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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第一章 始動
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初戦

ヴィット達の番がやって来た。相手の組は明らかに中戦車が多く、中には高速の対空戦車も混ざっていた。そして、あの汚いヘルメットの男達の戦車もあり、物凄い形相で睨んでいる。


『右端の青い奴、新型のクルセイダーⅡだよ。あの細い履帯、現在最速の機動特化型戦車。要注意だね』


『あのアホ達もおるで、楽しみやなぁ』


 位置に付くとリンジーとチィコから続けて無線が入る。


「了解、それじゃあ作戦通りに。気を付けてねチィコ、リンジー」


 マリーが返答する、ヴィットは操縦席で明らかに緊張していた。


「ヴィット行くよ、最初から全開だよ」


 マリーの声がヴィットを後押しする。


「ああ、分った」

 

 それでもヴィットの緊張は解れない、緊張で顔が強張る。


「ワタシは最強戦車……信じて」


 優しい声、マリーの気持ちがそっとヴィットに伝わる。シートやハンドル、全ての計器類までもがヴィットを暖かく包み込む。力が身体の奥から溢れてくる、スイッチが入ったみたいにヴィットはココロが軽くなった。


「行こう、マリー」


 言葉と同時に戦闘開始の号砲、ヴィットとマリーの初陣が始まった。


「正面突破っ! 全開だよっ!」


 マリーの声に、ヴィットは思い切りアクセルを踏みつける。電光石火、マリーはダッシュする。同時に三連射、相手に照準する暇を与えないで先頭の三輌を一瞬で撃破する。


 ダッシュしながら回転していた砲塔は、すれ違い様に左翼の四輌に模擬弾を連射で叩き込む。


「左っ、死角に入ってっ!」

 

 マリーの声にヴィットは左に急ハンドルを切る。驚愕の方向転換、六個の車輪は同時に左に切れ、超高速の鋭角カーブ。ヴィットの首には猛烈なGが掛る、なんとか下半身で踏ん張るが関節は悲鳴を上げた。


 マリーはそのまま撃破した左翼の戦車の間から、残りの標的を正確に狙撃する。高度な射撃管制システムは、高速で動いている目標など全く問題にしなかった。


 マリーの指示でヴィットが速度を落とした時には、相手は全滅していた。


 そして言うまでも無く、汚いヘルメットの男達は最初の一発で砲身が爆発し、煤まみれの真っ黒な顔でゾロゾロとハッチから転げ出ていた。


 味方側は既に撃破された目標を砲撃していた……訳も分からずに。


__________________ 



 陸上戦艦デア・ケーニッヒスの艦橋では、双眼鏡でマリーの戦闘を眺めていた副官のミューラーが呆然と呟いた。プレスの効いた軍服とは裏腹に、丸い銀縁眼鏡から覗く小さな目は、軍人というより学者という雰囲気だった。


