作戦
補給を終えハルツの町に戻ったヴィット達は、緊急の対策会議を開いた。
「問題は新型の可変戦車か……全く、厄介だな」
TDから詳細を聞いたゲルンハルトは、深刻な顔で腕組みした。
「普通の攻撃じゃ、奴を撃破するのは不可能に近いが、手を抜いた攻撃は逆にこちらの全滅を招く恐れがあるよ」
TDは柄に無い真剣な顔で言った。コンラートでさえ、リンジーの傍にいるのに何時もの様な笑顔は少なかった。
「撃破せずに無力化なんて出来るのか?」
唖然と呟くイワンだったが、手には汗が滲んでいた。
「戦車である以上、道を通れなく出来ればいいんだが、そんな細工の時間も無いし敵は待っちゃくれないしな」
溜息を付いたハンスも、真剣な顔になった。
「装輪だろ? 対戦車地雷で足回りを破壊出来ないか?」
「確かにそれが正攻法じゃが、敵も予測済みのはずじゃし、地雷の絶対数も足らんのぅ」
悲観的な顔をしたオットーだったが、ヴィットは閃いたと言う顔で立ち上がった。
「キルゾーンを作って、誘い込めばいいんだ。それなら少ない地雷でなんとかなるんじゃない?」
「……誰が誘い込むの? 相手は超高機動で、120ミリ砲は一撃で撃破する威力があるのよ」
震える声のリンジーは、ヴィットを真っ直ぐ見る。
「俺と、マリーで行くよ。リンジー達には援護を頼む」
「リンジー……心配しないで」
マリーは穏やかに言うが、今度は眉をハに字にしたチィコが声を上げる。
「そんなん、マリーばっかしやんか」
「ワタシが一番脚が速いから……ありがと、チィコ」
限りなく優しい声がチィコを包み込み、震える身体をそっと支えた。
「やはり、可変戦車をなんとかするのが先決だな。所で、キルゾーンの設定はどうする?」
ゲルンハルトはオットーの方を見た。地形を読む事ではゲルンハルトさえも、オットーには一目置いていた。長い経験は、時には奇想天外な発想を出す。
「地雷の敷設はワシらが行う。マリーちゃん、場所を悟られん様に敵の偵察を妨害しておくれ……さて、ポールマンが戻ったら仕事を始めるかの」
腰を叩きながら、オットーは立ち上がった。
「了解。でも、ポールマンのおじいちゃん、何処に行ったの?」
「何、ちょっとヤボ用での。それに良い物を手に入れた」
不思議そうに聞くマリーにオットーは満面の笑顔を向けた。
「良い物って、まさかあれ?……」
大きな溜息のヴィットは、マチルダに積み込まれた巨大な”魚雷”に目を向けた。
「全く……どこで見付けたんだ……山だぞ、ここは」
同じ様に溜息を付いたイワンは、山間部に全く意味不明な兵器を見て肩を落とした。
「そうだよ、相手は戦艦じゃなくて、戦車だよ」
呆れ顔のヴィットを置き去りにしてオットーは高らかに笑った。
「カッカッカ! 炸薬量490kg! TNTの6割増しの威力を持つHBX炸薬で戦艦の重装甲をも貫く酸素魚雷じゃ!」
「だからぁ、話し聞いてた? 撃破したら、大変な事になるんだよ」
呆れ顔を通り越し、ヴィットは溜息交じりに言った。
「なぁに、コイツを足元にブチ込めば、確実に脚は止まる。コイツに比べれば、対戦車地雷など屁みたいなもんじゃ!」
全く動じないオットーは、更に雄叫びの様に声を上げた。
「……で、どうやって発射するの?」
「……あっ」
冷静なヴィットの突っ込みに、大口を開けて笑っていたオットーが固まった。
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「マリー大丈夫?」
「うん、ごめんねヴィット……ヴィットに、そっちは前じゃないって、言った事あったよね」
声のトーンを落としたマリーが呟く様に言った。
「そう言えば、あったね」
思い出したヴィットの胸が、少し熱くなった。
「今はワタシが、目を背けていた。目の前の大きな壁から、逃げようとしていたの」
正直なココロの内を、ヴィットに知って欲しかった。前向きでない本当の気持ちを、マリーは言葉にして伝えたかった。
「違うよ」
直ぐにヴィットは笑顔で言った。
「えっ?」
「マリーはリンジー達の事を心配してただけさ。怖さとかで、敵から逃げようとしたわけじゃない。どうせ戦いになったら、また無茶するんだろうね」
苦笑いのヴィットは、想像しながら体を摩った。
「ヴィット……」
マリーの声は、少し嬉しそうだった。
「さあ、お仕事だよ。町に続く道の平原の途中、最初にモスさん達が戦っていた場所にキルゾーンを作るんだ。そこに偵察を来させない様にします」
「了解」
元気よく返事したマリーは、索敵機能を全開にした。目前に迫る、平原とは名ばかりの荒地。大小の起伏は、地球外の惑星を連想させるが、かつて木々や草花が生い茂っていた痕跡は残っていた。
ヴィットはその荒れた光景をみながら、改めてマリーに感謝した。マリーの活躍は、瀕死の世界を救ったのだ……バンスハルの戦いは、人々の平和な暮らしを守ったのだ……だと。
苦しい戦いの中で、ヴィットは殆ど何も出来なかった事を悔やんだ事もあったが、少しは貢献出来たのかなと、最近は少し前向きに考える様になっていた。
そして、自分のした事に自信を持つなんて柄じゃないが、自信は力になるとヴィット確かに感じていた。
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「前方一時の方向、軽戦車二両。どうする?」
マリーの報告に、ヴィットは少し考えてから言った。
「直ぐにやっつけちゃったら、この場所に何かあると言ってる様なものかな?」
「そうね……逆に考えると、地雷の敷設はセオリーなんだから、場所さえ分からない様にすればいいんじゃない?」
「なら、やっちゃう?」
嬉しそうにヴィットが言うと、マリーも直ぐに返事した。
「うん、やっちゃう」
マリーの声と同時にヴィットはアクセル全開。だが、マリーは射程外から同軸機銃を連射する。
「マリー!まだ遠いぞ!」
「うん! 威嚇で、追い散らしてるの!」
ヴィットの叫びに、マリーが嬉しそうに答えた。
「威嚇って……マリーさん?」
冷や汗を流すヴィットに、今度は済まなそうなマリーの声が届く。
「だって、直ぐにやっつけたら、ここから歩いて帰るの大変そうだし」
確かにこの場所から、敵の本隊まではかなりの距離があった。
「全く……敵の帰る距離まで心配するなんて」
少し噴き出したヴィットは、苦笑いした。
「もう少し近くなったら、やっつけるから……」
「了解!」
笑顔のヴィットは、アクセルを踏み込んだ。マリーが元のマリーに戻った事が嬉しくて、ヴィットのココロは青い大空を駆け巡った。




