エルレンの黒い悪魔
「お待たせ!」
リンジー達がゲルンハルト達に合流した。遥か前方の丘では戦闘が始まり、砲声と黒煙が遠く一望出来た。
味方は作戦通り、一撃を加えると場所を移動しながら、敵の戦力を削ぐ作戦を実施していた。タンクハンター個々の戦闘力は高く、倍以上の敵の侵攻を食い止めていた。
『リンジー、私達も出る。援護を頼む』
「了解!」
先行するシュワルツティーガーの後方から、少し遅れてサルテンバも戦場に入った。
「チィコ! 前方三時、地盤が緩い! 右に迂回して!」
「ほいな! でもリンジー? やわかい場所、全部覚えてるん?」
リンジーの的確な指示に、チィコは首を捻った。
「うん、一通り図面見たから」
「さよか……」
感心したと言うか、当然と言うかチィコは直ぐに納得する。
『たいした記憶力だ』
呆れ声のゲルンハルトの通信に、嫌らしく笑うイワンが被せた。
『頭は良いんだけどなぁ……これでもう少し、お淑やかならヴィットだって……』
「イィワァン~」
「リンジー、ホンマに撃ったらあかんよ」
青褪めたチィコが冷や汗を流しながら制するが、トリガーに手を掛けたリンジーはワナワナと震えた。
「まあ、何だ。エルレンの黒い悪魔と言われる所以をお見せしよう」
コホンと咳をした、ゲルンハルトが前方を見詰めた。
「ハンス! 左の奴から行くぞ!」
三台並んで向かって来る敵中戦車に向け、ゲルンハルトが指示を出す。シュワルツティーガーからすれば二時の方向、一番近い右側を避け、敢えて一番遠くを狙う意図がリンジーには分からなかった。
三両は、ほぼ一列で向かって来る。シュワルツティーガーはそのまま直進、重戦車であるシュワルツティーガーの装甲を抜くには射程距離が近い程いい。相手の有利な射程に入った途端、シュワルツティーガーは砂塵を上げて加速した。
相手も行進間に照準を付けているが、あまりの加速に照準を補正する。そのコンマ数秒の間に、シュワルツティーガーは横に並ぶ位置に近付く。当然加速中に砲塔を回転させ、動物の勘でイワンが照準を合わせていた。
「停車!」
ゲルンハルとは並ぶ寸前に叫び、ハンスがブレーキを蹴飛ばす! 急停車してノーズダイブが収まった時には、一番左の戦車の真横に位置していた。
「貰った!」
イワンの一撃は相手戦車の後部エンジンを直撃! 一発で大破させ、神速で装填したヨハンの合図で二射! 間髪入れずに三射! あっという間に三両を撃破した。
戦車戦の場合、同時攻撃は不可能に近い。多数目標の中から一両づつ目標を選定する事は、相手の反撃を避けつつ攻撃し、自身が生存する為には欠かせない最重要な選択となる。
ゲルンハルトは一瞬で敵戦車の速度差と機動性の差を判別し、瞬時に攻撃の順番を判断していた。
瞬時に見極めが出来る事こそ有能な指揮官の資質であり、その命令を確実に実行できるクルーとの組み合わせは、戦車の基本性能よりも重要な戦闘力だった。
それを最高の次元で実現したのがゲルンハルトであり、シュワルツティーガーのクルーだったのだ。動かす人間により、戦車の性能はカタログデータを凌駕し、そのポテンシャルは何倍にもなる。
それこそが、黒い悪魔と言われるシュワルツティーガーだったのだ。
「正確無比な戦闘指示、超高度な運転技術、完璧な躍進射撃……連続射撃も自動装填装置より速い……」
呆れたリンジーが呟くが、シュワルツティーガーの凄さはそれだけではなかった。相手が撃つ前に三両を撃破したシュワルツティーガーは、次の目標に向けて高速移動を開始する。
今度は二両の重戦車で、射程は長い。当然敵戦車は遠方から射撃を開始するが、シュワルツティーガーは回り込みながら射撃する。
敵の砲塔回転より速く周囲を旋回しながらの射撃は、掛かるGで重量級のシュワルツティーガーの車体が傾く。それは内側の履帯が浮く程の傾斜だった。
だが、シュワルツティーガーはその状態からでも正確に相手重戦車のエンジン部分を打ち抜いた。たった一周ほど敵戦車の周囲を旋回しただけで、二両の重戦車は完全に行動不能となった。
『リンジー、敵戦車の砲は生きてる、破壊しろ!』
「了解!」
まず、リンジーは動けない三両の中戦車の砲を一発づつで破壊、直ぐ様重戦車二両の砲を破壊に移動する。チィコは狙い易いようにサイドに回り込むと、急停車させリンジーの正確な躍進射撃が炸裂した。
重戦車の砲を簡単に撃破したリンジーは、ゲルンハルトに通信を送った。
「流石、黒い悪魔ね。でも、エンジンばかり狙ってどうしたの?」
