ミリーとマリー
ヴィットとの交信で大体の位置は分かっていたが、噴射剤節約の為にマリーは全開で道を走っていた。幸いエルレン近郊は舗装されており、スピードが出せた。
しかし、アライメンとの狂いは高速で真っ直ぐ走る事を困難とし、マリーは直線でも大きくハンドルの修正を繰り返す。そして、街外れに達するとマリーは底面のロケットを噴射して大空に舞い上がった。
ホイールのロケット噴射は完全ではないが、マリーは完璧に制御しながら水平飛行の移行する。直ぐにパネルの警告ランプが点灯するが、そんな事は御構い無しに速度を上げた。
速度は出ているが、水平飛行でさえ機体の揺れは激しく何時もの様な切れは出ない。
「待ってて……ヴィット」
呟いたマリーは更にパワーを掛ける。ホイールから強烈な痛みを感じるが今のマリーには、どうでもいい事だった。
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半分近くの敵は撃墜か大破はさせたが、残る敵の多さにヴィットの口からは弱音が漏れた。
「半分は落としたけど、まだ空中は敵だらけだな」
「そうね、残弾を考えたら過不足みたい」
ミリーも残弾を気にした。本来なら勝算はあったが、傷ついたヴィットを乗せての空戦は多くの制約や、超高機動が使えない事もあり思いがけない苦戦をしていた。
だが、ミリーが一番気にしていたのはヴィットの事だった。エンジン部分はハイパーセラミックで覆われてはいるが、コクピット周辺は貧弱な防弾装備しかない。小径の機銃弾なら防げても、機関砲の直撃には耐えられない。
本来なら超高機動で回避出来ても、敵機の数が多い場合は、イレギュラーの流れ弾の心配もある。ミリーは細心の注意で戦ってはいたが、今一番怖いのは”偶然や、まぐれ”だった。
「兵器は個々の性能も大事だけど、最後に物を言うのは”数の有利”なの。圧倒的物量は、過去の戦いに於いても勝敗を握る大きな鍵だったんだ」
「へぇ~ミリーもネガティブ思考になるんだ。でも、最強戦闘機なんだろ? 俺の事は気にせず、思い切りやりなよ」
後ろ向きな言葉を発した事をミリーは後悔した。そして、マリーがヴィットを選んだ理由も、なんとなく分かった気がした。
「それじゃあ、お言葉に甘えて」
ミリーは急加速で、側面に迫る三機の編隊に向かう。思い切りシートに押し付けられたヴィットは、情けない悲鳴を上げた。
ミリーの超高機動に対しては敵戦闘機の空中戦機動など、止まってるのと同然で次々に撃墜される。それが例え、凄腕のパイロットだとしても次元が違った。
ヴィットは次々に撃墜される敵機が、例外なくパラシュートで脱出している事が嬉しくて、どんなに苦しくても笑顔のままだった。
『隊長! 何なんですかあれは? 撃墜どころか被弾もしません! 如何に機体が優れていても、あんな動きが出来るパイロットは人間ではありません!』
副長機の連絡に、隊長機のパイロットも悪寒を走らせていた。見た事も無い常識を超えた超高機動や、常識外の加速、神業の射撃、全てが驚愕だった。
「赤い悪魔……だが、このままでは面目が立たん。一斉同時に移る、如何に高機動でも数十機の弾幕は避けれない! 堕ちない戦闘機などあり得ない!」
最初の言葉は聞こえない様に呟くが、隊長機のパイロットは、続く言葉を叫んだ。
編隊を組み直し、上下左右に塊を作る敵機にヴィットの心臓は鼓動を早めた。
「なんか、やばい雰囲気だな」
「そうね、こちらも残弾は残り僅かよ」
ヴィットが言葉を沈ませ、同じ様にミリーも言葉を揺らした。
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逃げるしかない。ミリーが決断し、遥か地上のオットーを見る。だが、オットーは堂々と空を見上げ、ズームで寄るとその顔は笑顔だった。
そんな一瞬の隙を突いて、前方に十機の密集した敵が迫った。ミリーは反転しようと機首を上げると上空にも数機の密集編隊が見えた。
機銃を揃えて弾幕、ミリーに悪寒が走る。例え回避出来たとしても、流れ弾は予想出来ない。だが、その瞬間、ヴィットの目前を赤い何かが横切り、前方の敵に向かった。
故障しているマリーの無線は言葉を伝えられないが、その気持ちは確かにミリーに伝わった。急上昇したミリーは上方の敵に一連射を加え、数機が脱落するとインメルマンターンで下方に離脱した。
「マリーっ!!!」
ヴィットは思わず泣き叫んだ。マリーはミリーをも凌ぐ超高機動で、次々に敵機を撃墜する。勿論、敵パイロットの生還を前提とした攻撃で。
『火を吐く悪魔です!』
副長の通信は叫びだった。見た事も無い飛行物体が、次々に僚機撃墜する光景は悪夢でしかなく、隊長機のパイロットも直ぐに悲鳴を上げた。
「逃げろ! 本物の悪魔だっ!!」
残存の敵機は離脱し、ミリーは静かに着陸した。体中に痛みが走り、脚なんて立っていられない程にフラつくが、ヴィットは飛び降りると近くに着陸したマリーに近付いた。
脚に突き刺したペンの痛みも、全ての痛みは視界に移る”動いてるマリー”の姿が打ち消した。
装甲の一部は無塗装のまま取り付けられ、焼け焦げた他の部分の痛みも見える。しかし、震えながらヴィットはマリーの車体に突っ伏した。
「マリー……よかった」
ただ、ヴィットは泣き続けた。頭の中はマリーで一杯で、他の事なんか何も考えられなかった。
「ヴィット……」
マリーも車体を震わせ続け、それ以上声にならなかった。見守るオットーも、鼻を啜ると笑顔を向け、ミリーは胸の中に渦巻く変な気分が分からなくて、翼を少し震わせた。
オットーは何も言わず、笑顔でヴィットとマリーに優しい視線を送り続ける。そして、その優しい視線はミリーにも向けられた。
暫く後、エンジンを始動したミリーは、明るい声で言った。
「ヴィット、エンジンは直ぐに持って行くよ……それじゃ、行くね」
「ありがとう、ミリー……」
泣き顔のまま、ヴィットはミリーの離陸を見送った。
「帰ろ……ヴィット」
「うん」
小さく頷いたヴィットは、マリーの中に入った。
「じぃちゃん、乗れよ。帰るよ」
「そうじゃな……」
オットーはマリーによじ登ると、砲塔の後ろに座った。
「中に入れば?」
ハッチから声を掛けるヴィットに、オットーは穏やかに言った。
「ワシはここでよい、二人で、沢山話すんじゃ」
「うん」
ヴィットが運転席に付くと、マリーはそっと発進した。




