摸擬戦
「ヴィットやんか、何でココにおんねん?」
「久し振りだね」
後ろから突然声を掛けられた。聞き覚えのある二つの声は、チィコとリンジーの双子の姉妹だった。腐れ縁のある、まあ一応幼なじみである。
「お前達こそ……」
振向いたヴィットは、髪の端っこがピョンピョン跳ねた天パーのチィコと、ポニーテールのリンジーを溜息混じりに見た。
二卵生な二人は顔つきがかなり違う、チィコは丸い顔にまん丸の大きな瞳で子供みたいな赤い頬、リンジーは細面で切れ長の深い二重、体型も顔と同じ様にポッチャリ型のチィコとスレンダー型のリンジーは、性格も正反対だった。
姉のチィコは常識人を脅かす超天然系で、妹のリンジーはしっかり者の学者肌。どっちにしろヴィットはこの二人が少し苦手だった、小さい頃から知り尽くされているなんて全く迷惑だった。
おまけにチィコは誰にも知られたくない小さい頃の汚点を、すぐに周囲にバラすのだから始末に負えない。
「まさかぁ、手に入れたん?」
チィコが猫撫で声で腕にまとわり付く、大きな丸い瞳はウルウルと輝く。
「ああ……」
面倒そうに、ヴィットはチィコの腕を振り払う。
「見せてぇな」
諦めないチィコを無視して、ヴィットはリンジーの方を向く。
「何の集まりなんだ?」
「街の護衛を募集してるの」
落ち着いた様子のリンジーは、ニッコリ笑う。村なら分かるが、街が襲われるなんて何が襲うんだとヴィットは考えた。盗賊やタンクギャングには荷が重すぎるし、隣国は戦争放棄の条約がもう何十年も続いている。
「なぁ、確か、デァ・ケーニッヒスって軍の陸上戦艦じゃなかったか?」
素朴な疑問が浮かぶ、街の護衛に軍が出るのは当然だが他の連中と接点が
繋がらない。
「旗艦として、集まった人達を指揮するんだって。当然、スポンサーは軍みたい。あわよくば軍に士官出来るかもって、こんなに集まったのよ」
リンジーの説明で辻褄が合う、しかし軍がタンクハンターを雇うなんて前代未聞だった。
「どこの街の護衛なんだ?」
「バンスハルだって」
聞いた事があった。砂漠の真ん中にあるオアシス都市だが、異常気象で肝心の水が枯れ今はゴーストタウンになってると聞いていた。でも、そんな街に何故護衛が必要なのかと更に疑問は続く。
「知らないよな、訳なんて?」
自分に言うみたいにヴィットは言った。
「そうね、でも知りたいと思わない?」
怪しく笑うリンジーの表情に、その深層は見透かせない。それはヴィット
がまだ子供だからか、まだ経験が足りないのかは分からない。
「お前達も行くのか?」
「ええ、そのつもり。報酬がいいのよ」
「そうなんだ」
集団の訳は分かったが、不思議と興味が湧かないヴィットはもう一度周囲を見渡す。
「ヴィットの戦車と、うち達のサルテンバ・Kで組まへん?」
またチィコはヴィットの腕に絡む。
「前から気になってたけど、なんで戦車の名前がサルテンバ・Kなんだ?」
呆れた様ににヴィットは呟き、今度はゆっくりとチィコの腕を解いた。チィコ達の愛機サルテンバ・Kはスリムな外見の中戦車だが、連装の75ミリ主砲は重戦車も凌駕する性能を有する。
また最新型の機関を生かした高速機動と複合装甲を備え、二名乗車を可能にしたオリジナル戦車で、そのサンドカラーの車体はかなり有名だった。
「飼ってたウサギの名前、チィコが付けたんだよ。別に意味は無いんだって」
笑いながらリンジーが説明する、ヴィットは大きく溜息を吐いた。
「語呂や、語呂がエエやろ」
満面の笑みのチィコが大きく胸を張る。
「何、威張ってんだよ。Kは?」
「カマボコ!」
横でクネクネと変な踊りをするチィコを尻目に、また大きな溜息を付きヴィットは呆れた顔で腕組みする。それで砲塔に変なウサギのマークが付いていたのかと納得し、チィコらしい変態な名前だと少し笑った。
でも、一緒に組もうって言った意味が分からなかった。
「これから、何か始まるのか?」
例によって、ヴィットはリンジーに聞く。周囲の戦車が暖気運転したり、砲身の点検などを始めていた。
「多すぎるんで、模擬戦やって数を減らすんだって。でもちょっと変なの、急にするって言いだしたのよ」
「どんな模擬戦だ?」
