ラフレシアの魔女
「おじぃちゃん、何見てるの?」
不思議そうに、リンジーが声を掛けた。ポールマンが持ち帰った図面を、オットー達が激論を交わしながら必死で見ていた。
「これか? これは鉱山内部の見取り図じゃ。ここの鉱山は古くてのぅ、百年以上前から周辺を掘りまくっていたのじゃ」
「でもな、そんなん見てて、地雷埋めるんはええの?」
ポカンとしたチィコにオットーは胸を張り、TDに微笑んだ。
「地雷なぞ、とうに敷設済じゃ。それよりTD、頼んでおいたのは出来ておるか?」
「出来てるけど」
「そうか、ご苦労さん。そんじゃ行くとするか。これは、地雷設置の見取り図じゃ」
オットーはリンジーに設置図を手渡すと、そそくさと出掛けて行った。
「TD、おじぃちゃんに何を頼まれたの?」
不思議そうな顔で、リンジーが聞いた。
「ああ、信管だよ」
「信管?」
TDの返事に、リンジーはポカンとした。
「何の?」
「知らないよ。それより、鉱山の入り口にいるのはラフレシアの魔女だってさ」
嬉しそうな顔のTDは、鼻の下を伸ばした。リンジーも聞いた事があった、美貌の女盗賊の話を。
「何でも、ヴィットとは知り合いらしいぜ」
「詳しく聞かせて」
嬉しそうに笑うTDに、リンジーが思い切り顔を近付ける。胸が痛くなる程の甘い香りがして、思わずTDは赤面した。
「何だよ、どうしたんだよ……前にヴィットが噴射剤取りに行ったろ、その時に……」
TDの話の途中で、リンジーは走って鉱山の入り口に向かった。
「リンジー、どないしたん?」
傍で見ていたチィコが、ポカンと聞いた。
「こっちが聞きたいよ」
ボヤいたTDだったが、まだ鼻腔に残る甘い香りに顔は赤いままだった。
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一目散に走って鉱山の入り口にに着くと、人相の悪い盗賊達にリンジーは囲まれた。だが、盗賊達の様子がおかしい。明らかに嬉しそうな顔で、口元を緩めていた。
服装はいつもの戦闘服だったが、リンジーはハンナに貰った化粧道具で薄化粧をしていたのが原因だが、勿論リンジーは気付きもしない。
滴り落ちる汗さえも太陽を反射しながらキラキラ光り、男達は一斉に鼻の下を伸ばして赤面する。ミネルバとは違う清楚な雰囲気は、色艶とは違う破壊力があったのだ。
「ラフレシアの魔女はどこ?」
仁王立ちのリンジーが、盗賊達に対峙した。そこに、薄笑みを浮かべたミネルバが姿を現した。体にぴったりフィットした漆黒の戦闘服が、メリハリボディを誇張して濃い化粧もリンジーには無い色香を漂わせていた。
「誰だい?」
涼しい目元は、濃いシャドウとマスカラでリンジーを見据える。
「ヴィットとは、どういう関係?!」
美しい目元ではリンジーも引けは取らない、強い眼差しで睨み返す。
「ヴィット……ああ、まんまるタンクの坊やか」
思い浮かべたミネルバは、口元を綻ばせ赤いリップがキラリと光った。
「知ってるのね、ヴィットの事」
少し体を震わせるリンジーの姿にミネルバはピンときて、ワザと意地悪く言った。
「彼が、アタシの故郷を守る為に来てくれてのよ」
”彼”と言う言葉が、リンジーの胸に突き刺さった。物凄い痛みが背中まで貫通するが、リンジーは無理やり引き抜くと言葉を絞り出す。
「ヴィットに危ない事をさせて、自分は後方で見物? 噂程じゃないわね、ラフレシアの魔女も」
「何だと?」
低い声でリンジーを睨むミネルバの瞳に炎が燃え上がる。
「戦いの場で、漆黒のエレファントに描かれた魔女を見た者は、魔法のほうきの様な機動性に恐れ慄く……あれは、ただのトリックね。普通のエレファントとの違いは、エンジンと足回りの強化。重駆逐戦車では有り得ない機動性で相手を驚かせるなんて、種を明かせばそんなものね。私達のサルテンバなら、簡単に撃破出来る」
挑発する様にリンジーは言い放つ。だが、自分でも何を言いたいのか? 何をしたいのか分からなかった。ただ、胸の奥に湧き出す黒いドロドロした感情を抑えられないでいた。
「フフフ……そこまで言うなら、アタシのアリスⅡと勝負してみる?」
ミネルバの瞳が、怒りから歓喜? に変わる。戦車乗りにとって、最大の侮辱は愛機と腕を見下される事だった。しかもリンジーは、アリスⅡの秘密を簡単に言い当てたのだ。
「私が勝ったら、ヴィットの援護をしてもらうから」
リンジーはミネルバの挑戦を受けた。一瞬、チィコの事が頭を過るが、今は後悔など感じてる余裕はなかった。
「お前が負けたら、戦車は頂く。それでいいな?」
「分かった」
薄笑みを浮かべるミネルバを、強く睨み返すリンジーの頭の中に笑顔のヴィットが見え隠れしていた。
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「決闘って……今はそんな事してる場合じゃないだろ?」
顔を顰めるイワンに言葉は、リンジーを追い詰めるがチィコは心配顔でリンジーに寄り添う。
「リンジー、何か言われたんか?」
「ごめんね。チィコ……勝手に……」
「何言うてん……リンジーが決めたんなら、ウチは賛成や」
俯くリンジーにチィコは笑顔を向けた。
「模擬弾だよな、当然」
強い視線でゲルンハルトがリンジーを真っ直ぐ見た。
「……うん」
その目を見返せないリンジーは、小さく頷いた。
「全く……アリスⅡは強敵だぞ。機動性は下手な中戦車よりもいい、砲塔が動かないのはハンデにはならないからな」
溜息交じりのハンスも、頭を掻きながら言った。
「砲塔が動かなくても、魔改造した足回りの超信地旋回で照準する。車体のダイブが収まらなくても撃ってくるからな」
ヨハンはアリスⅡの戦法を手短に説明した。
「アリスⅡは、その場を動かずに攻撃するのがパターンだ。強力な装甲と、駆逐戦車の弱点を克服した射撃が強さの秘密なんだ。攻略の糸口は一つ、相手を動かす事。如何に機動性が良くても重駆逐戦車だ、その自重が最大の弱点だ」
腕組みしながらイワンは呟き、ゲルンハルトが補足した。
「地形を生かせ、特に土壌はサルテンバに味方する」
「皆、ありがとう……」
顔を上げたリンジーの明晰な頭脳は、既に作戦立案は終わっていた。
「がんばろな、リンジー」
大好きなチィコの笑顔が、リンジーを力強く後押しした。




