威力偵察
ゲルンハルトは一発でヴィットの意図を見抜いた。そして、素早く各戦車に的確な配置を指示した。勿論、ヴィットに異存なんてなかった。ゲルンハルトの指示は完璧で文句の付け様もなかったから。
「俺も、ゲルンハルトさんみたいに成れるかな……」
羨望の眼差しで呟くヴィットに、イワンが笑いながら肩を叩いた。
「ゲルンハルトに匹敵する指揮官なんて滅多にいない。だがな、目指すならもっと上を目指せ。奴なんか、まだまだ小物だ」
「まあ、ゲルンハルトを小物扱い出来るお前の方が大物だよ」
呆れた様な顔のハンスが、大きな溜息を付いた。
「鉱山の防御配置は、味方にも教えないみたいだぜ」
鉱山の様子を見に行っていたヨハンが、ゲルンハルトと共に戻って来た。
「俺達は信用されてないって事だな」
頭の後ろで手を組んだイワンは、他人事みたいに言った。
「全体を把握した訳ではないが、各所に突撃砲を配置した防御網は厚い。突破するなら、浸透強襲戦術かな」
腕組みしたゲルンハルトは、不敵に笑った。意味の分からないヴィットは首を傾げるが、通信機からマリーの明るい声が響く。
『基本的には、戦線を突破して裏側に回り込む(浸透する)という作戦。戦線の1カ所を突破しても、それだけでは突出部を作るだけで、突出部に火力を集中されれば封じ込めらちゃう。でも、数カ所で同時にこれを行えば、突破した他の部隊と連携して、その間にいる敵部隊を包囲殲滅する事が出来るの』
「完璧だな。ならば、それを阻止する手立ては?」
嬉しそうな顔でゲルンハルトが聞いた。マリーは少し考えると、やはり明るい声で答えた。
『そうね、機動防御が出来るのはワタシとシュワルツティーガー位だし、せめて後一両あれば作戦として成り立つんだけど』
「機動防御って、部隊規模の作戦じゃないのかよ」
ヴィットにだってそれ位は分かる。少しスネた様な声で呟いた。
「普通はな……だが、マリーの戦闘力は一個中隊、否、一個大隊に相当する」
「そうだな。空戦能力を加味すれば、それ位の戦闘力はあるだろうな」
ゲルンハルトの言葉に、頷きながらヨハンも同意した。ヴィットだってマリーの戦闘能力の凄さは分かっていたが、改めて専門家から言われると人知を超えている事実を痛感した。
「もう直ぐ、掩体壕に配備も完了する。一休みしたら、ヴィットとマリーには威力偵察を頼みたいんだが」
「分かりました」
『了解』
笑みを浮かべたゲルンハルトの言葉に、ヴィットとマリーは同時に元気よく返事した。
________________
「威力偵察って言っても、何処から探すの?」
偵察に出て直ぐ、ヴィットは首を傾げた。
「そうね、モスさん達の報告も毎回違う方向からの攻撃だって言ってた」
マリーの声も、考えがまとまらない様な感じだった。
「敵部隊の動きも変だね、せっかく侵攻したのに直ぐに撤退してさ」
「まるで槍機戦術。前進と後退を繰り返す戦法は、面制圧に時間がかかるけど、味方の犠牲を最小限に抑えられるし」
敵の攻撃内容を思い浮かべるヴィットだが、マリーも少し考えを巡らせた。
「それって、もしかして敵の兵力は意外に少ない?」
「うん、毎回違う位置からの攻撃は身軽って可能性もあるね。大隊規模なら、わざわざ分けなくても同時攻撃が出来るんだし」
マリーもヴィットの考えに同意した。
「やっぱ、空から行くしかないのかなぁ……」
物凄く嫌だけど、ヴィットは仕方なさそうに呟いた。
「いいの? ヴィット」
対照的にマリーの声は弾む、ヴィットの身体の負担を心配しマリーは遠慮していたのだった。
「敵を先に見付け、先に攻撃、先に逃げる……それが戦車だもんね」
シートベルトを締めながら、諦めた様なヴィットの声と同時にマリーは大空に舞い上がった。
____________________
「敵防衛部隊に、アンタレスが加わりました」
強面を綻ばせた嬉しそうな副官の声に、指揮官は溜息を付いた。
「全く……どうも我々の行く所は、何時も奴と同じ場所だな。今度は簡単な仕事だと思ってたのだが」
「中隊規模では、直ぐに全滅ですかね」
副官は他人事の様に言うが、指揮官は髭を触りながらもう一度大きな溜息を付いた。
「ケルベロスに艤装網を掛けろ」
「指示はそれだけですか?」
拍子抜けした表情で副官が聞き返した。
「他に何が出来る? アンタレス対策など無駄な足掻きだ……それより、データ収集の準備だ。作戦失敗の言い訳を準備しておかないとな」
「了解しました……ですが、今度はケルベロスがあります」
怪しく微笑む副官を見て、指揮官も妖しい笑みを漏らした。
「そうだな……超駆逐戦車ケルベロス、こいつの特殊装甲は既存の砲では抜けないからな」
_________________________
空に上がると鉱山を中心とした地形が簡単に把握出来た。マリーはゆっくりと旋回し、敵の痕跡を探した。陸の偵察と空からの偵察では索敵範囲が全く違う。戦車の侵攻速度など知れてるので、敵の本拠が遠いはずはなかった。
ものの数分で見付け、マリーは回転を緩めると死角になる森の中に着陸した。
「ヴィット、見付けたけど……大丈夫?」
目を回す寸前のヴィットは、なんとか起き上がった。
「ふぅ~やっぱ、慣れないなぁ……で、どう?」
「兵力は一個中隊って言うところかしら。これなら戦力は、ほぼ互角ね……問題は……」
マリーは報告するが、言葉の最後は濁らせた。
「……可変戦車だっけ? 実際、どう言うの?」
「コンセプトは攻撃時に車高を高くする事で、ハルダウンした敵を撃破するって言うんだけど、車高が高くなる事は自らの被弾率も上がるリスクがあるの。可能にするには装甲の強化だけど……ワタシみたいに全身を電磁装甲で覆う為には、強力な発電装置が必要ね。多分、まだ無理とは思うけど……ケンタウロスみたいな盾で精一杯だと思う」
マリーも半信半疑なのか、言葉を選ぶ様に答えた。
「で、いたの巨人?」
「多分、あの艤装網の下……大きさは超駆逐戦車のマウス並だった」
「そうか……じゃ、どうする?」
首を摩りながら、ヴィットはニヤリと笑った。
「威力偵察だもんね」
マリーの声も、少し笑っていた。




