羨望
「分かった、とにかく気を付けろ」
通信機の向こうのゲルンハルトは、穏やかな声で言った。ハルツの街に行く途中、ヴィットはゲルンハルトに連絡した。部品処分の結果に、ハインツやゲルンハルト達へのお礼、そして新しいミッションの報告だった。
ゲルンハルトとの通信の中で、マリーの部品購入に際しガランダル大佐の尽力の事を聞いてヴィットの胸は熱くなった。殆どの部品が破格の価格だったのは、全てガランダルが手を回していたのだった。
「ヴィット。ちゃんと、お礼しなくちゃね」
「そうだね」
穏やかなマリーの言葉は、ヴィットのココロを優しく包み込んだ。
途中、オットーの指示通りランスベルグ街に寄った。かなり大きな街で、童話の世界見たいな雰囲気は、戦闘など無縁にも感じた。
「綺麗な街だね」
石畳の道を走りながら、マリーは嬉しそうに言った。
「人も多いし、活気があるね。でも、タンクハンターの協会なんてあるのかな?」
少し首を傾げたヴィットは、オットーに言われたタンクハンター協会を探した。しかし、街中を走り回っても見つからず、ヴィットの不安は次第に大きくなる。燃料以外はどれも不足で主砲弾は残弾二発、各機銃弾も残弾が少ない。噴射剤も、表示はEを示していた。
オットーに貰った紹介状を見せれば、協会で補給を受けられるとの事だったから、余計にヴィットは焦る気持ちが大きくなっていた。
ヴィットは我慢出来なくて、街の中心部でマリーを降りた。小さな赤い戦車から降りて来る少年に、人々は興味深そうな顔で視線を向けた。ヴィットは迷う事なく、酒場に向かった。街の情報は酒場! イワンの請け負いだが確かに実感はあった。
「すみません、タンクハンターの協会を探してるんですけど」
明るい雰囲気の居酒屋で、ヴィットは年配の人の良さそうなバーテンに聞いてみた。
「あんた、タンクハンターかい?」
「ええ、まあ」
少し驚いた顔をするバーテンに、照れ臭そうにヴィットは頭を掻いた。
「まさか、鉱山の護衛に行くんじゃないか?」
「あ、はい」
ヴィットの返事を聞くと急にバーテンは顔を強張らせた。
「止めときな、多くのタンクハンターがやられた。何でも巨人が襲って来るって噂だ」
「巨人、ですか?」
ポカンとしたヴィットが、聞いた。
「ああ、噂だがな」
「でも、契約ですから」
顔を曇らせるバーテンは、笑顔のヴィットを見て大きな溜息を付きながら地図を書いてくれた。丁寧に礼を言って帰ろうとするヴィットに、バーテンは心配そうに声を掛けた。
「やばくなったら、真っ先に逃げろよ」
「はい、そうします」
酒場を出たヴィットは、なんだか気分が良くて走ってマリーの元に戻る。しかし、止めてあった場所にマリーがいない、慌てて周囲を探すと子供を沢山乗せたマリーがゆっくりと帰って来た。
「マリーちゃん、ありがとう!」
「また乗せてね!」
「気を付けて帰ってね!」
子供達は手を振りながら帰って行く。マリーも嬉しそうな声で車体を震わせ、アームを振る。苦笑いで見送ったヴィットは、呆れた様な口調で聞いた。
「何してたの?」
「待ってたら子供達が寄ってきて……つい」
照れたみたいなマリーが可愛くて、ヴィットは大きな溜息を付いた。
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タンクハンター協会は、街の中心部にあった。二階建ての少し古い建物の玄関先には、物凄く小さい看板が掛かっていた。例によってマリーを待たせ、ヴィットは中に入った。
「ちっさ……普通、絶対気付かないぞ」
中に入ると、グルグル眼鏡の老人が受付に座っていた。ヴィットは挨拶の後、オットーに貰った紹介状を手渡した。
「ほう、オットーさんの紹介ですかな?」
「あっ、はい」
「それなら、安心じゃ」
老人は嬉しそうに笑った。
「そうなんですか? ……」
よく意味が分からないヴィットは、愛想笑いで頭を掻いた。
「甲鉄のマチルダ……伝説じゃよ。歩兵戦車でありながら、敵歩兵に撃つべき榴弾は搭載せず、戦車のみを攻撃する徹甲弾しか撃たなかったんじゃ。特徴的なダズル迷彩は、当時は恐怖と憧れの対象じゃった」
「ドズル迷彩?」
ポカンとするヴィットに、抜群の”間”で老人が突っ込んだ。
「そりゃ、中将じゃ……ダズル迷彩とは、車両の輪郭や進行方向を誤認させる為の、対照色で塗装された複雑な幾何学模様じゃ。別名幻惑迷彩」
「ふ~ん、初めて聞きました」
感心したヴィットだったが、オットー達が歩兵を撃たなかった事がとても嬉しく思った。だが、オットー達が伝説の英雄とは思えず、頭の中はウ〇コを漏らした姿が浮かんで思わず苦笑いした。
「補給は裏の倉庫に行ってくれ、一応、何でも揃っておる」
一礼したヴィットは、笑顔で協会を後にした。
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倉庫はかなり大きく、殆どの物が揃っていた。そこで働くヴィットと同じ位の年頃の少年は、羨望の眼差しでヴィットとマリーを見ていた。
「それ、キミの戦車なの?」
「ああ、そうだけど」
黒髪でソバカスの少年は、ヴィットと背丈も同じ位だった。
「ボクはローリー。お金を貯めて、何時かボクもタンクハンターになるんだ」
目を輝かせたローリーは、嬉しそうな顔でマリーを見た。
「最強戦車のマリーだよ。よろしくね、ローリー」
明るいマリーの挨拶に一瞬ローリーは固まるが、直ぐに笑顔になった。
「信じられない、噂には聞いていたけど現実に存在するなんて……」
その後もローリーとマリーの会話は弾んでいた。ロリーが先輩の大男に怒鳴られるまで……。ヴィットは笑顔で見守り、自分とローリーを置き換えて色々考えた。そして、マリーに出会えた”奇跡”を神様に感謝した。
マリーは鼻歌を歌いながらアームを駆使し、器用に自分で補給する。
「ヴィットは休んでいてね」
そう言われてもヴィットは身体がムズムズして、少し離れた場所にある給油所に手車を押して噴射剤を取りに行った。
「あら、坊やじゃない」
聞き覚えのある声に振り返ると、駆逐戦車のハッチから身を乗り出したミネルバと目が合った。巨大な砲塔には、ほうきに乗った魔女が描かれ、鈍く太陽を反射していた。