リンジーの最後の言葉が引っ掛かったが、模擬戦という言葉もまたヴィットを刺激する。
「十対十に分かれての至近戦、どちらかの車輌が全滅するまで」
リンジーの答えに、ヴィットは周囲を見回した。戦いを意識すると、今まで感じなかった威圧感を周囲に並ぶ歴戦の戦車達は、どれも一様に醸し出す。
『やろうよヴィット』
心の中で出ないと決め始めたヴィットに、マリーから通信が入る。聞いてたのかと思いながら、ヴィットは胃の辺りが少し痛くなる。
いくら模擬戦でもヴィットにとっては初めての実戦である。ココロの準備の出来ていないヴィットは、覆いかぶさるプレッシャーに包まれた。
「そうだね……」
曖昧な返事は、ヴィットのココロの揺れを表す。
『ヴィット、全部聞いてた。ワタシの初陣だよ、やろうよ』
またマリーの声。その声は明らかに楽しそうだったが、そんな声も聞こえずにヴィットの頭の中は必死の演算を試みる。
(俊足を生かし、出来るだけ距離を取れば被弾の確立は下がる。最初から一番端に位置を取り、側面を逃げ回れば……サルテンバを盾にして敵の死角に……)
「誰と話してんのや?」
マリーの声に気付いたチィコが、ヴィットの顔を覗き込む。そんな事は無視して、ヴィットの打算型シュミレーションは続く。
『ヴィット……嫌なの?』
マリーの少し沈んだ声が耳にすまなそうに届く。後ろめたいシュミレーションは、彼方へと吹き飛んだ。
「そんな事ないよっ!」
ヴィットは大声を上げ、周囲の視線が一斉に向いた。
『決まりだね、模擬弾もらってきてね』
嬉しそうなマリーの声はヴィットの不安さえ暖かく包み込むが、一歩を踏み出せないヴィットの声は微かに震える。
「でも……」
『心配しないで……ワタシは最強戦車、二人でがんばろうよ』
”二人で”っていうマリーの言葉が、ヴィットの重圧をそっと拭った。
「誰っ? 女の子の声やっ、もしかしてヴィット……クルーは」
こそっと会話を聞いていたチィコが、横眼使いでヴィットの腰を突く。
「まあね、それよりお前達ちゃんと組むんだぞ」
背中を押される気持ち良さ。ヴィットはココロが軽くなるのを実感すると、自然と声も軽く弾む。
「分かってるわ、ねっリンジー」
チィコはリンジーと肩を組む、リンジーもニッコリ笑ってピースサインを出した。
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マリーの所にチィコ達も来た。特にチィコが何て言うか、ヴィットは最初から頭を抱える準備をしていた。
「めっちゃ可愛いいやんか!」
チィコの目はハートになっていた。その様子は予想していたので、苦笑いで見る。
「大口径ロケット榴弾だよ」
メカニック系のリンジーも目を輝かす。見るとこ違うだろと、ヴィットは呟く。女って奴は一番大事な所を見ない、あのド派手な迷彩もアリなんだな……全くと、大きな溜息を付いた。
「ワタシはマリー。チィコ、リンジー宜しくねっ」
マリーが声を掛ける、ヴィットは密かに期待する。
「中に乗ってんるん?」
チィコが普通に聞く。
「いいえ、ワタシは最強戦車なの」
マリーが明るく答える。
「喋れるん?」
チィコのまん丸の目が不思議そうにウルウルとなる、頭の上に? のマークが沢山浮かんでいる。
「ええ、そうよ」
またマリーが明るく答える、ヴィットの期待が頂点に達する。
「メチャ可愛いっ!!」
チィコは大喜びで飛び上がり、ヴィットは勢いよく前向きに倒れた。
「まさかとは思ったけど、こんなにアホとは思わなかった……」
なんとか立ち上がり、ヴィットは埃を掃いながら呟いた。
「チィコを甘く見てたね。それより、自律思考戦闘システムなの?」
リンジーが腕組みする。最初は笑ったが、その後の曖昧な表情には何かある様に感じた。
「ああ……あまり、驚かないな?」
気になったヴィットは、リンジーの表情から何とか訳を探ろうとする。
「十分驚いてるよ」
リンジーはウィンクした、一枚も二枚もリンジーが上手だった。チィコはマリーの周りを大喜びでピョンコピョンコ飛び跳ねて、またヴィットの大きな溜息を誘った。
「ところで、作戦はどうするの?」
マリーがヴィットに尋ねる。
「そうだな」
