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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第一章 始動
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明日

「何がどうなったんだっ!!」


 ガランダルは叫んでいた、気付かないうちに後方から迫った軍が敵を取り囲む様に進撃していたのだ。


『第六六機甲師団、副指揮官のハインツです。敵地上部隊を殲滅します』


 通信は、デア・ケーニッヒスの艦橋に響き渡る。


「イカロスにも、所属不明の戦闘機が交戦を始めました」


 ミューラーは唖然と呟く。


「何機だ?」


「一機だけです」


「何だと?」


 ガランダルは急いで双眼鏡を取る、その先には深紅の戦闘機がイカロスに襲いかかっているところだった。


_______________



「訳が分からん、軍は敵だったんじゃないのか?」


 次々と横を素通りして行く軍の重戦車に、ゲルンハルトは唖然と呟く。


「マリーでさえ歯が立たなかったイカロスに、単機で挑んでる」


「そうだな、さっきのマリーの攻撃で損傷したとはいえ奴のダメージは少ない」


 ヨハンとイワンは煙こそ出ているが、その戦闘力を失ってないイカロスに攻撃をしかける正体不明の赤い戦闘機を、眩しい光の中に見詰めた。そして、マリーと言葉を出す度に強烈な胸の痛みに襲われた。


「見たこともない機体だ。グライダーみたいな主翼、大きなめ垂直尾翼……高高度戦闘機? 大口径モーターカノン、コクピット後方の……連装の斜め機銃、主翼は二十ミリクラスの機関砲、超重武装……だな」


 ハンスは双眼鏡で上空の戦闘機を睨みながら接続詞の無い解説をしたが、頭の中ではもっと飛行機の分析をしたくても、赤い靄に包まれていた。


「飛行機オタクのお前でも知らないのか?」


 遥か彼方の空を見上げ、ヨハンが目の追い付かない戦闘機に呟く。


「ああ、あんなスマートな機体は初めて見た。翼面荷重の大きい単葉機であんな高機動出来るのが不思議だ。おまけに液冷だか空冷だか分からんエンジン形式だし、旋回性や上昇力、加速力や急降下性能まで常識を逸してる」


 やっとハンスは普通に喋ったが、声は震えていた。


「無茶苦茶な高機動だ…乗ってる奴も……尋常じゃないぜ」


 イワンは想像し難いGを想像して鳥肌をたてたが、自分の言葉”乗ってる奴”と言った時、少し眩暈がして首を振った。


「確かに普通じゃないな。インメルマンターンにスプリットS、パイロットの腕も相当だ、しかしあの機体色は……」


 その驚くべき戦闘力は、ゲルンハルトにマリーの影をだぶらせる。それは同時に後悔と呵責を胸の中で破裂寸前まで膨らませ、叫びたい衝動を握りしめた拳で何とか抑えるので精一杯だった。


_________________



「マリー……みたいな綺麗な赤や」


「それにあのマーク」


 チィコは朝日に輝く機体に眩しそうに目を細めるが、自分でも分からないうちに体が震えていた。リンジーも垂直尾翼に輝くマリーと同じ可愛いドクロのエンブレムを不思議な気持ちで見詰めたが、同じ様に体は小刻みに震えていた。


 イカロスの集中砲火をいとも簡単に掻い潜り、確実に対空砲座に至近距離からモーターカノンを叩き込む。その反転や急上昇は、大空に美しいシュプールを描く。


「ダンス……してるみたいや」


「そうね……そうみたい」


 チィコの呟きにリンジーもそっと頷いたが、それでもまだ二人の震えは止まらないままだった。


_________________ 



 沈黙する砲座の増加と比例し、イカロスは黒煙に包まれる。戦闘機は急上昇すると、すれ違い様に背面の放熱口を一連射、光の一閃が周囲を包むと、後から遅れて轟音が響く。


 深紅の戦闘機は、たった一機で不死身と恐れられた巨大な悪魔を撃破した。次々に脱出のパラシュートが開く、そのままヨロヨロと降下し始め砂丘の外輪山の向こう側にイカロスは姿を消した。

