが呟く。


「そうかな」


 ヴィットは目を閉じた。


「自律思考戦闘システムって、何なのかな?」


 自問しているみたいな言い方、リンジーはそっと話題を変えた。


「お前の方が詳しいだろ」


 向き直って、腕枕のヴィットはリンジーの横顔を見る。


「私も専門的な事はよく知らない、単なるプログラムのはずなんだけど……それも汎用じゃなくて、戦闘に特化した。全てに自律思考するなんて不可能……だと思う。それにね、戦闘システムに感情は必要ないもん……でも、感情はプログラムの定義として組み込む事は出来るかもしれないけど……そっか、学習機能を強化すれば……ううん、限られた容量の中ではやっぱり限界があるよね」


 リンジーは自分でも混乱している考えが、余計に絡んで晦渋に近い言葉を並べる。


「分かる様に言えよ」


 リンジーの独り言みたいな説明に、チンプンカンプンのヴィットは苦笑いした。


「だからぁ、一言で言えばね、マリーは人間みたいなの。喧嘩してたでしょ、機械は喧嘩なんてし、怒らないし、泣かない……そして、笑わないよ」


 ”人間みたい”その言葉はヴィットの胸に突き刺ささり、次の言葉を失わせた。同時にチィコの”女の子なんやで”っ言葉が輪唱みたいに響く。


「私ね……」


 リンジーはヴィットの横顔に何か言おうとしたが、その瞳が自分とは違うモノを見てるのに気が付き、後の言葉を夜の星空にそっと投げた。


_________________



 真夜中、ヴィットはまだ眠れないでいた。そして頭の中では戦いが走馬灯みたいに繰り返していた。そこにある疑問と後悔にも似た感覚。


 自分はマリーにとって何なのか、自分にとってのマリーなら今すぐにでも叫べるのに。


「マリー……」


 ふいにマリーの声が聞きたくなったヴィットは、小さな声を出した。


「…………」

 

 返事がない。


「マリー……」


 もう一度呼ぶ。


「なぁにぃ……」


 寝ぼけた様なマリーの声。


「寝てた?」


「……うん……どうしたの……」


 まだマリーの声は、眠りに横たわっているみたいだった。


「何でもない、おやすみ」


「おやすみなさぁい」


 ヴィットは今、目前のマリーを想像出来た……それは……。

 


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