「見ましたか?」


「信じられん、なんて機動だ。あんな行進間射撃見た事がない」


 艦長席のガランダルも、そのスピードが目で追えずに感嘆の声を低く絞り出す。如何にも軍人らしい風貌だが、撫で上げた長い髪と不精髭が何故か親しみを醸し出している。


「味方の損害はゼロ、敵側は全滅です。でもよかったんでしょうか、あの戦

車の能力を試す為だけに模擬戦なんて。数が半分になります、それに……」


 ミューラーは補足し、少し怪訝な顔をした後に言葉を濁す。


「数は問題無い、どうせあんな大所帯じゃ動きが取れん。今回の作戦は後方支援は無いのだからな。それより大きな収穫だと思わんかね、あれの能力を垣間見る事が出来て」


「それは……」


 ミュラーも、その事には意義は無かった。


「ある筋からの情報だった。赤い戦車に装備されたと」


「赤い、戦車ですか?」


 確かに情報は把握していた。だが、ミュラーは容易には信じられなかった。


「ああ、赤い戦車なんて存在しないと思ってた」


 ガランダルも、目の前にした現実を不思議な感じて受け止めていた。


「ところで、何が装備されたのですか?」


 ミューラーは核心に迫りたく、ガランダルを見詰めた。


「興味はないかね……自律思考戦闘システム」


 ガランダルはニヤリと笑う。


「まさか、理論の段階だと聞いてました」


 驚きを隠せないミューラーは、マリーにもう一度振り返る。


「とにかく、一応は味方に出来たようだしな」


 ガランダルは安堵にも似た声で呟く。


「そうですな、あれが敵なら厄介でした」


 溜息のミューラーも、その根底には安堵に近いものがあった。そして、襟を正した後に独り言みたいに呟いた。


「でも、何なんでしょう? あの戦車は……」


「あれは、パンドラの箱さ」


 ガランダルはミューラーに怪しい笑みを向ける。そして、艦長席にゆっくり背中を付けたガランダルは、大きく深い溜息で両手を腹の前でゆっくり組んだ。


_________________



 埴輪の様な顔で完全に固まっている男がいた、若そうには見えるがグルグル眼鏡にクシャクシャの髪、戦車乗りには不似合いな汚れた白衣が周囲に浮いていた。


 マリーの超高機動戦闘はその男の常識を根底から覆し、戦闘が終わった後でも思考を支配していた。


「おおい、TD。エンジン見てくれ、高回転で息継ぎするんだ」


「えっ、ああ」


 TDと呼ばれた男は自分の装甲車から工具を取り出すと修理に掛るが、目は宙を彷徨っていた。


「どうした? あんたにしては時間が掛るな」


「えっ、そうか」


 修理を頼んだ大柄な男は不思議そうにTDを覗き込んだが、その恋する様な顔に身震いした。


「何だよTD、戦車修理の神様じゃなくて恋する乙女になってるぞ」


_________________



「何があったんだ?……」


 ヴィットは目を見開き唖然とした、本当に何があったのか分からなかった。


『凄いでっマリーっ! うちらが一発も撃たんうちに敵は全滅やっ!』


 通信機から、破裂しそうなチィコの興奮した声が飛び込む。


『ほんと、凄い……目が追い付かなかった。いったい、どんなスタビライザー装備してるの。それに、あんなに連射出来る戦車砲なんて見た事無い』


 大きな溜息混じりのリンジーの声も入る。他人に言われて、なんとか状況の把握が出来たヴィットは、お腹の底から大きく溜息を付くと少し落ち着けた。


「いかが?」


 マリーは何事も無かった様に言う。


「なんて曲がり方だ、首が痛くなったよ」


 首を抑えながら、ヴィットは苦笑いした。


「ごめんなさい。あれは六輪操舵システム、超急旋回が可能なの。もっと凄いのもあるんだよ」


 すまなそうなマリーの声。


「もっと凄いの……身体、鍛えないと……死ぬかも」


 さっきのより凄いのかと、ヴィットは首を擦りながら少し身震いした。


________________



「全車輌撃破。たった一輌で、しかも瞬間に」


 ゲルンハルトはシュワルツ・ティーガーのハッチで唖然と呟く、そして砲塔の中を覗き込み声を掛ける。着こなした漆黒の戦闘服に精悍な顔立ち、少し斜めに被る略帽が歴戦の勇士を物語る


「ハンス、見たよな?」


「ああ、人間業じゃないね」


 操縦席から小柄なハンスがハッチから半分顔を出す、驚愕の表情を浮かべて。戦車搭乗員のくせに飛行帽を被り、クルクルの巻き毛がトレードマークだ。


「しっかし、派手な色だな」


 八切れそうに太った砲手のイワンが、額に汗を浮かべ苦笑いする。山賊みたいな髭と頬の十字傷、見た目は悪人顔だが子供や動物には意外と好かれる男だった。


「見た目は装輪装甲車、でも砲は紛れもなく戦車だ」


 装填手のヨハンは、やせ形だが筋骨隆々で端正な顔立ちだった。


「アレの戦闘力、どう分析する?」


 車内に戻ったゲルンハルトは、真剣な顔を三人に向ける。


「信じられない超高機動だ。多分、光学式以外のFSCと完璧なスタビライザー、操舵システムも半端じゃない……それに、超速連射が可能な自動装填装置の主砲」


 ハンスは小声だが正確に分析した。


「それに完璧な操縦技術と射撃の腕、戦車の性能も凄いが乗ってる奴もタダモノじゃない」


 総合力としてクルーの実力もヨハンは評価した。


「あれは戦車戦じゃないな、まるで戦闘機のドックファイトだ」


 イワンは、イスにふんぞり返って両手を外向きに広げた。


「イワン、答えを言え」


 腕組みしたゲルンハルトが、ニヤリと薄笑みを漏らす。


「そうだな。ありゃ、化け物だ」


「俺もそう思う」

 

