混ざり合う気持ち
「何で……何でなん?」
体を震わせたチィコの大きな瞳からは、大粒の涙が溢れた。
「……」
同じ様に車体を震わせるマリーだが、言葉は出なかった。リンジーは何か言おうとするが、まるで言葉を忘れたかの様に思考が頭の中に沈着した。
「マリー……もしかして」
ヴィットにはマリーの気持ちが分かった気がした。マリーは長い沈黙の後、重い口を開いた。
「敵の新型可変戦車にはワタシの武装は無力なの……近付くことさえ出来ない……」
「まぁ、俺は目を回してたから、どうせ見て無いけどさ……それで、諦めたって訳か」
ヴィットの声はマリーに不思議な感覚を抱かせる。怒ってもいなければ、落胆している訳でもないその声が、不確かなマリーの気持ちを揺さぶった。
「……嫌なの……大切な人を危険に晒す事が……」
「そんならな、うち等にとってな、大切なマリーやヴィットだけを危ない目に合わせる事はな、どうなん? うち等……平気って思うん?」
涙を拭おうともせず、声を詰まらせながらチィコはマリーの言葉に問い掛ける。
「私達……ここまで急いで、走って来たよ。サルテンバのエンジンが壊れるくらいに全力で……それは何の為? 私達が無力だって、役に立たないって知ってる……けど、私達も嫌なの……マリーとヴィットだけを危険に晒すのは」
俯いたリンジーの目からも涙が零れる。マリーが”帰って”と言った辛い気持ちも理解出来るし、その気持ちは震える程に嬉しい。だが、そんな思いを全部超えてリンジーは言葉を絞り出した。
「マリー……気を使い過ぎだよ。俺達は家族だろ? たまには喧嘩もするし、意見の食い違いだっあるさ……でも、辛い時はもっと頼れよ、それが本当の家族だろ」
ヴィットの”家族”って言葉がホンのりした肌触りで、セラミックの装甲を内側から暖めた。マリーのココロの一番深い場所に、何かが湧き出す。それはとても小さいが、何にも負けない強さを秘めていた。
「ヴィット……チィコ……リンジー……ワタシは……」
「一緒にがんばろう」
ヴィットはそっとマリーに触れた。
「うん」
小さく返事したマリーに、チィコやリンジーも泣き笑いで抱き付いた。マリーは黙ったまま、ずっと車体を震わせ続くけた。
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「何だ? どうした?」
遅れて到着したTDがマリー達の様子に、少し驚いて首を傾げた。コンラートは、泣き顔のリンジーに過敏に反応する。
「リンジーどうした?! 誰に泣かされた!」
その驚く顔がおかしくて、リンジーは涙を拭った。
「TD、コンラートさん。今回は、ありがとうございました」
ヴィットは二人に近付くと、頭を下げた。
「お礼が遅れてごめんなさい。ありがどう、TD、コンラートさん」
マリーも直ぐに、お礼を言った。TDは照れた様に頭を掻くが、コンラートはリンジーの事ばかり気にして軽く相槌を打つだけだった。
「TD、可変戦車って知ってる?」
「ああ、もう試作が完成してるって噂もあるよ」
ヴィットの質問を受けたTDは普通に答えた。
「これ見て」
ヴィットはマリーの中にTDを連れて行き、録画してあるケルベロスを見せた。当然リンジーやチィコ、コンラートも中に入り、車内はギュウギュウ詰めだっが、コンラートだけは、リンジーに密着出来て恍惚の表情だった。
「これは……思ったより可変する事で体積が変わるようだな」
「それって、どうなの?」
「前後に十二輪もタイヤがあるだろ、多分エンジンは前後に二機。主砲弾や腕の砲も口径が大きいから、弾薬が嵩張るだろうね」
「だから、何なんや?」
目を細めたチィコが睨むと、TDは苦笑いした。
「胴体の変形を見る限り乗車は無理そうだし、かと言って車体に乗るスペースも少なそうだね」
「そうね、無人と考えてもいいかも……」
やっと普通に戻ったリンジーが、コンラートを手で押しのけながら言った。
「無人なのは、理由があるんだ。この戦車には劣化ウラン装甲が採用されたと言う噂がある」
「まさか……」
顔色が変わったリンジーが、TDを見詰めた。
「装甲と言っても、素材そのものを板状にしたものではないよ。劣化ウランをメッシュ状に編んで、六角形のセラミック板でサンドイッチしたものを、積層状態で他の素材と複合的に組み合わるんだ」
「そのセラミック複合材だって、マリーのタンタルカーバイドと同じものだって聞いたよ」
TDの説明に、コンラートも付け加えた。
「たるたるガンバルゾ?」
「物凄く強靭なセラミックなの、ダイヤの次に硬いって言われてるのよ」
ポカンとするチィコを、苦笑いのリンジーが撫ぜた。
「問題なのは、物凄く頑丈な装甲だが万が一被弾貫通した場合、わざと劣化ウランをエアゾル化して放出される仕組みらしいって事だな」
見た事も無いTDの深刻な顔に、ヴィットの胸に悪寒が走る。
「つまり、撃破出来たとしても、その土地は汚染される」
マリーも声を震わせ、更にTDが暗い声で続けた。
「劣化ウランの半減期は地球や太陽系の歴史にも匹敵する45億年だ……」
「何てこと……」
リンジーは声と身体を震わせた。
「何もしなければ味方は撃破され、例え相手を撃破しても強烈な置きミアゲがある……」
最後のTDの言葉に、その場の全員が冷たい氷に包まれた。だが、その暗くて冷たい気持ちをヴィットの明るい声が吹き飛ばした。
「でもさ、がんばろうよ。皆で考えれば、なんとかなるよ……そんな悪魔みたいな兵器を世に出しちゃ、いけないんだ」
「ヴィット……」
驚くマリーは室内カメラでヴィットの表情をアップにするが、その表情には一点の曇りもなかった。ついさっき一緒に頑張ろうと気持ちを新たにしたはずなのに、敵わない敵の存在に直ぐに気持ちは折れそうになる……。
だが、ヴィットの存在はマリーの後ろ向きになりそうな気持ちを優しく解した。




