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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第一章 始動
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初仕事

「自律思考戦闘システム、どう思う?」


 シュワルツ・ティーガーに戻ると、焚き火の前で食事の支度をするハンスにゲルンハルトは真剣な顔を向けた。


「どう思うって?」


 手を止めないまま、ハンスは背中で言う。


「あの戦車、マリーに搭載されているらしい。クルーは子供一人だ」


「子供一人だって!?」


 ゲルンハルトの深刻な声に、寝転んでいたイワンが驚いて飛び起きる。振り向いたハンスは少し笑って、フライパンの中の肉を裏返して呟く。


「存在すら疑われる代物だがな、その話しが本当なら……あるのかもな。それなら、あの戦闘力の説明も付く」


「信じるのか?」


 あんぐり口を開けて、イワンはハンスの顔を見る。


「アンタはどうなんだ?」


 ハンスはゲルンハルトに笑い掛けた。


「さあな、まだ分からない」


 少し笑みを漏らしたゲルンハルトは、マリーの方向に視線を向けた。


「子供があの操縦か……」


 ヨハンは大きな溜息で、脳裏に刻まれたマリーの超高速機動を思い出した。


「世も末だな、考える戦車に子供の戦車兵か……歳を取るはずだ」


 イワンは自分の手をそっと見て呟いた。


_________________ 



 勿論、マリーもチィコ達も護衛に選ばれた。そして驚くべき事に、オットー達のマチルダも残っていたのだ。ヴィットは見てなかったが、後から聞いて自然と笑顔になった。


「明日の朝、出発だって」


 夕方、オレンジの光の中で草原で食事の用意をするヴィットに、リンジーが後ろに手を組み近寄って来た。


「そうか……」


 背中で答えたヴィットは、火に掛けた鍋の火力を調整している。


「でも少し変なの」


「何が?」


 振り返らずヴィットは聞いた。


「途中、襲撃に注意しろとか言うんだよ」


「街の護衛だろ、何で行く途中に襲撃されるんだ?」


 少し表情を曇らせるリンジーに、ヴィットの中で予感が悪い方へと傾く。


「行かせたくないのか、それとも他に訳があるのかしら?」


「その両方かもね」


 考えを呟くリンジーの言葉に、明るい声のマリーが被さる。その穏やかな声を聞くだけで、ヴィットの揺れるココロは落ち着きを取り戻す。まるでそんな事どうでもいいって思える位に。


