繋がる気持ち
ヴィットには分かっていた。明らかにマリーの動きが違う事が……。敵戦車が射程に入る前から機銃を乱射し、主砲弾も残弾を気にする事無く撃ちまくっていた。
当然、無理な攻撃は敵の反撃受け易く、サイドキックの多発を招き噴射剤の消耗にも繋がる。
「マリー、焦るな。リンジー達は大丈夫だから」
ハンドルと格闘しながらも、ヴィットは優しい声で言った。
「分かってるけど……」
機銃を乱射しながらも、マリーの声は低く沈む。一瞬考えたヴィットは、急にアクセルを蹴飛ばすと思い切り明るい声で叫んだ。
「そんなら、行こうか! 手加減無しだ!」
ヴィットの言葉がマリーを後押しする、何も言わなくても自分の気持ちを分かってくれる。マリーの中で、見えない何かが力となる。溢れだすパワーは、六輪に繋がる。
マリーの六輪のタイヤは元々六輪が独立したパワートレインを持ち、路面状況や機動状態に合わせその状態に最も適したトラクションを発揮するが、今はまるで六本の脚の様に、マリーの車体に有り得ない機動性と運動量を与えていた。
操縦しているヴィットにも直ぐに分かる違い、それはヘッドギアを装着しなくてもマリーとの一体化を実感出来た。
マリーとヴィットは、次々と敵戦車の履帯やドライブスプロケットを破壊して行動不能にして行った。
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「機動性は尋常ではないな、明らかに前とは違う」
「新しいデータも届いてますが、更に上回っています」
指揮官は髭を撫ぜながら目を見開くが、副官のデータシートを捲りながら驚きの声を上げた。
「まさか、力をセーブしていたと言うのか?」
「それも考えられますが……」
言葉を濁した副官は少し俯いた。
「はっきり言え」
「何かのきっかけで……覚醒したのかも」
副官の言葉は衝撃に値した。もう一度副官の顔を見た指揮官は、信じられないと言う表情を向ける。
「覚醒?……機械に当てはまる言葉じゃないな」
「はぁ、私もそう思います」
「仕方ない、航空支援を要請しろ」
「ですが、アンタレスは飛行能力を有しています。普通の戦闘機では相手になりません」
副官の返答は当然だった。マリーの空戦能力は戦闘機など問題にしないし、戦闘機の火力では戦車であるマリーに致命傷どころか傷を付ける事も困難だった。
「支援は戦闘機ではなく対戦車攻撃機を要請しろ……アンタレスの飛行時間は限られている。奴は味方戦車が攻撃機に襲われれば、必ず空戦をする。それは、飛行する為の燃料の消耗に繋がる。少しでも戦闘力を削ぎ、ケルベロスをぶつける……そうすれば、全ての力を発揮するしかない」
真剣な言葉を並べる指揮官は、マリーの底が知れない戦闘力を決して過信してはいないが、秘められた実力はそんなものではないと確信があった。
「まだ能力の全てを出してないと?」
「ああ、アンタレスには常識は通用しない……本当の実力を見てみたい」
「了解しました」
副官にも異存は無い。真の力を見てみたいと言うのは副官も同じだった。
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「マリーや!」
遠く霞む爆煙の向こうに、小さな赤い戦車を確認したチィコが叫ぶ。物凄い機動で敵戦車を行動不能にしている姿は、リンジーの胸をキュンとさせた。
「チィコ! シュワルツティーガーの後を追うよ! 今は援護に専念して!」
「了解!」
チィコが満面の笑みで答えてアクセルを蹴飛ばした。
「後方、マリーだ」
口元を綻ばせたゲルンハルトが、ハッチの中を覗き込む。インカムで言えば済む事だが、ゲルンハルトは皆の顔が見たかった。
「全く、なんて機動だ。シュワルツティーガーさえ止まってる様に感じるぜ」
ハンドルと格闘中のハンスが笑顔になる。
「あんな射撃が出来たら、無敵だな」
砲弾を装填中だが、一瞬手を止めたヨハンも笑う。
「見たか? どんな回避もマリーに通用しない。俺なら、戦車を捨てて白旗上げるな」
照準眼鏡を覗いたまま、イワンは口元で笑う。ゲルンハルトはそんな皆の様子を見ると、改めて赤い戦車に視線を向けた。自分の中に、何かが湧いてくる事を実感しながら。
目に見えない力が、身体全体を支え気力が溢れ出す。だが、それは圧倒的な兵器で勝利や安全が保障された気分とは全く違った。
それは言葉に出来ないくらいの感動……ゲルンハルトはイワン達やリンジー達、今この戦場にいる全ての味方に共通する感覚だと、ボンやり思った。
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「なんじゃここは?」
唖然と見上げるポールマンの目前には巨大な空間が広がっていた。そこは、天井まで何メートルあるかも想像出来ない高さで、奥行きさえライトの光が届かない。
「カッカッカ、これは洞窟じゃ!」
「見りゃ分かるって……」
豪快に笑うオットーに、呆れ顔のTDが突っ込む。
「まさか、この魚雷や爆弾でここを潰すのか?」
顔面蒼白のコンラートは、爆破した後の壮絶な光景を思い浮かべた。
「じゃが、本当にここが戦場の真下なんか?」
既にヘロヘロになった葉巻を咥えたキュルシナーが呟き、ベルガーも冷や汗を流しながら言う。
「町の下じゃったりして……」
その言葉はTDとコンラートを青褪めさせた。もしそうなら、町一つを壊滅させた極悪人として、歴史に名を残すのは確定だった。
「ちゃんと、と、確かめたの、の、ののかよ!」
オットーの首根っこを掴んで思い切り咬みながら、涙を噴き出すTDに眼鏡を光らせたオットーが自信たっぷりに言った。
「多分……」
「あんたの多分で、俺達は史上最高クラスの極悪人だぞ!」
同じ様に涙を噴き出すコンラートも、オットーに詰め寄る。
「まあ、まあ、大丈夫じゃよ……多分」
仲裁に入るポールマンは、情けない笑顔で言った。TDとコンラートは観念してその場に座り込む。
「ほれ、仕事じゃ。壁面に魚雷と爆弾を仕掛けるぞい」
全く、これっぽっちも、1ミリも動じないオットーは平然と言った。