 

 次の瞬間には墜落の大爆発で、明け方なのに昼間の様な光の渦に包まれる。遅れて来た衝撃波は、リンジーの髪を強烈に乱した。


 前方では散開しながら、機甲師団が残存の敵を確実に殲滅して行く。敵は次々に投降し始め、見える範囲で動いている車輌は軍のマークの付いているモノだけになった。


「マリーとヴィットは……」


 大爆発は我慢の限界を導き、リンジーの腕をチィコが涙を溜めて握りしめる。答えられないリンジーは、その痛みに耐えながら既に明けて明るくなった砂漠のオレンジ色の中で、少し手前の地面を震えながら見詰め続けた。


_________________



『データは取れましたね?』


 イカロスの墜落とほぼ同時に、指揮官の元に通信が入った。その声は機械的で、耳当たりが悪かった。


「はい……」


 作戦の失敗は更迭では済まないだろうと、指揮官は声を詰まらせた。


『直ぐに撤収して下さい』


 通信の声は、何も無かった様に指示する。指揮官は、思わず聞き返した。


「撤収、ですか?」


『残存には連絡の必要はありません。あなたは、データを持って単独で離脱して下さい』


「味方を囮にしろと?」


『そうです。離脱の目眩しには、なります』


「しかし……」


『兵力の代わりは幾らでもありますが、あの戦車や戦闘機のデータは今回の目標に匹敵するのです』


「わかりました」


 指揮官は、静かに無線機のスイッチを切った。確かに赤い戦車の戦闘力は驚愕に値し、先程の赤い戦闘機も常識では考えられない戦闘をしていた。頷いた指揮官は、小声で副官に命令を伝えた。


「離脱する」


「でも……」


「言うな。我々は傭兵だ……クライアントの命令は絶対なのだ」


 副官の言葉を制し、指揮官は強く言った。


「了解。離脱します。ですが、単独では危険です。護衛の車両を具申します」


「勝手にしろ……」


 指揮官は背中を向け、静かに言った。


_________________



「……一応は終わったな」


 遥か後方でゲルンハルトが呟く。しかしリンジー達を始め、誰もその場からマリー達を探しに行こうとはしない。否、出来ないでいた。もし探しに行って、撃破された姿を見付けたらと思うと誰も動けなかった。


 やがて散発的な砲撃も止み、激しかった戦闘の後が嫌でも視界に入る。撃破され、黒煙を上げる敵戦車がマリーの姿と重なる。


「マリー……ヴィット、二人共いてへん……」


 止め処なく溢れる涙を拭い、チィコは目を凝らすが走り出したくても脚が動かない。動くどころか、このままじゃ言葉さえ永遠に失いそうだった。


 先に言葉を失ったリンジーは、マリーの声やヴィットの声が耳の奥で輪唱みたいに木霊する事を、停止寸前の思考でそっと包んでいるだけだった。


________________



「軍が撤退して行く……」


 TDが軍の無線を聞いて驚きの声を上げる。


「何故だ?……」

 

