パフォーマンス
ハッチを開けると、一番最初に運転席のシートに驚くヴィット。マリーが嬉しそうな声で説明した。
「ミリーからのプレゼント。バケットタイプだから、旋回時のGにも耐え易いよ」
確かにサイドのホールドや、頭を固定するヘッドレストも付いてた。モニターや配線が新品の香りを漂わせ、真新しいシートの座り心地は満点だった。この日の為に、ヴィットは服を全部洗濯し、靴も丁寧に磨いていた。
走り出して直ぐに分かるパワー感に感動し、加速の強烈さはミリーの離陸速度と変わらない様に思えた。巡航速度も乗用車を軽く上回り、その動力性能を簡単に説明するなら、レーシングカーに大砲や機銃が付いている様なものだった。
当然、ブレーキ性能もスムース且つ強力だった。まだ舗装路だがそのコーナーリング性能はレーシングカーをも簡単に凌ぎ、二点式だったシートベルトは四点式に変わって運転姿勢をサポートし、ハンドル操作も以前よりダイレクトになっていた。
「なんか……物凄くない?」
冷や汗を流しながら驚きの声を上げるヴィットに、マリーは嬉しそうに言った。
「とにかく全てに余裕があるの。フルパワー出したら、どうなるか分からないよ」
少し寒気のしたヴィットだったが、マリーの嬉しそうな声に自分も嬉しくなった。
「皆は付いて来てる?」
「あれ?」
リンジーやゲルンハルト達もテストに立ち会う為に、四輪駆動車で付いて来ていたが、マリーは自動車さえ簡単に置き去りにしていた。
「なんて加速だ、とても戦車の速さじゃない……」
ハンドルを握るハンスは冷や汗を流した。
「今までも凄かったが、今度はそんな常識も覆すな」
手に汗を掻いたゲルンハルトも、膝で汗を拭った。
「見たか? 最初の鋭角カーブ……六輪ドリフトなんて、初めて見た」
イワンも開いた口が塞がらなかった。
「多分、乗ってるヴィットは気付きもしないだろうね。あんな凄い曲がり方でも、マリーの中では何も感じてないよ」
TDは自分の事みたいに嬉しそうに言った。
「でも、マリー本当に嬉しそうや」
「そうね……」
笑顔のチィコに釣られ、リンジーも笑顔になった。
コンラートはリンジーの隣に座りたかったが、無理やりチィコに間に入られ複雑な表情で鼻を広げリンジーの香りを嗅いでいた。
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テストは郊外の専用テスト場だった。先回りしていた、ハインツやミルコが出迎えた。
「とっくに位置に付いてるよ」
ミルコ笑顔で皆を展望室に案内した。そこは施設の三階で、広いテスト場を一望出来た。このテスト場はエルレンの街が主導で造った場所で、修理や改造を終えた戦車のテストをする為に解放されていた。
起伏に富んだ地形、人口の河川、地面も砂地から岩場、泥濘地や舗装路までもが揃っていた。各場所には的となる戦車や、本当の的も配置され性能を見極めるには打って付けの場所だった。
スタート位置に付いたマリーから、ヴィットの声が無線に届く。
『そんじゃ、始めるよ』
ヴィットがアクセルを踏み込むと、マリーは猛烈にダッシュした。遠目でも分かるその加速は、カタパルトから発進した戦闘機の様だった。六輪は確実に地面を蹴り、舗装路で見せたホイールスピンなんて起こさない。
「完璧なトラクションだ、パワーを少しも漏らしてない」
双眼鏡で見たTDは笑みを漏らした。
直線をダッシュし後に鋭角のカーブ、ヴィットはスピードを落とそうとアクセルを緩めるが、直ぐにマリーの声が飛ぶ。
「アクセル全開! そのまま突っ込んで!」
「コケても知らないからな!」
叫んだヴィットがアクセルを踏む。マリーはカーブに向けて更に加速した。
「加速しやがった……」
呆れ声のハンスは、操縦手の勘で曲がり切れないと予想した。リンジーも一瞬、横転するマリーが脳裏に浮かび、背筋が凍った。
だが、マリーは速度を落とす事無く、簡単にカーブを曲がった。アクセルを踏んだまま、ヴィットがハンドルを切ると、姿勢さえ乱さずマリーはカーブを超高速で曲がる。
掛かるGもバケットシートや四点式シートベルトが吸収し、負担も少なかった。
「何だ? 今のは!」
「アクティブ、トラクションコントロールよ。六輪、全てのトラクションや全てのサスペンションの反応を速度に応じて自動でコントロールするの」
「そんなの、付いてた?」
「新装備よ! これならヴィットの負担も少ないでしょ!」
「そうだね!」
今までは超速で曲がる度に手足を踏ん張っていたが、そんな事さえ過去に思えた。
「次は新しい弾の避け方を披露します」
マリーに促され、ヴィットは広いコースへとハンドルを切る。そして、言われるままに直線でアクセルを踏んだ。
「行くよ! 歯を食いしばって!」
マリーの叫びと同時に、真っ直ぐ走ってるはずの車体が、一瞬で数メートル横に移動した。物凄い横Gに、ヴィットはシート側面に押し付けられた。
「今の見たか? 片側のホールからロケット噴射、一瞬で数メートル横に跳んだ……」
唖然と呟くヨハンは、細い体を震わせた。他の者は唖然とするだけで、声にならなかった。
「今のは何?」
首を摩ったヴィットは、苦笑いで聞いた。
「サイドキックシステム。ロケット噴射で敵弾を避けます、至近距離でも回避可能だよ」
「まじかよ……」
確かにこれなら今までの回避運動など問題にならない、ヴィットは嬉しさの反面、少し複雑な気持ちも混ざった。マリーの走行能力は桁違いに向上していたが、驚くのはそれだけではなかった。
砲撃テストでは前の様に一撃必殺の砲撃を繰り返したが、テスト用戦車が模擬弾を発射して来ると、見ていたゲルンハルト達は言葉を失った。
マリーが避ける以前に、模擬弾は遥か手前で全て爆発した。
「実際に見ると、凄いな……ミサイルやロケット弾だけかと思ったけど戦車砲弾も迎撃出来るんだ……あのレーザー砲……」
TDは唖然と呟くが、砲手であるイワンは愕然とした。
「何てこった……マリーには、砲弾を当てる事も至難の業になった……」
勿論、飛行性能も著しく向上していたが、如何にバケットシートで体を固定しても全方から襲い掛かるGは、簡単にヴィットを失神の世界に誘った。
「信じられない……前の性能はどうだったの?」
唖然としたミルコが呟くと、TDが少し震えながら説明した。
「前も凄かったさ。現在の常識を完全に超えていた……だが、今回は更に上を行く」
「まだ、夢を見ているみたいだ……マリーがその気になれば、世界の征服も夢じゃない」
大袈裟ではなく、コンラートは本当にそう思った。言葉が出ないハインツも、コンラートと同じ様な戦慄に包まれていた。
「何言ってんねん、マリーがそんな事望む訳ないやろ。アホちゃうか?」
鼻息も荒く、チィコがコンラートを睨んだ。
「マリーの望み……か」
呟いたリンジーの脳裏に、満面の笑顔のヴィットが浮かんだ。
「これで、ほぼ、弱点は無くなったな……」
静かに呟くゲルンハルトに、笑顔のチィコが言った。
「ホンマはなぁ、マリー虫に弱いんやで。クモとかゴキブリとかの」
「ゴキブリ?」
何時もは精悍なゲルンハルトの目がテンになった。
「ロボ〇ンか?」
呟いたヨハンを、イワンが赤い顔で肘打ちした。