 イワンの答えにゲルンハルトは笑い、ハッチから出てマリーの所へ向った。

 

 近くで見るマリーは、本当にコンパクトだった。そして、ゲルンハルトが一番驚いたのはハッチから顔を出すヴィットだった。


「子供じゃないか……」


 思わず呟いたゲルンハルトは、苦笑いして頭を掻く。ヴィットのあどけない様子は、あまりにも想像とかけ離れていて声を掛けるのを躊躇った。


「ゲルンハルト、久し振りね」

 

 ふいに声を掛けられた。振り向くと、腰に手を当てたリンジーだった。


「リンジーか、大きくなったな。チィコはどうした?」


 ゲルンハルトの微笑はリンジーを包容で包む。


「あそこ」


 リンジーが指差した先には、マリーの砲身に乗ってヴィットに怒鳴られ、それでも降りようとしないで騒ぐチィコがいた。


「相変わらず落ち着きが無いな」


 苦笑いしたゲルンハルトは、リンジーに向き直る。


「ところで、マリーを見た感想は?」


 リンジーは少し微笑んで本題に入る。


「マリーって言うのか。近くで見ると均整の取れた車体だ、設計思想はかなり進んでいる。まあカラーリングは、私には理解不能だが」


「戦闘の感想よ」


 リンジーは薄笑みを浮かべ、すかさず突っ込む。


「そうだな……化け物、と、言うところかな」


 今度はマリーの方を向いたゲルンハルトは、静かに呟く。


「まあ、失礼。悪魔に言われたくないものね、マリーも気を悪くするわ」


 リンジーは腰に手を当てたまま笑う。その時、二人に気付いたヴィットが駆け寄って来て間に入った。


「あなたは?」


 ゲルンハルトの着こなした漆黒の戦闘服が、ヴィットを無言で威圧する。


「これは失礼、私はゲルンハルト・フォン・アリウス」


「まさかあの、伝説の……」


 ヴィットはあんぐり口を開けた、その背中は心なしか伸び切っていた。


「伝説ではないよ、私はまだ生きている」


 ゲルンハルトはニコリと笑う。


「すみません」


 耳たぶまで赤くなったヴィットは、モジモジと俯く。


「気にするな、それより見事な戦闘だった。クルーも紹介してくれないか?」


「ありがとうございます。操縦は俺で、砲手はマリーです」


 緊張したヴィットの言葉に、ゲルンハルトは少し眉間に皺を寄せてリンジーを見た。


「自律思考戦闘システム、聞いた事あるでしょ?」


 リンジーが腕組みしたまま呟く。一瞬固まったゲルンハルトだったが、マリーの声にその呪縛は解かれた。


「初めまして、最強戦車のマリーです」


「こちら、こそ」


 弾む様な若い女の子の声にゲルンハルトの表情は明らかに引きつり、軽く一礼して逃げる様にその場を後にした。


「まさかとは思うが……」


 呟きながら歩くゲルンハルトの脳裏には、子供みたいなヴィットとマリーの可愛らしい声が不思議な感覚で混ざり合っていた。


________________



「ゲルンハルトさんの事、何で知ってるんだ?」


 まだ訳の分からないヴィットは、真顔でリンジーの肩を揺らした。


「パパの友達、チィコは覚えてないみたいだけどね」


 リンジーは、まだマリーとじゃれ合うチィコに視線を流した。


「そうなんだ」


 ヴィットは思い出した。ヴィットを息子の様に可愛がってくれた、優しかったチィコとリンジーの父親、ボリスの事を。


(ヴィット、俺はな男の子が欲しかったんだ。いっぺんに二つも出来たのに、二つとも女だもんな)


 そう言いながらもチィコとリンジーを抱き締めるボリスの笑顔が、ヴィトの脳裏で懐かしく浮かぶと、小さく呟いた。


「おじさんさ、残念だったな」


「パパ、笑ってたから……最期の時」


 少し俯いたリンジーは小さく微笑む。


「そうか……」


「パパの為にも……なるんだ、タンクハンター」


 顔を上げたリンジーは、まだ騒いでいるチィコの背中を優しく見詰めた。


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