 敵を殲滅し、そのまま撤退する軍にガランダルは困惑した。


「通信が……」


 困惑したTDがガランダルに振り向く。


「こっちへ」


 ガランダルは通信機のスイッチを入れた。


『ガランダル大佐、お久しぶりです』


 その特徴のある低い声はガンツだった。


「どういう事だ?」


 静かにガランダルは呟く。


『敵は完全に制圧しました、周辺はすべてクリアです』


 平然とガンツは報告する。


「あの戦闘機は?」


『あの派手な奴ですか? 我々とは関係ありません、所属は不明です』


 ガンツの声が少し笑った様に、ガランダルには聞こえた。


「どうするつもりだ?」


『どうもしません。追撃部隊は作戦を失敗、目標を見失いました。我々は撤退します、捕虜の移送もありますので。それでは……』


 通信は切れた。ガランダルはフッと息を吐き、ミューラーに聞いた。


「打ち上げ準備は?」


「既に秒読み段階です」


 ミューラーは先に問い合わせていた研究所からの交信に、受話器から耳を外してしっかりとした目でガランダルを見た。


_________________



「花火…や……」


 次々に巨大な白煙を上げ打ち上げられるロケットにチィコが目を丸くするが、何時もの様にはしゃいだりしない。言葉を喋りたくても、リンジーの口からは何も出ない。


 夜明けの花火は、細い煙を伸ばしたまま明けきれぬ空に上って行った。


 それとすれ違う様に、軍も撤退して行く。デア・ケーニッヒスと味方の残存車輌の姿が既に明るくなった周囲で、オブジェの様に佇む。


 シュワルツ・ティーガーとサルテンバは合流したが、誰も口を開かず顔をを見合わせもしなかった。、誰も動けないまま、辛くて居た堪れない時間だけが過ぎて行った。


「あそこ……」


 イワンが遠くに動く影を見付けた、全員が凝視する。


「マチルダやっ!!!」


 動かなかった体とココロに電気が走る。サルテンバ砲塔に飛び乗ったチィコが叫ぶ、誰とは無しに走り出す。次第にその姿がはっきりすると、マチルダは赤い戦車を牽引していた。


「マリーーー!!」


「マリーやっ!!」


「マァリィイ!!」

 

 皆が叫ぶ。リンジーは張り裂けそうな胸を抑え、涙で息が出来なくても走り続けた。


 真近で見たマリーは、無数の弾痕と潰れたタイヤ、焼け爛れた装甲で全員のココロを激しく圧迫する。マチルダが止まるとハッチをぶっ叩く音と供に、オットーがハンマーを肩に担ぎ煤にまみれた顔を出す。


「フウッ~なんとか終わったようじゃの」

 

 そんなオットーを無視し、リンジーはマリーに駆け寄る。震えるチィコがリンジーに手を引かれ付いて行く。


「……マリー……」


 恐る恐る震える声を掛けるリンジーは、治まっていた体の震えがまた始まる。チィコは後ろからリンジーの腕を強く握り、無言のまま滝みたいな涙を流し続けていた。


 ……暫くの沈黙の後、世界で一番聞きたい声が皆の耳に届いた。


「どこかパンク修理出来るとこ知らない?」


 マリーの声はリンジーの涙を爆発させる。


「マリー!! よかったぁ!!」


 チィコがマリーの砲身に飛び付き泣きわめく。


「またかよ、俺の事も少しは心配しろよ……」


 ハッチが開くとボロボロのヴィットが顔を出す。


「ヴィット!!」


 チィコがヴィットの首に飛び付く。その様子にリンジーの胸は、死ぬほど嬉しいはずなのに何故かほんの少し押し潰される。


「いてっ、お前、怪我してんだぞ」


 チィコの涙にびしょ濡れになりながら、ヴィットは苦笑いする。その後ろではイワンが号泣し、ハンスやヨハンも鼻を啜る。


「お帰り……マリー……」


 聞えないくらいに呟いたゲルンハルトも、涙を浮かべ微笑んでいた。リンジーはチィコを羨ましいって思った、正直に思っても行動出来ない自分が情けなかった。


「……始まるよ」


 マリーがふいに言う。全員が振り返ると、明け切った空の彼方で花火の様な爆発が何度も起こった。


「綺麗や……」


「ああ、綺麗だな」


 チィコは夢見る様な顔で爆発を見る、もう震えは止まっていた。見上げたヴィットも呟く。本来の美しさでも対抗できない太陽に薄められた輝きは、自分達の非力さを象徴している様にも見える。


 だが微かな輝きも、リンジーには太陽に負けないぐらい輝いて感じた、それは…………。


「本当に大丈夫なのかな?」


「さあな、俺達に出来るのはここまでだ」


 ヴィットはその爆発を見てもココロは完全に晴れなかったが、ゲルンハルトの言葉に静かな達成感を感じられた。


『諸君のおかげで状況は成功した、ココロより感謝する』


 全員が爆発を感慨深く見ていた時、ガランダルがら通信が入る。


「もう大丈夫なんだな……」


 ヴィットはその爆発を更に仰ぐ、声は微かに震えていた。


『キラーバクテリアの散布は成功した。君達とマリーのおかげだ。我々は念の為にキラーバクテリアの増産を続ける』


「ああ……」

 

