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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第二章 進化
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修復

 エルレンの街は近代的で、ボロボロの格好をした自分達が場違いに感じたヴィットだった。舗装された道路は清潔感に溢れ、立ち並ぶ戦車屋もタンクヒルとは比べ物にならない位に綺麗で豪華だった。


「なんや、初めて来たけど戦車屋やなくて、洋服屋さんみたいや……」


 積車の窓から顔を出したチィコは、大きな目を更に丸くした。


「見て、あのショーウィンドウ。最新型のレオポルドに、M1エイブルハムス……M1は装甲に劣化ウラン使ってるんだって。エンジンなんか三軸式のガスタービンよ、騒音や振動も少ないけど、燃費の改善はどうなのかしら?」


 目を輝かしたリンジーは、ショーウィンドウに並んだ新型戦車を夢見る様に見ていた。


「そう言えば、マリーのエンジンって普通のディーゼルなのか? 音は静かだし、振動も少ないし、排気もクリーン。でも、何か感じが違うんだ」


 運転しながら首を傾げたヴィットは給油は軽油だったなと、ぼんやり思った。呆れ顔のリンジーは溜息の後に説明しようとするが、急に難しそうな顔で腕組みした。


「知らないで乗ってたの? マリーのエンジンは、その、超小型で過給機らしいアシストもあって……多分……」


「何なんだよ?」


 ヴィットは、リンジーの様子に怪訝な顔をした。


「それが……分からないの。エンジンの外見上にボルト類は一切なくて、開ける事も出来ないし、見た事も聞いた事もない形なの……分かってるのは、燃料が軽油と言う事ぐらい……当然、トルクも出力も不明。マリーに聞いたら”enough”だって……」


 首を捻りながら、リンジーは不思議そうに言った。


「何だよそれ?」


「必要充分……だって、戦うのに」


 リンジーはの言葉はヴィットにも不思議な感覚を抱かせた。それは決して戸惑いとかではなく、神聖な感じと表現した方が近いかもしれない。


________________________



 ゲルンハルトに紹介された店は小さいが小奇麗な感じの店で、ガレージには所狭しと修復機械や工具が整然と置かれていた。出て来た主人は、どこかゲルンハルトと似ていて、話し方までそっくりだった。


 主人はテキパキと、しかも慎重にマリーを修理台に乗せると礼儀正しく頭を下げた。


「今回は我が甥、ゲルンハルトを助けて頂き、感謝します。私は叔父のハインツです」


「いえ、その……ワタシは」


 マリーがドギマギする程、丁寧なハインツにヴィット達も思わず背筋を伸ばした。直ぐに作業に取り掛かるハインツは、見た事もない工具や道具を駆使し、マリーの車体を徹底的に調べた。


「表面は超硬度のセラミック、中間には耐衝撃性の複合素材、裏面、つまりフレームには強化チタンが使われています。幸い、フレームにはダメージは無く、表面と中間素材の修復がメインとなりますが、中間素材はハニカム状のカーボンファイバーで構成されてます。この素材は、現在試作化の段階で流通はしていません……それと中間素材の中に一層だけ、材質が不明の層があり……これは、地場型電磁装甲のコイルの役目をしている素材だと思われます」


 小難しいハインツの説明に多くの? を浮かべ、ヴィットは冷や汗を流しながら聞いた。メカには強いリンジーも装甲素材については知識に乏しいらしく、真剣に聞いていた。


「流通してないって事は、修理が出来ないって事ですか?」


 一瞬の不安は、ヴィットの胸を激しく締め付け言葉が揺れる。


「いいえ、試作はされているのです。大丈夫、その筋にも伝手はあります。それに、電磁装甲の基盤層にも大きなダメージは無い様ですので」


 ハインツの言葉にヴィットは大きく胸を撫で下ろし、リンジーも電磁装甲基盤にダメージが無かった事で、大きな安堵に包まれた。基盤が無事なら、不調の原因は電源の供給源か、制御系……電磁装甲修理に少し光が差した事は、大きな収穫だった。


