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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第二章 進化
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離陸

「ほれ、全員武器を捨てなさい」


 硝煙と埃が張れると、ハッチから顔を出したオットーが煙に咽ながら言った。グルグル眼鏡をキラリと光らせながら。


「なんだとジジィ、そんな骨董品で!」


 埃まみれの男達は、なんとか立ち上がると凄い形相で叫んだ。


「仕方ないのぉ」


 今度は同軸機銃と前方機銃が同時に火を噴く、半壊の居酒屋は全壊した。


「少しは手加減してよぉ~」


 瓦礫の中から這い出したヴィットは、苦笑いでオットーを見た。同じ様に瓦礫から顔を出すモスは、目がテンになっている。


「少年よ、探してるのは赤い飛行機か?」


 オットーの言葉はヴィットに違う衝撃を与えた。


「何でそれを?」


「弟子のゲルンハルトから聞いたんじゃ。お前さんが、ここにいる事もな」


 ゲルンハルトの顔が浮んだヴィットは、自然と笑顔になった。そして、さっきの気に掛かる言葉を聞き返した。


「じぃちゃん、赤い戦闘機の事、知ってるの?」


「伊達に歳は取っとらん、ワシの情報網はセンスレイ湖並じゃ……どうする? 直ぐに行くか?」


「勿論!」


 瓦礫を跳ね除けヴィットは勢いよく立ち上がると、笑顔でモスに振り返った。


「ありがとう、助かったよ」


「いいって事よ、早く行きな」


 照れた様なモスも、笑顔で手を振った。


__________________________



「まさか、これで行くの?」


 牛並の速度でヨタヨタ走る? マチルダの上で、ヴィットは冷や汗を流しながらオットーに聞いた。


「まあ、マチルダで行けば来年ぐらいになりそうじゃからな」


 グルグル眼鏡をキラリと輝かせ、オットーはニヤリと笑った。


「へっ?」


 呆れるヴィットに、操縦席から顔を出したベルガーが髭を風になびかせながら言う。


「心配いらん、飛行機を用意しておる」


 額の汗を拭い何か言おうとしたポールマンの背中を、葉巻に火を付けたキュルシュナーが無言で蹴飛ばした。


「そうなんだ……」


 大きな安堵の溜息を付いたヴィットだったが、数十分後には本当の溜息に変わった。


「飛ぶの? ……これ」


 そこには巨大な輸送機が鎮座していたが、垂直尾翼には大穴が空き、外装はボロボロ、四発あるエンジンのうち、二つにはプロペラさえなかった。


「当然じゃ」


 胸を張るオットーだったが、中に入ると更にヴィットは固まった。胴体はドンガラで、あちこちにはガムテープや針金の情けない補修の跡、イスと呼ぶにも憚る傾いたパイプイスが操縦席に二脚鎮座? していた。


「あれ、他のじいちゃんは乗らないの?」


 何やら操縦席のスイッチを触りまくるオットーに、首を傾げたヴィットが聞いた。


「奴らは留守番じゃ、重量オーバーじゃからな」


「これ、輸送機でしょ? 何にも乗ってないし、俺達二人だけじゃん」


 唖然とするヴィットに、平然とオットーは言った。


「これは、二人乗りじゃ」


 少し離れた場所に止まったマチルダの上で、ポールマンは巨体を屈めて憐れむ様な視線を送った。


「やれやれ、あの機体が最後に跳んだのは何時だったのぅ?」


「さあ、ワシゃ覚えとらん」


 葉巻を燻らせたキュルシュナーは、他人事みたいに呟いた。


「多分、飛ぶじゃろ……昔は飛んでたんじゃから」


 髭を摩りながら、ベルガーも他人事みたいに言った。


_______________________



 何度も咳き込み、黒々とした煙を吐いてエンジンは始動した。地震並に揺れるコクピットで、ヴィットは嫌な予感が全開だった。


 かなり曇ったキャノピーから見た主翼は、エンジンの咳き込みに合わせて鳥みたいに羽ばたいていた。


「何か、主翼が凄いんですけど……」


 顔面蒼白のヴィットがオットーを見る、丁度何かのレバーを触っていた時だった。嫌な音と共にレバーは折れ、オットーはそっと懐に仕舞った。


「今、何か折れたよね、ねっ! 隠したよねっ! ねっ!」


「気のせいじゃ」


 今度は赤くなったヴィットが詰め寄るが、オットーはまるで意に介さずスロットルレバーを強引に押し込む。かなりの間を開け、エンジンが豪快に吹けた。更に酷い振動と爆音で耳を抑えたヴィットが叫んだ。


「ほんとに飛ぶのっ?!」


「……多分」


 その声はヴィットには聞こえなかった。巨大な輸送機は、穴だらけの滑走路に出る。車輪が穴に落ちる度に、ヴィットは天井まで飛び上がる。


 やがて離陸体制に入った機体は犬のブルブルみたいな振動を伴い、情けない加速を始める。それでも次第に速度を増し、ヴィットが大きな溜息を付いたのも束の間、目前に滑走路の終点が迫った。


