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最強戦車 マリータンク  作者: 真壁真菜
第一章 始動
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融合

 全身から何か糸の様なモノが出ている感覚、次の瞬間激痛がヴィットの身体を襲う。その痛みの箇所が、被弾してる場所だと分かるのに時間は掛らなかった。


「マリー……いつも、こんな痛みを……」


 ヴィットの目から涙が零れる、すると視界は全方向に解放される。俯くと自分の身体ではなく地面がはっきり見えた、横を見ると見覚えのあるマリーの赤い車体がある。息を吸うと、爆弾の硝煙や土や金属の焼ける匂いが鼻を突く。


 空には迫り来るイカロスの姿があった、ヴィットは激しい怒りで睨みつける。同時に主砲が発射され、まだ遠いイカロスのに命中した。


「そうか……こうやって撃つのか……」


 呟いたヴィットは今度は立ち上がり歩くイメージを思うと、マリーの車体は動き出した。


「右旋回……左旋回……前進……」


 頭で考えるだけでマリーの車体は自由に動く、しかし痛みは容赦なく襲う。痛みを耐え、ヴィットは飛ぶイメージを描く。ふっと身体が軽くなる、宙に浮く感覚は体験した事のない不思議な感覚だったが、被弾損傷した車体ではかなりの激痛を伴っていた。


『リンジー、皆は?!』


「もう少し!」


 叫ぶとリンジーの声が直接耳に届く。


『時間を稼ぐ!』


「もういいよっ! もうやめてっ!」


「マリーは大丈夫なんかっ?!!」


『大丈夫、今は俺がマリーなんだ』


 泣き叫ぶチィコの問いに、静かに答えるヴィット。リンジーには意味が分からなかった、ただ力のあるヴィットの声がそっと背中を押す。


『帰って、来るんだよ……』


 言葉にしたつもりでも、リンジーの声は無線機の回路に吸収されヴィットには届かなかった。


 ヴィットが飛ぶ意識を集中させるとマリーの車体は回転を始め、浮遊感が押し寄せる。


 上下左右どの方向へも自由に飛べる、撃つと思えば火器は思いのままになる、次第に感触は感覚となっていく。


 それはマリーと一体化することを意味した。イカロスはまたマリーを目指し、突進してくる。ヴィットは宙返りで、イカロスの砲座にロケット榴弾を叩き込む。


 しかし同時にヴィットの肉体を激痛が襲い続ける、各システムの限界も感覚で分かる。ヴィットは遥か地上の味方車輌の位置を確認するが、空から見ると移動してないのと同じだった。


「まだ……なの……か」


 痛みで言葉が歪む、意識が離れそうになる。”このまま”ふと考えが過る、動く事を放棄したらどれ程楽になれるだろう……と。その瞬間に容赦無い直撃の痛み、ヴィットの全身は苦痛に取り込まれる。


「痛い……な」


 呟くと凍っていた思考が蘇る”まだ生きてる”もう一人のヴィットの声がする。マリーをイカロスの射程外に向けると、一瞬の空白が訪れた。


(このまま……終わったら……マリーに二度と……会えない……)


 自分で言ったつもりはないが、ヴィットの口から声にならない声が漏れる。その言葉は耳に届き、脳とココロを激しく殴打した。魂が燃え上がる、動かないはずの腕に力がみなぎる。


 諦めることは同時に失うことを意味する。やっと手に入れた――家族を。


『イカロスの弱点はコクピットよ! 装甲板が降りてるけどキャノピーは有視界! 隙間があるわ!』


 耳に炸裂するリンジーの叫び、ヴィットがイカロスを睨むと視界がフォーカスしてキャノピーの僅かな隙間が見える。


 同時に数人の操縦者が見えた、まだだと願うと一人一人の顔を確認出来る。その中の一人は、ヴィットと同じぐらいの歳に見えた。


「他の弱点はっ?!」


『背中! 胴体中央に小さな放熱口があるけどっ! 無理に決まってるよ! 周囲は対空砲座に囲まれてるんだよ!』


 リンジーの叫びが更に炸裂するが、マリーの車体は急上昇する。あっという間に雲を突き破る、遥か彼方に微かに湾曲する地平線がその輪郭を朝日が微かに染める。


「一撃だっあ!!」


 放物線の頂点でヴィットは叫ぶ。狙う場所は決まっていた、頭の隅でマリーならきっとそっちを狙うと考える。文字通り残弾は一発、ヴィットは微笑むと垂直急降下でオンリーワンショットに賭ける。


 風圧が爆発的衝撃となり全身を包む、イカロスに垂直に車体を傾け全開でロケット噴射!。


 マリーの車体は音速を越えた。耳の遥か後方から追って来る音の感覚にも、悲鳴を上げる車体各部にも、気を失いそうな激痛にもヴィットは意識を向けない。ただ一点、イカロスの背中を狙う。


胸を押し潰される痛みに耐え見守るリンジー、チィコは顔を覆い声を上げて泣く。急降下でマリーとイカロスがすれ違う瞬間に、一筋の閃光がリンジーの目に飛び込む。


「ヴィット……マリー……」


 呟いた瞬間にイカロスの背中で閃光が煌めき、爆発の炎が上がった。しかし渾身の一撃も、ほんのわずかな誤差が軸線を微妙にずらし、放熱口を貫く事は出来なかった。


________________



 大地に物凄い力で吸い込まれる。ヴィットは回避しようと全身の血管が引き千切れる程の全力を出すが、巨人の手に掴まれた感覚は一瞬の最後を悟らせる。思考とは反比例で意識は薄れ、全身の力が抜けて行く。


(ヴィット……)


 崩れ落ちそうなヴィットの意識に、聞き覚えのある声が響く。


「マリー……」


 意識を思い切り両手で掴むと、霞む視界の奥に人影が見えた。それは確かに女の子で、輝く青い髪は光を乱反射し、吸い込まれそうな緑の瞳と、小さな赤い唇。初めてなのに、ヴィットは懐かしい気持ちに包まれる。


「マリー……なのか?……」


(それを使っちゃダメって言ったでしょ)


 青い髪のマリーは、悲しそうに美しい瞳を伏せた。


「でも、マリーが……」


(これ以上はダメ……戻りましょう)


 優しいマリーの声が、ヴィットの意識に溶けた。


「まだ……皆が……」


 ヴィットは薄れる意識の中でも、まだ否定を続ける。マリーは目を伏せながらヴィットの手にそっと触れる、車体は方向を変えると逆噴射全開で地面との激突を避けた。


『なんて様、最強戦車なんでしょ?』


 ふいにヴィットの耳に知らない声が響く。それは確かに女の子の声だったが、なんだか勝気そうな元気のいい声だった。


「誰?」


『私はミリー』


「ミリー……?」

 

 ヴィットはその声を遠くに聞きながら、静かに意識を失った。


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