新しい扉
ヴィット達はバンスハル守備隊の補給庫の前で、大修理大会をしていた。ガランダルからの報酬は十分で、補給庫のパーツは使い放題だった。
各自の車輌の修理に勤しむ人々の前で、ヴィットは途方に暮れていた。マリーのタイヤは修理不可能な位に焼け爛れ、補給庫にはパーツなんて見当たらない。
TDは他の戦車の修理はそっちのけで、マリーの修理に当たっていたが応急処置さえままならなかった。何しろ外装のハイパーセラミックなどは、設備が無ければ修理不可能だし、電子部品も言うに及ばず、細かなパーツさえ使える部品は皆無だった。。
「ヴィット、ごめんね」
泣きそうな顔のヴィットに、マリーが小さな声で謝る。
「何で謝るんだよ……謝るのは俺の方なのに」
声が霞む、自分の非力さが悔しくて拳を握りしめた。そこに、少し浮かない顔でTDが声を掛ける。
「ヴィット、此処では何も出来ない……マリーは全てが規格外なんだ」
「……」
言葉が出ないヴィットは、俯くしか出来ない。振り返って見るマリーは、焼け爛れた外装に潰れたタイヤ、その外見がヴィトを激しく痛めつける。
「本格的に修理するなら、マリーが造られた所に行くしかないんだが……」
TDの声が沈む。何度聞いても、マリー自身も知らないのだった。
「取り敢えず、エルレンに行くしかないな。腕の良いハイパーセラミック関連の技師が居る」
「そうや、まずは化粧直しや」
腕組みしたゲルンハルトがやって来て、笑いながら言う。動きそうにないボロボロの戦車トランスポーターの運転席から、笑顔のチィコも顔を出す。
「古い積車じゃが、わし等が修理したんじゃ、暫くは動く……多分」
オットー達は街の隅に放置してあったトランスポーターを必死で修理し、動ける状態にまでしていた……多分。
「電子基板の修理なら、俺の伯父貴が一番だ」
「兵装は俺の従兄が天才だぜ」
ハンスやヨハンもやって来る。
「タイヤや足回りは、俺の兄貴に任せておけ」
イワンはニヤリと笑い、頭を掻く。
「皆……」
全身に震えが来る、背筋を嬉しい悪寒が走る。ヴィットには眩しい太陽の元、マリーが輝いて見えた。丁度その時、フィーゼラー連絡機が近くに着陸した。中からはリンジーが笑顔で降りて来る。
「ガランダルさんに、借りちゃった」
「お前、何処かに行ってたのか?」
唖然と呟くヴィット。どおりでサルテンバは、修理もしないで補給庫の前に放っていたか分かった。
「プリラーさんの所。中々白状しなかったけど、お金を握らせたら簡単に吐いたよ」
「あの変態業突くジジィめ……って、何を吐いたんだ?」
「マリーの仕入れ先」
光が見えた、明らかに眩しい光が見えた。
「何処だ! 誰だっ!」
慌てたヴィットは、リンジーに詰め寄る。近付き過ぎたヴィットの顔に、リンジーは真っ赤になった。イワン達が冷やかすが、ヴィットは気付きもしない。
「話を持ちかけたのは、ポルシェと言う男。シュトゥットガルトルから来たらしいよ」
「シュトゥットガルトルと言えば、ハイテク産業の巣窟だ。そこのヘンシェルク社が、ケンタウロスを試作したという噂だ。もしかしたら、電磁装甲も修理できるかもしれない」
TDの言葉はヴィットを更なる光で包み込む。
「話は大体決まったな。まずはエルレンで外装と足回りの修理、電気系統はシュトゥットガルトル、ついでにポルシェとか言う奴を探し出して、真相究明と行くか」
話をまとめるゲルンハルト。柄に無く嬉しそうな顔で、声もいつもと違いとても穏やかだった。
「皆、ありがとう……嬉しいげど……やっぱり先に、自分の戦車を修理してよ」
すまなそうなマリーは、声を震わせる。チィコが寄り添い、車体を撫ぜる。
「何言ってねん。マリーが先に決まってるやんか」
「そんなの後回しだ、マリーが治らないと飯も喉を通らねェ」
「お前、さっきも食ってたじゃん」
「お代わりもしてた」
イワンにハンスが突っ込み、ヨハンが笑う。
「皆、気持ちは一緒だよ」
リンジーもまた、マリーに寄り添う。
「でも、完全修理なんて……」
ヴィット、は予算が心配になる。ハイテク装備の修理の金額なんて、想像も付かない。
「なんて顔してる。君が心配するのはマリーの事だけでいい」
ケルンハルトは、ヴィットの顔を覗き込んで肩を叩く。
「そうよ、何の心配もいらないよ。サルテンバは、このままガランダルさんに預かってもらう事にしたから」
平気で笑うリンジーに、ヴィットは俯き加減で言う。
「お前らの修理は?」
「だから言ったやんか、後回し猿回し皿回しや。マリーが治らんと何も始まらんねん」
笑顔のチィコに、ヴィットはそっとマリーを見詰める……変なギャグは当然スルーして。
「そうしたいの……いえ、そうさせて」
真っ直ぐにヴィット見詰めるリンジーの瞳には、迷いなんて微塵も無い。
「ほんでな、ウチら戦車が無いんで暫くはリンジーをマリーの砲手に、ウチを操縦手に雇ってや。報酬はいらんけど、ごはんだけは食べさせてな」
チィコはリンジーと肩を組んで笑う。
「俺は? ……」
「ヴィットは指揮。どうマリー?」
ヴィットは言葉が続かない。少し俯くヴィットに、リンジーは凛とした笑顔で言い放ち、今度はマリーに聞いた。
「うん……ありがとう」
マリーの声は微かに掠れる。改めてヴィットは感じた……仲間の存在を。それは何も怖くない、何でも出来ると言う嬉しくて堪らない気持ちとリンクする。
「しっかりしろ、お前は何を一番望む? ……それは俺達と同じだろ?」
イワンが柄に無く穏やかな声でヴィットの肩を抱く。
「……そうだね、そうなんだよね」
俯いていたヴィットの顔がミルミル笑顔に変わる。
「さあ、マリーを積車に積み込むぞ!」
ゲルンハルトの号令で、全員が一斉に動き出す。勿論、ヴィットも笑顔で加わる。誰もマリーを手荒に扱わない、まるで動けない病人を扱うみたいに丁寧に慎重に運ぶ。
その気持ちはマリーに痛いに程伝わる。嬉しさが車体全体を駆け抜け、マリーは小刻みに震え続けた。
新しい扉は開く、未来は素敵で優しい……と。