「ヴィットっ、出来たぁ?」


 満面の笑みで、チィコがやって来る。


「もうすぐだけど、お前の分なんてないぞ」


 振り向きもせず、顔をしかめたヴィットは言う。また始まったと、リンジーはサルテンバの方へ向った。


「もう、イケズばっかぁ。皆で食べた方が美味しいやんかぁ」


 クネクネと腰を振り、チィコはニヤニヤ笑って更に近付く。


「ヴィット、チィコ達の分も作ってあげなよ」


 マリーの声は何故か保護者みたいに聞こえた。


「やだね」


 背中を向けてしゃがんだまま、ヴィットは呟いた。チィコはそんな事はお構いなしに、満面の笑顔でマリーに話し掛ける。


「なぁマリー、ええもん見せたる」


「なぁに?」


 チィコは胸のあたりをゴソゴソすると、ペンダントみたいな物を取り出す。


「ロケット榴弾の信管や。ここんとこに穴があってな、紐を通せば首から下げれるんやで」


「下げてどうする……」


 呆れたヴィットは首をガクンと落とす。


「可愛いね、チィコ」


「そやろ」


 マリーの嬉しそうな声、チィコはまた満面の笑みで信管を触っていた。そんな様子を横眼で見ていたヴィットも、少し笑顔になった。


「もう、仕方ないな」


 ヴィットは鍋を降ろし、フライパンに卵を割る。


「いけね、塩が足りない。借りて来るから見てるんだぞ、それと……触るなよ」


 チィコに釘を刺し、急いでヴィットは塩を借りに走る。途中で宴会するオットー達を見付けたヴィットは、嬉しそうに近寄った。


「じいちゃん達も残ったんだね」


 ヴィットの言葉に、ウイスキーの瓶を振り上げオットーが笑った。


「何、あんな模擬戦など逃げるが勝ち、残ればいいのじゃ」


「棚から牡丹餅」


「風が吹けば桶屋が儲かる」


「待てば海路の日和あり」


 意味不明の言葉で次々にオットー達は笑う、見ていたヴィットも自然と笑顔になった。


_________________



「なぁ、マリー。目玉焼きって、美味しいんやで」


 火の前にしゃがんだチィコは、嬉しそうにマリーに話し掛ける。


「そうだね」


「マリー、食べた事あるん?」


「いっいえ、無いけど。少し火が強いよ」


「そうかぁ……」


 少しドギマギしたマリーを気にもせず、チィコは火を枝でツンツンする。その時、少し枝がフライパンの端に引っ掛る。バランスを崩して倒れそうになると、声を出したのはマリーだった。


「危ないっ!」


「あっちゃぁ」


 半焼けの卵は、地面に落ちる。食材を抱えて来たリンジーが、ペタッと座るチィコの頭を撫ぜた。


「ヴィットに怒られるよ」


「そやなぁ……触ったらあかんて言われたんや……どないしょ」


 眉毛を下げたチィコがリンジーを見上げた。


「私が作るから」


 リンジーは優しく微笑む。しかし、チィコは電光石火で立ち直る。


「あっ、ワンコロや!」


 遠くに小犬を見付け急に駆け出し、捕まえて来たチィコは嬉しそうに抱いたままマリーに見せた。


「可愛いやろマリー」


 子犬はマリーに尻尾を振り、ペロペロと車体を舐める。


「どこから来たの? ……」


 子犬に優しい声を掛けるマリーを、リンジーは不思議な気持ちで見ていた。


「マリー……」


「なぁに? リンジー」


「ううん、何でもない」


 リンジーは微笑むと、食事を手際良く作り始めた。


________________

 


 バンスハルへの道は普通の戦車には別にどうって事はないが、デア・ケーニッヒスにはそうはいかない。自重が三百トンを優に超える怪物は、普通の道路でも運用限界を超えており、余程の整備された道以外は通れないのだ。


 自ずとコースは決まり、待ち伏せなどはやって下さいって言ってる様なものだった。


 何より不安は、旗艦として指揮をするはずのデァ・ケーニッヒスからは指揮どころか、連絡さえ無いことだった。


「大体、首都防衛用の局地戦用兵器だろ? 長距離移動なんて無理があるよなぁ」


 デア・ケーニッヒスに合わせ、自転車並みの速度で移動するマリーの車内で、ヴィットは欠伸と一緒に呟く。


「少し仕様が違うみたい。新型の片側三分割タイプの履帯は長距離も苦にしないし、案外機動性もいいのよ。旧タイプには無理だった砂漠走行も可能だし、被弾にも強い、メンテも楽で耐久性もあるのよ」