「必ず直します。直さないといけないんです」


 台上のマリーを見詰めたハインツは、力強く言った。


「ありがとうございます」


 深々と頭を下げるヴィットは、ふとチィコの様子を見る。いつもなら騒ぐチィコが、黙ってマリーを見詰めていた。


「どうしたのチィコ?」


 優しいマリーの声にチィコは肩を震わせる。チィコにとって今のマリーは病院で手術を受ける前の様に感じ、大の病院嫌いのチィコは自分が緊張していたのだ。


「マリー……怖くないんか?」


「そうね、少し怖いかな」


「ほんなら、うちがずっと付いててあげる」


 自分の方が怖いのに、チイコは無理して笑顔を向けた。


「ありかと、チィコ。お願いね」


 マリーに頼られた事は、チィコにとっては最大重要事項。鼻息も荒く、チィコはマリーの前で腕組みして構えた。そんな様子を笑顔で見守るリンジーに、ヴィットも自然と笑顔になった。


「ゲルンハルトは小さい頃に両親を亡くしました。母親は私の妹でした……私は男手一つで育てて来ました。あいつには危ない仕事はして欲しくはなくて、小さい頃から私の仕事を手伝わせていました……筋も良く、私以上の立派な職人になると期待していたのですが、血なんですかねえ……あいつの父親も戦車乗りでしたから」


 急に視線を落としたハインツは、遠くを見ながら昔話を始めた。


「今でも、そうお思いですか?」


 リンジーの問いに、ハインツは曖昧な笑顔を向けた。


「あいつが選んだ道です。私は、せめてあいつの手助けをしたいのです。あいつを助けてくれたマリーさんを、私の全てを掛けて直したいのです」


 ハインツは、マリーに”さん”を付けた。その言葉の意味はヴィットの胸に染み渡る。改めてマリーを見たヴィットは、自分の事のように誇らしかった。


 そして、その暖かい気持ちは穏やかにマリーの中に流れ込み、傷だらけだが赤い塗装は心なしか輝度を増した。


「遅くなった」


 そこにゲルンハルト達がやって来た。イワン達は直ぐにマリーの足回りや、兵装の撤去を始める。ヴィットが一番驚いたのは、イワン達は決して普通の戦車の時みたいに乱暴には扱わず、物凄く丁寧に優しくスパナやレンチを使っていた事だった。