 短い通信が切れた後、ヴィットは大きく深呼吸した。それは終わった事への安堵と、ほんの少しの寂しさが交差した。


「あっ、あの飛行機降りてくるで」


 着陸態勢の戦闘機にチィコが気付く。完璧な着陸で、ヴィット達の前で静かに止まっる。プロペラが止まっても誰も降りて来ない、小さなな予感がヴィットを包んだ。


「生きてる? マリー」


 その戦闘機は確かに喋った、意識を失う前の声と一致する。


「ミリーなのか?」


「初めまして、最強戦闘機のミリーだよ」


 震えるヴィットに、明るいミリーの声が重なる。


「マリー、どういうこなんだ?」


「ミリーはワタシの妹なの」


 静かな落ち着いた声で、マリーは紹介した。ヴィット達は状況の把握に手間取りはしたが、向かい合う戦車と飛行機のエンブレムが朝日に輝く時、各自で自分なりの着地地点を穏やかなココロで模索した。


「それじゃあマリー、もう行くね」


 ミリーは轟音と共にエンジンを始動する。


「待ってミリー!」


 リンジーが大声を上げる。


「なぁに?」


「ありがとう、マリーを助けてくれて」


「おおきにな」


「ありがとう、本当に」 


 リンジーに続きチィコも笑顔で礼を言う、最後はヴィットの震える声。


「どうしてあなたが、お礼を言うの?」


「マリーは俺の一番大事な家族だから」


 ヴィットは、真っ直ぐな瞳でミリーを見詰めた。


「ふーん、そっか……じゃあまたね!」


 短いタキシングでミリーは大空に離陸していった。リンジーの胸には”家族 ”って言葉が長く細い余韻を引く、マリーは何も言わずに微かに車体を震わせていた。


「こらからどうするの?」


 まだミリーが消えた空を見詰めるヴィットに、リンジーが横からそっと声を掛ける。


「そうだな……マリーを修理して……それから……」


 考えながら答えたヴィットの脳裏に、青い髪のマリーの姿が浮かぶ。


「ヴィット! 修理って、お金貰ってないよ!」


 突然思い出した様にマリーが叫ぶ。”現実”っていう巨大文字が、ヴィットの頭上から大音響とともに落下してきた。


「ガランダルの奴、一番大事な事を忘れてやがる!」


「何でやねん!」


 叫んだイワンを先頭に、チィコも叫びながらデァ・ケーニッヒスに向けて走り出した。ゲルンハルトやハンス達も笑いながら続き、オットー達さえ笑いながらヨタヨタ走る。


「ほんと、マジかよっ!」

 

 ヴィットは半泣きで最後尾に続く。動けないマリーに寄り添ったリンジーは、ヨロヨロ走るヴィットの背中を笑顔で見ていた。


「ねえ、マリー……最後はどうだったの?」


 寄り添うリンジーが、そっと問い掛ける。


「……ヴィットが助けてくれたの……」


「そう……よかったわね……」


「うん……でも……」


 急に震えるマリーの声に、驚いたリンジーが声を上げた。


「どうしたのっ?!」


「リンジーィ~痛いよぉ~」


「よしよし……」


 情けない泣き声のマリーをリンジーが優しく撫ぜ、一緒にヴィット達の後ろ姿を見守った。


「マリー……負けないよ」


 暫くの後、ふいにリンジーは微笑み小さな声で言った。


「……うん」


 マリーも小さな声で答えた。


「全く、最後の最後で……」


 走りながらヴィットは呟く。しかしその顔は笑顔に溢れ、俯く事なく遠い青い空を見上げていた。


 これから来る、ワクワクする明日を思い描きながら。


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