 マリーは後方のデア・ケーニッヒスの戦闘力さえ、把握しているみたいな口ぶりだった。


「そうなんだ……」


 別にその事に対する不安な気持ちは無いが、ヴィットの心には引っ掛るモノもある事は確かだった。でもヴィットは、そんなモノは簡単に振り払う。


『もうすぐ、レイクシティだよ』


 リンジーから通信が入る。


「あっ、うん」


 返事と供にヴィットは大きく息を吐く。


『ボーっとしてたら急襲に対応出来ないよ』


 通信機からは、ヴィットの心を見透かした様なリンジーの笑い声。


「分かってるさ」


 ぶっきらぼうにヴィットは呟く。


『センスレイ湖が見れるでっ! 海みたいにでっかいんやっ!』


 嬉しそうなチィコの声も飛び込んでくる。


「何、それ?」


 初めてマリーが知らない事があった、ヴィットはなんだか嬉しくなった。


「この辺りで最大の湖さ、エメラルドグリーンの水面は世界一奇麗なんだぜ」


「ヴィットは見た事あるの?」


「うん、小さい頃だけど」


「早く見たいな」


 マリーの声が、楽しみにしてるみたいに聞こえた。


『ヴィットなぁ、小さい時になぁ、ウン――』


 チィコの通信をヴィットは慌てて切る、これ以上は命取りになると青ざめながら。


「ヴィット、小さい頃はどんな子だったの?……」


 およそ予測してなかったマリーの質問。一瞬戸惑うが、ヴィットは笑顔で答えた。


「えっ? 悪ガキだったよ、でも母さんはいつも抱き締めてくれた」


 笑いながら答えた後に、優しかった母が脳裏に浮かんだ。


「そう……今、お母さんは?」


 マリーの声は優しさに満ちていた。


「もういない、父さんもね」


「ごめんなさい……」


 マリーの声が悲しみに咽ぶ様に、ヴィットの耳に絡む。


「チィコ達も父さんいないんだぜ、その代わり、こぉわぁい母さんがいるんだ。怒ると、俺までドツき回すんだぜ」


「そうなんだ」


「リンジーは要領がいいからすぐに逃げる、チィコなんか最大の弱点なんだ」


「想像出来るね」


 マリーの声に少し元気を感じ、ヴィットはそっと微笑んだ。三時間の退屈で暇な行軍は続き、ヴィットはモニターの変わらない景色に飽き始めていた。


________________



「ヴィットっ! 見てっ! 奇麗っ!」


 突然のマリーの大声、少しぼんやりしてたヴィットは飛び上る。


「何っ何だっ!」


「見て、見て、湖の色」


 見えて来た巨大な湖は太陽の光を反射して、エメラルドグリーンに輝いていた。そして穏やかな湖面は、絨毯みたいに柔らかそうで空の青と絶妙に調和している。ヴィットは何も感じなかった、マリーが湖を奇麗だと言った事に。


『見とれてると、落ちるよ』


 リンジーの声が通信機越しに聞える、少しトーンを落として。その意味なんて、ヴィットに分かるはずもない。三つの国を跨ぐセンスレイ湖は海だと言っても差し支えなく、大型船も数多く航行し周囲には多くの港町が繁栄している。


 そしてバンスハルへと続くこの道は、湖に沿ってどこまで延びている。道を挟んで反対側には小高い丘が続き、視界は最悪だった。そして、デア・ケーニッヒスが通行出来る道は他には無い。


 脚の速い軽戦車が丘の上の前方と後方に二輌、一応索敵に出ていたが、美しい景色の穏やかさとは裏腹に事態は静かに進行していた。


『何か嫌な予感……』


 リンジーの声はスピーカーの中で少し曇る。


「そうね、ワタシが襲うならココ」


 マリーも肯定する。


「何でだよ?」


 ヴィットは自分だけが分からない事に、少し苛立った。


『だって片方は湖やん。逃げ場は丘の方しか無いで、でもあのデカブツは無理や』


 チィコでさえ分った。言われればヴィットにだって分ったが、悔しさは顔に出た。


『戦力は寄せ集め、連携も指揮も無し。おまけに一本道の逃げ場所無し、池のアヒルみたいに簡単にやられちゃうかもね』


 溜息混じりのリンジーは人事みたいに呟く、ヴィットはその光景を思い浮かべ苦笑いした。


「三時の方向っ! 敵弾っ!」


 マリーが突然叫ぶ! 数秒後、先頭を行くエレファントが轟音と共に蒸発する。


「チィコっ! 砲撃は湖からよっ! デア・ケーニッヒスの影へっ!」


 続け様にマリーは叫ぶ。チィコは瞬時にサルテンバを移動し、リンジーがマリーに叫ぶ。


『どこからっ?!』


「距離千五百っ! 三時! 敵は戦艦!」


 マリーは瞬時にデータを出す。


『艦砲射撃よっ! 皆っ散開っ!』


『アカンっ! もうダメやっ!』


 リンジーは他の車輌にも無線で叫ぶ、チィコの悲鳴が炸裂する。そして、数十秒おきに轟音が轟き戦車が消えた。艦砲射撃が合図の様に、前方からも丘の稜線に紛れた戦車の集団が攻撃を開始した。


