対潜戦闘
「中々やるじゃない」
マリーの補給中に、薄笑みのタチアナが声を掛けた。
「そりゃ、どうも」
無向きもせずに、ヴィットは背中で返事した。暫くの間を空け、タチアナが言った言葉はヴィットの作業を停止させた。
「あなたもね、マリー」
「ありがとう、タチアナ」
マリーにもタチアナは薄笑みを見せた。横目で見ていたヴィットは、その微笑みに優しさの様な感じを受けて思わず笑みを浮かべる。
「所で、ヴィット……あなたの、お母さんはどんな人だった?」
「えっ?」
あまりにも突然で、ヴィットは固まってしまった。そして、暫く忘れていた母親の笑顔が鮮明に蘇った。
「聞きたいの」
タチアナは真剣な目でヴィットを見た。小さく溜息を付くと、ヴィットは静かに話し出した。
「……いつも笑ってた……野に咲く、花の様な人だった」
「……そうなんだ」
タチアナは静かに瞳を伏せた。そして、ヴィットが何か言おうとした時、警報が鳴った。結局、平穏でいられたのは24時間なかった。
「対潜戦闘! 用意!」
スピカーが怒鳴り、クルー達は一斉に動き出した。多くの銃座は海面に向け配置に付いて、魚雷攻撃に備えていた。
「魚雷を撃つのか?」
「その様だ」
イワンは唖然と呟き、ゲルンハルトも溜息交じりに返事した。
「アンタ達も魚雷を狙撃してくれ」
「えっ、まあ一応は撃ってみるけどな」
クルーは普通に言って、イワンは苦笑いで答える。
「当たるのか?」
砲弾を装填しながら、ヨハンも普通に言った。
「さあな、撃った事なんて無いからな」
「飛行機に当てられるんだから、大丈夫だろ?」
照準器を覗き込んだイワンはが他人事みたいに言うと、ゲルンハルトはニヤリと笑った。
「全く、ウチの車長は簡単に言ってくれるぜ」
照準を覗いたまま、イワンは口元を綻ばせた。
「潜水艦?」
「二隻が高速で接近中だよ」
驚くヴィットに、マリーは平然と答えた。
「流石に無理でしょ?」
「失礼ね、泳ぎより潜る方が得意なのよ」
「そっか、泳ぎは遅かったもんね」
「ブー」
拗ねた様に、マリーは砲塔を回転させた。
「でもさ、海中で有効な武装なんてあるの?」
「えへ、TDに頼んでおいたよ」
「何だよ?」
「見てのお楽しみ」
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飛行甲板に出ると、リーデルの機が発艦する所だった。後席のガーデマンが手を振り発艦して行く。
「さて、まだ訓練の最中だろうから俺達も出るぞ。水中なら噴射剤は使わなくて済みそうだからね」
「オッケ、もう直ぐTDが来るから」
甲板に待機するマリーの元に、大汗のTDがやって来た。
「全く、無茶な注文ばっかして」
「ありがとうTD。流石天才タンクドクターね」
「まあ、それ程でもあるけどさ。いいかいマリー、発射はこのボタンを押すだけ、これは言わば音の魚雷だ。水中の音は空気中と比べて、弱まりにくく、遠くまで伝わるという性質がるんだ。潜水艦にとって、音が一番の索敵要素だからね、これを炸裂させて潜水艦の耳を塞ぐんだ」
TDは短めの魚雷を二本用意して、鼻高々に説明した。
「魚雷って、何処に発射管があるの?」
「そんなの無いよ、持つの」
ポカンとするヴィットに、マリーはアームを出して掴んだ。その恰好が何だか可笑しくて、ヴィットは笑いを堪えるのに苦労した。
「なるほどね。でも、耳を塞ぐだけ?」
「いいえ、イワンがワイヤーを用意してくれてるの」
「ワイヤー? 何に使うの?」
「後のお楽しみ」
話は弾むが、傍で見ていたリンジーは胸騒ぎに包まれていた。初めての対潜戦闘と言う事もあったが、胸が痛い様な苦しい様な感じは、ヴィットがハッチに消えてから尚更大きくなった。
「ヴィット! マリー気を付けるのよ!」
サルテンバに走ったリンジーは、無線機を掴むと大声で怒鳴った。
「どないしたん? リンジー」
あまりの大声に、チィコが大きな目を見開いた。
『何だよ? 鼓膜が破れるだろ』
苦笑いのヴィットが返信するが、リンジーの声は更に大きくなった。
「相手は潜水艦だよ! マリーの電磁装甲は水中では効果が半減するのよ! 大型魚雷に直撃されたら、セラミック装甲も……」
怒鳴り声は、途中で涙声に変わった。
『大丈夫だよリンジー……必ずヴィットを守るから』
だが、そこにマリーの優しい声。リンジーは小さく頷く事しか出来なかった。
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艦橋で、マリーの発艦? と言うより飛び込みを見ていたタチアナは、ハイデマンにポツリと聞いた。
「戦車で潜水艦と戦えるの?」
「普通は無理ですよね。大体、戦車は陸上兵器、海中兵器の潜水艦と戦う事自体が常識では考えれれません……ですが……何故か期待させてくれますよね、マリーと言う戦車は」
腕組みしたハイデマンは、真剣に答えた。
「それじゃあヴィットは?」
「ヴィット? ああ、あのマリーの操縦者ですか……多分彼もそうです、期待させてくれる何かを持ってると思います」
「……そう」
「気になりますか? 彼の事」
「……まあね」
笑みを浮かべたハイデマンの問いに、タチアナは真剣な顔で答えた。
「艦長、主計班より報告です」
「何だ?」
通信員が、ふいにハイデマンに報告した。
「食料庫より、高級缶詰と酒類が無くなったそうです」
「……あの爺さん達か……で、捕まえたか?」
「それが、手隙のクルー総出で捜索してますが、今だ位置さえ確認出来ません」
「……全く、ステルス爺さんだな」
呆れ顔のハイデマンは、ポツリと呟いた。




