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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第二章 進化
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理想と現実

『各車、穴を出たら攻撃しつつ後退! マリーが後方から来てる、間違えて撃つなよ!』


 全車に一斉に通信を送ったゲルンハルトは、素早く敵の残存を確認した。


『モス、三時より敵だ横腹を狙われてるぞ、回り込め。クルト、九時の敵をやれ! ナッツ、後退しろ囲まれるぞ! ニム、深追いするな、その先に待ち伏せだ!』


 ゲルンハルトは次々に的確な指示を出す。敵の残存は三十を切った、このまま押し切る事も考えたが、頭の隅は黒い巨人が見え隠れする。


「しかし、他の奴まで真似しやがる」


 イワンは他の戦車も、履帯や転輪を攻撃する事に笑みを漏らした。


「そうだな車両を乗り換えて、敵はまた来るのにな」


 ハンスも笑いながら言う。


「相手は容赦しない。一つ間違えば、墓穴だぜ……」


 言葉とは裏腹に、ヨハンも嬉しそうだった。


「少し前までは何とも思わない自分がいた……撃破した戦車の中で、人が一緒に燃えている事を……」


 沈む言葉でゲルンハルトは過去を思い出した。


「でもさ……分かり切っていても、マリーは死者を出さない。それは、戦いを否定してるんだろうか? 俺達に、罪の深さを教えようとしてるんだろうか?」


 独り言みたいに呟くヨハンは、自分の汚れた手を見た。


「マリーが絶対正しいとは限らない。見逃した敵が戻って来て、大切な人を奪う場合もある。時と場合によるさ……でもさ、俺達もやりたいよな、マリーの様に」


 ハンスもハンドルを握る手を見詰めて声を落とす。


「俺は分かった気がする……自分次第なんだと。今まで通りに戦うか、マリーの様に戦うか……選べるなら、俺は迷わずマリーの戦いを選びたい」


 照準眼鏡から顔を上げたイワンは、力強い口調で言った。ヨハンもハンスも顔を上げると同じ様に頷いた。


「……俺もだ」


 ゲルンハルトも俯いた顔を上げる、その先には赤い戦車が平原を疾走していた。


________________________



「リンジー見てや、皆マリーみたいに戦ってるで!」


 嬉しそうな顔のチィコは、操縦席からリンジーを見上げた。


「そうだね……」


 言葉に出さなくても、マリーの気持ちは皆に伝わっていた。それが嬉しくて、リンジーはチィコに気付かれない様に涙を拭った。


 バンスハルでの戦いでも、マリーは敵に死傷者を出さずに戦い抜いた。その意味をどれだけの人が気付いただろう、リンジーは胸が一杯になる。


 もしも、全ての人がマリーの気持ちに気付き、実践したなら……きっと、世界は変わる。リンジーは、遠くに霞む赤い戦車に希望を光を確かに見た気がした。


___________________



 戦いが膠着し始める。次第に散発的な戦闘となり、敵の部隊も集結を始めた。


「タイミング的にはココだな」


「こちらが有利になり掛けている。確かに今が分岐点だな……負けに転がるが、逆転の切っ掛けにするか」


 照準眼鏡に顔を埋めたまま、イワンが呟き、ハンドルに凭れたハンスも同調する。


「逆転の一番の効果は、芽生えた希望を打ち砕く事だ」


 ヨハンは敵の行動を予測した。ゲルンハルトも同感だった、押され気味の状況を打破するには新戦力の投入が一番効果的だ。


『全車、何時でも逃げられる用意をしておけ!』


 通信を送りながらも、ゲルンハルトは嫌な予感に包まれていた。


______________________



「寄せ集めのタンクハンターのはずが、よくやる」


「しかし解せません。履帯や転輪ばかり狙って来ます。こちらの損害は車両のみで、負傷者は出てますが、死者はゼロです」


 腕組みした指揮官が呟くと、首を捻った副官が報告した。


「戦闘と言うより試合だな……これも、アンタレスの所為か?」


 口元だけで笑う指揮官は、赤い戦車を思い浮かべた。


「そうですね、アンタレスの攻撃を真似てる様です」


 副官は同意するが、指揮官は顔を曇らせた。


「戦場に於いて敵を倒すと言う事は、車両の破壊ではない。幾らでも補充の出来る車両の破壊を繰り返しても、最終的に戦いには勝てない。人員の殺傷こそが、戦闘の目的なのだ」


 口には出したが、指揮官の胸はドンより表情に比例して曇った。


「ですが……」


 口籠る副官に、指揮官は怪訝な目を向けた。


「いいから、言ってみろ」


「……もしも、全ての戦いがアンタレスの様でしたら……」


 それでも言葉を濁す副官に、大きな溜息を付いた指揮官が促した。


「はっきり言え」


「……もっと、戦車や戦闘機が好きになるかもしれません」


「……そうかもな」


 意外な指揮官の言葉に副官は驚いた。長い付き合いだが、冷静沈着ではあるが味方の損害を厭わずに作戦を立案遂行する非情さも持ち合わせ、戦いに於いて決して人道的と言う言葉が似合わない指揮官だったから。


 だが指揮官は背筋を伸ばすと、命令を下した。


「ケルベロスを出せ……奴らには教育が必要だ」


__________________



「マリーどうした?」


 粗方後方の戦車を撃破すると、急にマリーが黙り込んだ。


「……来た」


 小さく呟くマリーの声が少し震えているのを、ヴィットは聞き逃さなかった。


「マリー……皆を守れるのは、俺達だけなんだ。きついけど、一緒にがんばろう」


 ヴィットは囁く様にマリーに言った。マリーの中に、勇気と元気が溢れて来る。リンジーやチィコ、ゲルンハルト達や、オットー達の笑顔が次々に脳裏に浮かんだ。


「誰も死なせはしないよ……絶対」


 マリーの声が、何時もの様に元気を取り戻す。


「行こう、マリー」


 笑顔のヴィットが、アクセルを元気よく踏み込んだ。


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