 横腹を突かれ頭を押さえられた格好で、状況は完全に不利に傾斜する。浮足立った味方車輌は、メガマウスでさえいとも簡単に撃破された。


「何で戦艦なんだ?!」


 ヴィットは全開で走るマリーの中で叫ぶ、マリーも叫び返す。


「前はシュワルツ・ティーガーに任せるよ! ワタシ達は戦艦をやるよっ!」


「そんなぁ無茶なぁ……」


 変なイントネーションのヴィットの顔は、見る見る血の気が引く。そして続け様に、マリーの殺生な言葉が被さる。


「湖に飛び込んで!」


「何ですとっ?!」


「泳げるからっ」


「どうなっても知らんぞっ!」


 マリーとヴィットは湖にダイビングした。上下から押し潰される様な衝撃、ヴィットの頭の中身がでんぐり返しになる。一度水没したマリーはゆっくりと浮上し車輪を格納すると、後部のゲートが開きウォータージェットで加速した。


「もっとスピード出ないのかよっ!」


 至近弾の水柱が四方で上がり、車内は大地震並に揺れる。


「ワタシは陸戦用なのっ!」


 マリーも大声で言い返す。


「丘に上がったカッパじゃなくてっ、水に入った戦車だなっ!」


「なぁにっ訳の分らん事言ってんのよっ!」


 ヴィットの意味不明な怒鳴り声に、マリーも怒鳴り返す。


「喧嘩、しとるで……」


 呆れた様にチィコは呟きハンドルに頬杖を付く。通信機のスイッチは入ったままで、マヌケな実況は続く。


「おかげで、こっちへの砲撃が弱まった。前方の攻撃に集中するよ」


 一息付いたリンジーは額の汗をハンカチで拭い、前方の敵に照準を合わせた。


________________



『援護してっ!』


 マリーはデア・ケーニッヒスに無線で叫ぶ。デア・ケーニッヒスの艦橋では、ガランダルが呟いていた。


「言われなくてもしてるさ」


 デア・ケーニッヒスは主砲の斉射を繰り返していたが、射程距離ギリギリという事を加味しても明らかに通常の攻撃とは違っていた。


「我々は実戦なんて初めてなんですよ!」


 砲撃のオペレーターが、ガランダルに振り向き叫ぶ。


「分ってる」


 頬杖のガランダルは溜息と供に呟く。


「慌てなくていい、主砲はしっかり照準して下さい。速度はそのまま、副砲は前方十一時の方向、敵集団の先頭に斉射、対空監視も厳に」


 落ち着いた声のミューラーは、的確に指示する。


「何とかなるもんだな」


 小声で独り言を言うガランダルは、ニヤリと笑った。


「笑ってる場合ですか、クルーの殆どは素人なんですよ。それに指揮はいいんですか? 味方は浮足立っています」


 その横ではミューラーが苦笑いする。


「ああ必要ない、個人主義の賞金稼ぎだ。下手な連携より、自由に戦わせた方が彼らの戦闘力を引き出せる」


またニヤリとガランダルが呟く。その他の乗員は緊張と興奮で汗だくになり、各種兵装と格闘していた。


________________



「ほれほれ、早く逃げんと葬式じゃぞ」


 あまり慌ててない声で、オットーは操縦のキシュルナーに言う。


「神経痛で手が動かんのじゃ」


「それはいかんのぅ」


「どれ、湿布があったと思ったんじゃが」


 腕を擦るキシュルナーにポールマンが同情し、ベルガーが薬箱を探る。


「ジイサン達っ! 死にたいのは分かるが逃げろよぉ!」


 半泣きのTDが横に並んで喚く。


「まぁ、そんな大声出さんでも」

 

 オットーはカカカと笑った。


「笑ってる場合かよぉ~」


 顔面蒼白のTDは降り注ぐ砲弾に、涙を噴き出した。

 


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