首を傾げ考える素振りだったが、ヴィットはまたネガティブな作戦ばかり思考していた。口に出すとマリーはどう思うだろう、そんな事ばかりが頭を過る。
「作戦はマリーに立ててもらおうよ」
悩むヴィットの後ろからリンジーが腕組みし、笑みを浮かべて言う。
「そや、マリーに任せよっ!」
飛び跳ねてたチィコも大喜びで賛成する。
「お前ら……」
ヴィットは頭を抱えたが、リンジーの怪しい微笑みが少し気になった。
「マリー、いいよね?」
リンジーはマリーの車体にそっと手を置く。
「いいの?……ヴィット」
「仕方ないな」
ヴィットは溜息混じりに賛成した。マリーはすぐに作戦を紹介する。
「各個撃破の至近戦だから重戦車は高度照準で攻めてくるし、勘と機動力が勝負よ。陣形は自然とパンツァーカイルになると予測されるね」
「何や、そのパンダのおさる何とかって?」
チィコは途中で口を挟み、目を丸くする。一匹狼の賞金稼ぎに、集団戦車戦なんて無縁なのだ。
「戦隊戦車戦の基本、楔形の攻撃形態よ。ワタシは中央に位置するから、チィコ達は左翼の一番端に位置して。戦闘と同時に左に回り込み右前方の車輌を盾にしてね、サルテンバは高機動戦車だから機動力を生かせるよ」
「待てよマリー、お前はどうするんだよ?」
ヴィットは声を荒げる。マリーの作戦は、チィコ達には安全策を取らせる事だとは分かる。でも肝心のマリーの意図している事が分からない、楔型の頂点が一番危険なのだ。
「大丈夫、未来の戦車戦を見せてあげる。超高機動戦闘だよヴィット、操縦宜しくね」
自信に溢れたマリーの言葉、ヴィットの中では不安とほんの少しの期待が葛藤した。
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「さっきの威勢のいい坊主か、まさかお前も出るのか?」
ふいの声に振り向くと、あの汚いヘルメットの大男が大きな木に寄りかかり、数人の仲間とニヤニヤ見ていた。
「何やねん」
チィコが湯気を立て鼻息も荒く前に出る、ヴィットはその顔を押しのけ男を睨んだ。
「悪いか?」
「お前な、そんな装輪戦車で何が出来る? 羊の番でもしてな」
横の小柄な男が笑う。勿論、同じ様な汚いヘルメットを被っている。
「おまけに何だその色、赤くて丸い砲塔、まるで茹でダコだな」
大男の言葉に周囲の男達も大笑いする。
「マリーをバカにするな!」
「相手にしちゃダメよ」
飛び掛かろうとするヴィットを、心配顔のリンジーが抑える。
「ほう、マリーって付けたのか。そうだな、名前変えろ。”まんまる”なんてどうだ?」
また周囲は大爆笑に包まれる。
「茹でタコ……まんまる……」
マリーは低い声を震わせた。
「タコやなくて、ダコやで」
チィコが訳の分らないツッコミをする。
「あら?……」
ヴィットは嫌な予感に包まれる、初めて会った時のマリーの姿が脳裏を霞める。気のせいかマリーから湯気が出ている様にも、微妙に振動してるみたいにも見える。
「早く帰って”まんまる”の色でも塗り替えな」
男達は捨て台詞で背中を向ける。
「待て……誰がまんまるだぁ?」
怒りを帯びたマリーの声に男達が振り返る、辺りには人影は無い。
「何だ、中に乗ってるのか? 戦車と同じで、まんまるで恥ずかしいってかぁ」
マリーに振り向き男は大声で笑う、マリーの赤い車体は更に輝度を増す。
「リンジー、チィコ、離れろ……」
ヴィットはリンジーとチィコを引っ張って、その場をそっと離れた。
「ブッ殺す!」
マリーの対空機銃が火を噴く、しかしその砲火はかなり上の方に向いていた。
「どこ、狙ってるんだ」
少し腰が引けた様だが、男はズイと前に出て凄む。次の瞬間、巨大な枝が男の脳天を直撃する。他の男達の脳天にも、次々に大きな枝が落ちて来る。
後はシカバネ累々……。
「痛そやなぁ」
「完璧な照準ね」
痛そうな顔でチィコは呟き、リンジーも肩をすぼめた。そしてマリーは男達の戦車に向け主砲を発射する、なんと砲弾は相手戦車の主砲の砲口に”スポンッ”というマヌケな音と供にスッポリ納まる。
「お見事……」
思わずヴィットは呟く。
「後でのお楽しみよ」
マリーの声は、少し機嫌が直ってる様に聞えた。
