更なる試練
「姉さん、気にしちゃダメですぜ。ここは、お父上の墓なんです。俺達は、姉さんの命令に従いますよ」
「俺達はいつでも姉さんの味方ですから!」
手下の一人が少し真剣な顔で、浮かない表情のミネルバ言った。その横からも、興奮気味の手下が唾を飛ばして叫ぶ。
「そうだ! 俺達はどこまでも姉さんに付いて行くぜ!」
他からも声が上がり、その場の全員が声を上げた。
リンジー達を見送った後のミネルバは、考え事をするみたいに黙り込んでいたが、手下達の言葉はミネルバの背中を押す。
「お前達……いいか、気を抜くな! ここは死守するんだ」
顔を上げたミネルバは、ふと溜息を付くと大きな声で言った。手下達は、その声に答え一斉に雄叫びを上げた。
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「やっぱり動きが速い! あの図体からすれば驚異的だな」
「そうね。タイヤを狙いたいけど、射程外では簡単に避けられるし、射程内に入れば攻撃が半端じゃないよ」
戦場に姿を現したケルベロスに、ヴィットとマリーは距離を保ったまま思案していたが、糸口さえ掴めなかった。
「地雷原に誘い込みたいけど、乗って来るかな?」
「どうかしら……」
マリーの返事に元気が感じられないが、ヴィットは笑顔を向ける。幸いケルベロスは距離を保ったまま、様子を窺う様に動きを止めていた。ココロの中では、その行動が引っ掛かるが、敢えてヴィットは考えない様にした。
「でも、やるしかないよね」
「ヴィット……」
更に沈むマリーの声だったが、ヴィットは平然とした態度を装う。
「どうしたんだよ?」
「敵機が接近中なの……この速度は多分、襲撃機」
声を落とす原因はタンクキラーの襲撃機の来襲だった。このタイミングで戦車にとって最大の敵である襲撃機の来襲は、ヴィット達にとっては最悪の状況だった。
「そうか……それなら、先に襲撃機の来襲を迎え撃つしかないね」
「確かに可変戦車より、味方の戦車には脅威ね」
どちらを先に攻撃するか? 当然味方戦車にとって、驚異の大きい襲撃機への攻撃をヴィットは選択し、マリーも同意した。
だが、飛行戦闘は噴射剤の消耗に繋がり、可変戦車相手の切り札とも言えるサイドキックシステムの仕様に支障が出る事は明らかだった。
『ヴィット! 聞こえるか? 敵、可変戦車の情報を掴んだ』
沈滞した状況で、TDの明るい声はヴィットとマリーの清涼剤になった。
「どんな情報?」
身を乗り出したヴィットが聞いた。
『名称はケルベロス。試作型だけど多分、量産はされないと思う』
「どうして?」
『撃破された場合の汚染状況が、想定を上回るらしい。それじゃあ、幾ら敵を殲滅して土地を手に入れても役には立たないからね』
「と、言う事は?」
マリーも声を弾ませた。
『弱点はあるんだ。主砲の上部にメンテ用のハッチがある、そこは唯一装甲が弱いらしい』
「そうか、ケンタウロスと同じ様なもんだな」
ヴィットの中では戦い方の方向は見えたが、ケンタウロスとの激戦は苦くて苦しい思い出だった。背筋には冷たいモノが走るが、ヴィットは拳を握ると自分を奮い立たせた。
マリーはヴィットの事が心配で車体が震えるが、もう二度と危ない目には合わせないと決意を新たにする。当然、ヴィットには気付かれない様に……。
『でも、近付くのは簡単じゃない。両手の機関砲は37ミリ、戦車の上部構造なんて簡単に貫通する。しかも片腕に四丁、計八丁の超重武装……それと、真意は定かじゃないけど、自立思考戦闘システム……積んでるらしい』
TDの最後の言葉がヴィットの胸に刺さるが、敢えて気付かないフリをする。
「そうだ、襲撃機が迫ってる。俺とマリーは先に襲撃機を迎撃するから、皆は艤装網などで身を隠してと伝えて」
『参ったな……でも、こっちもヴィットにプレゼントがあるんだ。シートのヘッドレスト横のレバーを引いてみて』
ヴィットは言われた通り、レバーを引くとモーターの音と共に横から袋? みたいなものが出て来て顔の前で止まる。
「何? これ?」
『飛行状態で乗員の負担を軽くする装置だ。名づけて”ゲロゲーロ袋”だ。回転で吐きそうになったら使ってくれ。そうすれば、マリーの室内を汚す事には……』
「もういい……」
呆れたヴィットが呟き、マリーも大きな溜息を付いた。
「変なモノ付けないでよ」
だが、TDとの会話でヴィットもマリーもココロが軽くなった気がした。
「マリー行こう。出来る事から、がんばろう」
「そうだね」
マリーはレーダーに映る敵機の位置を確認して、元気よく返事した。
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「アンタレス、先に襲撃機に向かう様です」
「それがセオリーだろうな。ケルベロスも脅威だろうが、襲撃機の方が敵戦車にとって厄介だろう」
副官の報告に、指揮官は小さく頷いた。
「ケルベロスは、航空戦闘を行うアンタレスを空中で攻撃する模様です。腕の機関砲の照準を対空戦闘に切り替えました」
「味方を囮にして、攻撃するのか……たいした戦闘システムだな」
更なる副官の報告に、少し苛立った様な仕草で髭を触る指揮官だった。そんな指揮官の態度は、副官を驚かせる。自分の知ってる指揮官とは、何故が違う感覚がしたからだった。
「味方車両への指示はどうします?」
「そうだな……味方車両は後方で待機」
「それで、いいんですか?」
副官は首を傾げながら聞いた。予想では、この戦線はケルベロスに任せ、側面から町を迂回し鉱山に侵攻すると思っていたからだった。
「取り敢えずはな……それより、襲撃に連絡しろ。アンタレスが行くと」
「了解」
確かに今、一番危ないのは襲撃機だった。