「じぃちゃん! もう道が無いっ!」


「ありゃ、そうじゃの」


 落ち着いたオットーは、どっこらと操縦桿を引くが機体は鼻を上げない。慌てたヴィットがコパイ席の操縦桿を千切れる程に引くと、なんとか機体は離陸した。当然、千切れる程に引いた操縦桿は、本当に千切れてヴィットの手の中にあった。


「取れちゃった……」


 顔面蒼白のヴィットを尻目に、オットーは豪快に笑った。


「なぁに、もう一つある。心配ない」


 見送るポールマンは安堵の溜息を付くが、呆気らかんとキュルシュナーが葉巻の煙を鼻から出す。


「離陸は出来たが、着陸は無理そうじゃ」


「何でじゃ?」


 あまり慌てて無いベルガーが聞くと、ほれとキュルシュナーが指差した。そこには輸送機の車輪が落ちていた。


「そら、早う知らせんと」


 慌ててポールマンが無線機を触るが、例によってキュルシュナーは平然と言った。


「軽量化で外したわい」


「へっ?」


 ポールマンの目はテンになり、ベルガーは平然と髭を触っていた。


_________________________



「死ぬかと思った……」


 なんとか水平飛行に移ると、ヴィットはイスにへたり込んだ。オットーは鼻歌交じりで操縦しているが、ヴィットにはその横顔に不穏な雰囲気を感じた。


「一応聞くけど、行先は分かってるんだよね?」


「無論じゃ、そこの地図を取ってくれ」


 平然としたオットーの様子に一応安堵するが、地図を手に取るとヴィットの顔色が変わった。


「これ、世界地図じゃん……」


「大は小を兼ねる、カッカッカ」


 当たり前のように胸を張るオットーは、豪快に笑った。それよりも、ふと見た計器の方がヴィットには重要だった。高度計の数値は2mを差し、燃料計の針はEを示していた。


「じぃちゃん……燃料が……」


「それは壊れとる、気にせんでいい」


 気にしなくていいと言われれば余計に気になり、一応聞いてみる。


「入ってるんだよね、燃料」


「多分……」


 オットーの言葉は、ある程度予想はしていたが、ヴィットは泣きそうな顔で計器を指でトントンと叩いた。すると、警告音と共に赤いランプが点滅する。万国共通、赤いランプが示すのは”警告か危険”最悪は”オシャカ” ……ヴィットは赤いランプを見ながら青くなった。


「……こっ、これ、何?」


 ヴィットの声は思い切り震えた。


「電探に何か引っ掛かったんじゃろ」


 オットーは平然とレーダーを指差すが、その画面は真っ暗のままだった。


「何も映って無いけど……」


「画面は映らんが、警戒機能は生きておる。何かが近付いてるんじゃろう……多分」


 慌ててキャノピーの外を見たヴィットが叫ぶ。


「前方二時に機影! 接近して来る!」


「国境からは離れておる、軍の哨戒区域でもない……」


「だから?」


 落ち着いたオットーに、溜息交じりにヴィットが聞いた。


「この近くに盗賊のアジトがある。最近は戦闘機を使って偵察してる奴らもおる」


「偵察って、威力偵察?」


 ヴィットの中では索敵攻撃の可能性も否定出来ないが、敢えて”偵察”と言う言葉に縋った。


「威力偵察はのぅ、敵方の勢力や装備などを把握する為に、実際に敵と交戦してみる事じゃよ。つまり、仕掛けて来るみたいじゃのぅ」


「仕掛けるって、こっちは丸腰どころか……」


 ヴィットの話が終わらないうちに、敵の戦闘機の機銃弾が機体を霞めた。当然、回避運動なんかすれば空中分解は必至、輸送機はそのままヨタヨタ飛ぶしかない。まさに、空飛ぶ的であり、祭りの射的状態だった。


 機体の内部を貫通した機銃弾が交差する、姿勢を低くしたヴィットが叫ぶ。


「輸送機に装甲なんて無い! 強行着陸しかないよ!」


「降りる場所が無いのじゃ」


 確かに前方に広がる視界には山岳地帯の荒れた山々が続き、平坦な場所なんて見当たらない。このまま、撃墜を待つだけしか出来ないのか……だだ、ヴィットは諦めない。


「俺はミリーに会うんだ……」


 呟いたヴィットは機体の中を探す。何を探すのか自分でも分からないが、何も出来ないで撃墜されるのは嫌だった。そんなヴィットの様子を、オットーは薄笑みを浮かべながら見ていた。


「少年よ、敵はこちらが丸腰なのに気付いてるはずじゃ。そんな時の心理はどうじゃ? 簡単に落せるの分かってる、その余裕で接近して来るはずじゃ」


「それからどうするの?」


「燃料をブチ撒け、こいつで点火じゃ」


 懐から取り出した信号拳銃をヴィットに手渡したオットーは、グルグル眼鏡をキラリと光らせ、所々歯の抜けた口元で笑った。


 燃料を投棄するなら、後ろに付かれないと効果はないだろうが、やるしかないとヴィットは手にした信号拳銃を握り締めた。


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