「どんなお楽しみなんや?」
「アイツ等が砲を撃てば分かるよ」
マリーはいつもの様に明るくチィコに言う。ヴィットは結末を想像して、男達に少し同情した。
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「さあ摸擬戦よ!」
リンジーの声で、ヴィット達は模擬戦の場所へと移動した。マリーのド派手な行動は、ヴィットの中に余裕って言うか、精神の安定って言うか、不思議な感覚を湧き出させてくれた。
そして、ココロの準備も不完全なまま模擬戦が始まった。
模擬戦の場は広大な草原で、相手側との距離は約五百メートル。戦車対戦車の戦闘では、向き合ってると同じ距離だ。当然、誰にだって予想は付く、勝負は一瞬だと。
「なんて顔してんのや、模擬弾や心配あらへん」
さっきの不思議な感覚は、居並ぶ重戦車を前にするといつの間にか動揺に変わる。不安げな表情のヴィットに、チィコは笑いながら背中を叩く。
「そうよ、ヘロヘロ弾なんて心配ないよ」
元気なマリーの声が続く。
「初戦、誰だって緊張するよ。マリーを除いてね」
ヴィットの背中でそっとリンジーが呟く。お見通しだなと、ヴィットは心で呟いて苦笑いする。見上げた太陽は容赦なく照り、汗が緊張と暑さで全身を伝う。
そんなヴィットの横ではチィコが飛び跳ねて走り回り、近くの鬚オヤジに怒鳴られていた。その様子はヴィットの力の入っていた肩から、そっと力を抜いてくれた。
「一組目が始まるよ」
リンジーの声にヴィットは息を呑んだ。轟音と供に戦闘が始まる、瞬時に数輌が被弾する。マリーの予測した通り重戦車の的確な照準が緒戦を制し、次には機動力のある戦車の反撃が始まる。
混戦の中でヴィットが感じた勝負の行方は、やはり勘の鋭さとそしてもう一つ、経験の深さの違いだと思った。
「昔の戦争でね、塹壕突破の為の兵器から始まったんだよ。戦車は」
夢中で戦闘を見るヴィットは明らかに緊張していたが、ふいにリンジーが少し目を伏せて呟く。双子のはずなのに、リンジーはチィコには無縁の落ち着きを醸し出す。
「そうなんだ」
振り向いたヴィットに、目を伏せたままリンジーが続ける。
「塹壕からの機銃掃射の防御の為に装甲を身に付け、撃破する為に大砲を積んだ。知ってる? 何故タンクって呼ばれるか」
「さぁね」
ヴィットは首を傾げる。顔を上げたリンジーは、穏やかに続けた。
「始めは秘匿兵器だったの、コードネームは水運搬車……だから、タンク」
「物知りだな」
背中を丸めて俯くリンジーの肩に、ヴィットはそっと視線を置く。乱れていた精神は、お喋りのおかげで爆音の中でもなんとか平静を装う事が出来た。
「見てっ! あの黒い奴っ! 五輌撃破やっ」
少しは落ち着きを取り戻したヴィットに、能天気なチィコの声が激突する。
「脚が速い、照準も正確ね」
不思議とマリーの声は弾んで聞える。
「あれはシュワルツ・ティーガー”エルレンの黒い悪魔”」
リンジーの声は、ほんの少し低く地面に落ちた。エルレンは戦車の聖地と呼ばれる地方で、有名な戦車の巣窟だった。そして、その戦車は重戦車なのに素早い機動で好位置を確保し、正確な射撃で相手を仕留めていた。
漆黒の車体と砲身の派手な撃破マークは、無言のうちに周囲を威嚇している様にも見えた。
「知ってるのか?」
ヴィットの渇き始めていた掌は、また薄っすらと汗が滲む。
「ゲルンハルト、アイツの戦車よ。長砲身88ミリの主砲と前面十八センチ複合傾斜装甲、マインバッハ改LH230、950馬力の強力エンジン。最高の攻撃力と防御力に機動性まで備えた”最強の虎”」
遠くを見つめリンジーは呟く。その名前には聞き覚えがあった。元、軍の機動装甲師団の大尉で二百輌撃破の伝説の男。
「シュルシュル何とか、色がサイテェー。マリーの方が百倍可愛いいで」
しかめ顔のチィコがマリーに寄り添う。
「ヴィット、見た! あれのもっと凄いのやるよ」
またマリーの嬉しそうな声。マリーのやろうとしている戦闘は、ゲルンハルトみたいな戦い方なんだとヴィットはやっと分った。
確かにマリーの機動力は、シュワルツ・ティーガーを大きく凌ぐ。ヴィットの胸に、ほん微かな光明が差した。