「ゲルンハルト、こっちを手伝え」


「分かった」


 ハインツは少し嬉しそうに言うと、素直な返事でゲルンハルトは従った。暫くして出て来たゲルンハルトは、何時もの戦闘服ではなく作業用のツナギで、妙に似合っていた。


「そっちの方も似合うね」


「そうか?」


 リンジーの声にゲルンハルトは笑うが、ヴィットには違う人に見えた。そこには戦場で指揮する勇ましい姿ではなく、一流の職人のオーラが漂っていた。


「そこっ! 力入れ過ぎやっ! もっと優しくせなっ! マリーは痛いんやで」


 チィコはイワン達の作業に、いちいち口を挟む。イワン達も、その声に驚き作業の手を止める。


「マリー、この位は痛くないか?」


「ええ、大丈夫よ」


 イワンの済まなそうな声に、マリーは優しく答える。


「ここは、痛くないか?」


「もっと、優しくしようか?」


 ハンスやヨハンも気を使い慎重で丁寧な作業に終始するが、マリーは反対に皆の事を心配した。


「平気よ。皆、そんなに気を使わないで」


「あかん、気ぃは使わんとな」


 だが、仁王立ちのチィコは許さず、イワン達は苦笑いした。


______________________



 暫くの後、TDが一人の少年を連れてやって来た。真っ直ぐな金髪を目元で揃え、横の髪はもう少しで肩に届く。顔立ちも端正で、正に美少年といった容姿だった。


「この子は、ミルコ。電気系では私をも上回る天才だ」


「何だぁ、天才って……子供じゃないか」


 TDの紹介に、マリーの下から這い出たイワンがニヤニヤと笑った。


「オレは子供じゃない。現にシュトゥットガルトルでも、電気系統でオレに敵う奴はいない」


 甲高いボーイソプラノでミルコは、イワンを睨んだ。


「失礼だぞ、イワン。ミルコは私でも知っている有名人なんだ」


 イワンを睨んだゲルンハルトが真剣な顔をした。その様子はヴィットに期待と希望を抱かせ、目の前の小さな少年がマリーを助けてくれる救世主に見えた。


「ミルコ、どうして?」


 明らかに驚いた顔のハインツは、首を傾げながら聞いた。ミルコはシュトゥットガルトルでも有名な天才電気技師で、将来の博士号も約束される有名な神童だった。


「リアンが、凄い物見せてくれるって言ったから」


「リアン?」


 ヴィットが茫然と呟き、全員がTDを唖然と見た。


「悪いか、本名だ」


 赤くなったTDに、一瞬遅れて全員が爆笑した。


「私はマリー。よろしくね、ミルコ」


 マリーの声にミルコの顔色が変わる、それはまるで天使みたいに輝いていた。


「お願いします、マリーを治してやってや」


 真っ赤になったチィコは、ペコりと頭を下げる。マリーを助けてくれる人は外見なんか関係ない、チィコにとっては全て恩人だった(但しTDは除く)。その背中がリンジーにはとても眩しく見えて、同じ様にリンジーも頭を下げた。


 ヴィットは真っ直ぐにミルコを見詰めた。その綺麗な瞳は、ヴィットの胸に新鮮で暖かい印象を与えた。


「マリーは俺の家族なんだ……」


「家族?」


 真剣な目をしたヴィットの言葉に、ミルコは首を傾げる。


「ああ、大切な家族だ」


「……そう」


 ミルコはヴィットの眼差しから、視線を逸らしてマリーを見た。


「宜しくお願いします」


 ヴィットは頭を下げた。その言葉に誠心誠意の尊敬を込めて。 


「見てもいい?」


 少しは気分が良くなったのか、ミルコは笑顔でマリーに聞いた。


「勿論よ」


 顔を輝かせたミルコはマリーの了解で直ぐにハッチに入るが、直ぐに曇った顔で出て来てTDに告げた。


「オーバーロードのダメージはかなり深刻だね。多くのユニットはヒューズの装備で守られてるけど、問題はケーブルだ。被膜の中はどうなってるか分からないから、出来れは総取り換えが望ましいんだけど」


「やはりな。ケーブルは言わば血管だ、ケーブルの良し悪しでユニットの性能は各段に変化する。マリーの場合は高性能ユニットであるが故に、普通のケーブルじゃダメなんだ。最高の伝導率を備えた最高級品が望ましい」


 真剣な顔のTDは、腕組みしながら天井を見上げた。


「難しいの?」


 完全には理解出来ないが、TDの顔色はヴィットを不安にさせた。


「ああ、部品は手に入っても、気の遠くなる様な精密で緻密な作業が要求される。マリーの電源は落とせないから、通電したままの作業は困難を極めるだろうな。流石の私でも、そんな緻密な作業は無理だ」


「そうね、不用意にショートさせれば、ユニットそのものが壊れる恐れがあるし」


 TDの深刻な言葉に、リンジーもまた真剣な言葉で続いた。


「そんな……ミルコ、君でも無理なのか?」


 少し震えながら、ヴィットはミルコに聞いた。


「残念だけど……オレには無理だよ」


 小さく呟いたミルコは、自分の小さな手を見た。多分、ミルコが成長すれば出来ない作業ではないだろうが、幾ら頭脳明晰でも身体はまだ子供なのだ。


「ケーブルは私がなんとかしよう。だが、問題は配線作業の技師だな」


 ハインツは、TDを見た。


「そうですね……エレキング、コンラート。あいつしかいない」


「それって、まさか……」


 ゲルンハルトの顔色が変わる。だがその顔色は驚きと言うより、悲しみ? みたいで思わずヴィットは問い質した。


「誰なんです? その人」


「腕は超一流、きっとマリーの配線も奴なら出来るだろう……だが」


 ゲルンハルトは言葉を濁すが、イワンが代わりに話した。物凄く嫌そうな顔で。


「あいつは、金や物じゃ動かない。勿論、義理人情で動くはずもない。地位や名誉も奴にとっちゃ、屁みたいなもんだ」


「ならどうすれば……」


 唖然とするヴィットは、頭が混乱して考えが浮かばなかった。


「ただ一つ……奴を動かす方法がある……それは」


 イワンの視線の先には、ポカンとするリンジーがいた。


「えっ? 私……」


 皆の視線を一心に受けたリンジーは更に驚いた顔で、同じくポカンとするチィコと顔を見合わせた。


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