本当の気持ち
ハルツの町は小さな集落で、希土類が出た割には活気が無かった。何より街外れの鉱山に護衛の戦車達は配置され、閑散とした町中には戦車の姿は疎らだった。
「マリー!」
モスが涙目でマリーに突っ伏す。嬉しい様な悲しい様な声で、マリーは呟いた。
「あの、モスさん……鼻水が」
髭だらけの大男の、泣き崩れた顔は涙と鼻水でズルズルだった。
「すまんな、うちの大将、泣き上戸で」
他の乗員に無理やり剥がされたモスは、鼻水を啜ると何度もマリーに良かったと言った。心から喜んでくれる事が、ヴィットには堪らなく嬉しくて少し貰い泣きしそうになった。
「モスさん、町の警護はどうなってるの?」
暫くして落ち着いたモスに、ヴィットが聞いた。
「鉱山が優先だってさ。町の護衛は俺達少人数の新参者に勝手に任された。鉱山護衛の指揮はラフレシアの魔女だ」
「主力は鉱山前に展開して、町はバリケードの一部……」
不信感がヴィットに渦巻く、それでは町の人達は確実に戦闘に巻き込まれる。呟きながら、打開策を考えるが戦局を把握してない現状では直ぐには思い浮かばなかった。
その後、ヴィットやモス達が町の警護状況を確認している所に、町長がやった来た。
「ご苦労様です」
挨拶を交わした町長は人の良さそうな老人で、どことなく親近感があるのはプリラーに似ていたからだった。ヴィットは直ぐに状況を聞くが、町長は曖昧な笑顔で鉱山の方に視線を向けた。
鉱山の入り口は町からも近くて、通りからも見渡せた。通りに面した家々の陰にはミネルバ配下の突撃砲が配置され、入口正面にはミネルバの駆逐戦車も見えた。
「ミネルバは、この街の出身なんですよね?」
「ミネルバは鉱山事故で父親を失い、幼い彼女を残し母親も男を作って逃げたのです……町に恨みこそあっても、警護する理由は分かりません」
ヴィットの質問に、町長は悲しそうな目で言葉を濁した。話しを聞きながらもヴィットは町の様子を観察するが、歩いてる人も疎らで老人ばかりが目に留まった。
「この町に残るのは老人ばかりです。希土類が出ると言う事で、若い人も集まり掛けたのですが、何んせ今度は盗賊の襲撃がありまして」
ヴィットの視線を察して、町長は内情を話してくれた。
「軍が警護に来るんですよね」
「その予定ですが、後数日は掛かるかと思います」
町長の声は暗くてヴィットまで暗い気持ちになり掛けるが、腕の通信機からのマリーの声が暗い気分を一気に晴らした。
『なんとなく巨人の正体が分かったよ』
「何だよ、何となくって」
『だって、モスさん達に聞いただけだもん』
マリーの少しスネた様な口調に、ヴィットは苦笑いしながら続きを聞いた。
「それで、正体はオバケか何か?」
『ある意味では正解。推測だけど、局地戦用可変戦車って言うのが正体だと思う』
「何だそれ?」
『大きさはマウス位って証言と、途中でケンタウロスの様な人型に変わったって言う証言があるの。総合すれば多分……』
マリーの声は普通だったが、ケンタウロスと言う言葉がヴィットの背中に冷たい汗を流させた。
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シュトゥットガルトルの街はエルレンなど田舎に思わせた。近代的な建物が並ぶ街並みは、近未来の世界を思い浮かばせた。
街の入り口の検問でTD達は中に入れず、外で待つ事になり、ミルコのおかげでリンジーとチィコは街の中に入る事を許された。
当然、戦車は中に入れず、借りた車で移動する。
「どうしたんや、リンジー? 元気無いで」
運転席から眉を下げて見詰めるチィコに、リンジーは元気無く笑い返す。
「そんな事ないよ」
「広い街だけど、人員の管理は徹底されてる。何せ、街自体が機密の塊だからね」
ミルコは人探しの方法として、警備会社を勧めた。出向いた警備会社の入り口ではリンジーやチィコは写真と指紋の登録をされ、ミルコはパスを出すと直ぐに通された。
対応した係官は、リンジーの証言に従い端末を操作した。分かってるの名前と背格好、髪や目の色などしかないが、直ぐに候補の数人の書類が渡された。
一通り目を通したリンジーは、首を傾げた。確かにプリラーの言う人相に近いが、どの男も研究所所属とかではなく、飲食店の店員や雑貨屋の経営者と言った感じだった。
「どうする?」
浮かない表情のリンジーに、心配そうな顔のミルコが声を掛けた。
「一応、会ってみる」
リンジーは表情を変えずにそう言うと、車に戻る。ほんの二時間程で、全ての男と会ってみたが、どれも話は食い違い完全に別人だと言う事が分かっただけだった。
車の助手席で、何も言わないリンジーを心配してミルコが後ろから声を掛けた。
「この街に入れると言う事は、身分が不確かな者ではないよ。セキュリティ上の都合で偽名を使う事もあるんだ。探す方法はあるよ、例えば……」
「ありがとう、ミルコ……一度、帰ろうかな、なんだか疲れちゃった」
ミルコの言葉を穏やかに遮り、リンジーはフロントガラスの向こうに視線を流した。
「そうや、リンジーは疲れとるんや。どないする? お母ちゃんのとこに帰るか?」
「それもいいかもね」
気の無い返事のリンジーは、ぼんやりとドアに片肘を付いた。
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「我がままに付き合ってくれて、ありがとう」
街の外で待つTDとコンラートに、リンジーはペコリと頭を下げた。
「別にいいよ」
TDは照れ臭そうに頭を掻くが、コンラートは思い切り嬉しそうな顔でリンジーを見詰めた。
「用事が終わったんなら、どうですか? 私の家で、ゆっくりと話でも……」
「何、寝言ゆうとるん……そや、ヴィット達、部品取り返したんやろか?」
リンジーは完全にスルーし、チィコは溜息の後にゲルンハルトに連絡した。
「そうか……無事に終わったんやな……」
チィコは大きな溜息で、安堵の表情になった。横で聞いていたリンジーも、そっと胸を撫で下ろすが、次のゲルンハルトの言葉に胸が高鳴った。
『ヴィットとマリーは鉱山護衛の仕事に出掛けた。我々も準備出来次第に出発する』
「場所はどこ!」
チィコからマイクをもぎ取ったリンジーが叫ぶ。
『ランスベルグ近郊のハルツ鉱山だ、シュトゥットガルトルからは遠いぜ』
笑い声のゲルンハルトに、リンジーは叫び返した。
「サルテンバの脚をナメないでよ!」
無線を切ると、満面の笑みでチィコが直ぐに準備に掛かる。
「ボクも行きたいけど、今度は止めとくよ……リンジー、マリーとヴィットに直ぐに壊さないでって伝えてね」
「ありがとう、ミルコ」
思わず抱き締めると、ミルコは耳まで赤くなった。
「仕方ないな、修理出来る人材は必要だ」
TDも急いで出発の準備に取り掛かる。羨ましそうにミルコを見ていたコンラートも、仕方なさそうにTDを手伝った。
”待ってて、ヴィット、マリー”ココロで呟いたリンジーは、サルテンバに飛び乗った。