以前なら砲塔や側面操縦席を狙っていたはずなのに、ゲルンハルトは敢えてエンジンを狙っていた。
『マリーの戦いを見て来たからな……』
少し照れた様なゲルンハルトの声が通信機から流れ、リンジーは脱出する敵戦車のクルーを穏やかな表情で見詰めていた。
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「こっちじゃったかのぅ?」
「お前さんが図面を見てるんじゃろ?」
頭を掻いて立ち止まるオットー見て、呆れた様にポールマンが呟いた。
「どうでもよいが、人力で運ぶのはツライのぅ」
「そうじゃ、オットーも少しは手伝わんか」
「どこまで行くんだよぉ」
「本当にリンジーに良いとこ見せられるんだろうなぁ」
魚雷を乗せた台車を引っ張りながら、ベルガーとキュルシナーが文句を言った。無理矢理に連れて来られたTDとコンラートも、地雷やら爆弾やらを満載した台車を押しながら、泣きそうな顔で言う。
「これ、葉巻はよさんか。粉じん爆発するぞい」
平然と呟くオットーは、キュルシナーの葉巻を見て目を細めた。
「火は点け取らんわい」
オットー達は暗い坑道の中を進んでいた。当然、コンパスなどは役に立たず、図面と勘だけが頼りの如何にもテキトーな、オットー達らしい行軍だった。
「後、どのくらいじゃ? 導爆線にも限りがあるぞい」
大汗を流したポールマンが残りが少なくなってきた導爆線を見ながら聞くが、オットーは平然と言った。
「分からん」
「分からんて、お前さん……グズグズしとったら、終わってしまうぞ」
汗でベトベトになった髭を絞りながら、ベルガーが溜息を付いた。
「わし。一服したいのぅ」
葉巻を咥えたキュルシナーは震える手でマッチを出すが、ポールマンが滝の様に流れる汗でマッチを濡らした。
「これ、ここで爆発させもワシらだけの犬死にじゃ。マリーちゃんを助けたいんじゃろ?」
「分かった……くそっ、出たらケツから煙が出るまで吸うちゃる」
キュルシナーは火の点いてない葉巻を咥え直すと、台車に腰掛けた。呆れたTDとコンラートは、目をテンにしながらオットー達のボケ突っ込みを見ていた。
「さてと、オットーや、道は分かったかの?」
溜息を付いたポールマンがオットーに聞くが、オットーは眼鏡をキラリと光らせた。
「どっちじゃろうのぅ?」
オットーが指し示した坑道の先は、八つの分かれ道になっていた。
「どう、すんだよぉ~」
半泣きのTDの横では、コンラートが脳内打算器でリンジーとのハッピーエンドを思い描き、嫌らしい顔でニヤけていた。
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「マリー前方に爆煙! 敵の数は?!」
敵の後方に到着すると、ヴィットはモニターを最大距離に切り替えた。
「全部で四十、中戦車三十、重戦車十両!」
直ぐにマリーが報告する。
「よし、連絡する」
ヴィットは到着と、敵戦車の数をゲルンハルトに連絡した。
『了解、こちは前に出る。ヴィットとマリーは後方を撹乱してくれ』
「了解! 引っ掻き回す!」
大声で返事したヴィットの無線に、リンジーの叫びが割り込んだ。
『ヴィット! マリー! 無事なのっ!』
「ああ無事だ! お前達は?!」
「大丈夫……」
急に声を落とすリンジーに、今度はマリーが声を上げた。
「リンジー! 本当に大丈夫なの?!」
心配そうなマリーの声が、リンジーの胸に優しく届いた。
「ごめんなさい、本当に大丈夫だから」
「マリー! ヴィット! 心配いらんで! ウチらは元気や!」
リンジーの声も元気を取り戻し、明るいチィコの声がマリーに長い安堵の溜息を付かせた。
「無理すんなよ! 俺達が後方を撹乱するからな!」
マリー同様、安心したヴィットも大声で激励した。
「分かった、ヴィット達も気を付けて!」
「そんじゃ、後でな!」
元気良く通信を切ったヴィットだったが、ココロの中で例の可変戦車がいなかった事に胸を撫で下ろした。とにかく、奴が来るまで少しでも敵の戦力を削ぐしかない。決意を新たにアクセルを踏んだ。
マリーも可変戦車がいなかった事には安堵し、ヴィットに悟られない様に努めて平静を装うが、不思議な感覚に包まれていた。確かに怖いが、以前の様な怖さを不思議と感じなかった。
その答えは簡単だった。以前よりもずっと頼もしくなったヴィットのおかげだと、マリーはとうに気付いていた。
「行くよヴィット!最初から全開だよ!」
「任せろ!」
マリーの叫びがヴィットの叫びと、完全に一体化して大空に響き渡った。




