悪口
「ねぇ、マリー……マリーはどうしたい?」
リンジーは優しくマリーに聞いた。その言葉はヴィットの胸を揺さぶる、本来なら自分がマリーに掛けたい言葉なのに、ヴィットは言葉が出なかったから。
「ウチらはマリーの味方や。マリーのしたい事、応援するで」
「……うん。ありがと」
マリーは小さく返事して、チィコはマリーに寄り添った。また自分が言いたかった言葉……ヴィットは拳を握りしめた。
「少年!」
突然オットーがヴィットの背中を勢い良く叩いた。思わず前のめりになり、ヴィットは驚いた顔でオットーを見た。
「マリーちゃん。ヴィットが言いたい事があるみたいじゃ……ほれ」
「その……俺はさ……兄弟いないから、よく分かんないけど……何かさ、時間って言うか……暫く、間をさ……空けたら良いと思うけどな……」
「……うん」
ヴィットの途切れる言葉に、マリーは小さく返事した。リンジーが何か言おうとしたが、ゲルンハルトはそっと制した。
夜が更けて皆が寝静まると、ヴィットは一人崖の上で星空を見ていた。
「ヴィットらしくないよ」
リンジーの声に、振り向かないでヴィットは黙っていた。リンジーはそっと横に座ると、暫く黙って夜空を見ていた。
「俺らしくないって、何だよ?」
かなりの時間を要して、やっとヴィットが口を開いた。
「言っていいの?」
リンジーは微笑んだ。
「何だよ、悪口か?」
「そう、悪口」
眉を潜めるヴィットに、リンジーはまた微笑んだ。
「……言えよ」
寝転ぶと、ヴィットは呟いた。リンジーは大きく息を吸うと、ゆっくり話し出した。
「じゃ、言うね……マリーが帰って来てから、ヴィットは変……過保護って言うか、腫れ物に触るみたいにしてる……でも、マリーは”物”じゃない」
”物じゃない”その言葉が、ヴィットの胸に突き刺さった。だが、ヴィットは言葉が出なかった。
「やっぱり変だよ……」
リンジーは優しい顔で、ヴィットを見詰めた。
「……何がだよ」
ヴィットは掠れる声で言った。
「今までのヴィットなら、すごい剣幕で言い返してた……」
「……」
沈黙がまた、訪れた。暫くの間を開け、リンジーは消えそうな声で言った。
「……確かに、あんな事があったんだもの、分かるよ。二度と失いたくない気持ちも、痛いほど分かる……」
「……何が分かるって言うんだ……お前にはチィコだって、父さんだって居る……俺には、マリーしか居ないんだ……」
ヴィットは声を振り絞った。その言葉を聞くと、リンジーは肩を震わせ立ち上がると、泣きそうな顔でヴィットを見下ろした。
「ヴィットは何も見てない! 私が居るじゃない! 私はヴィットが一番大事なんだよ!」
そう叫ぶと、リンジーは走って行った。一瞬見えた横顔には、確かに溢れる涙が月の光を反射していた。残されたヴィットは大きな溜息をつくと、また満天の星を見続けた。
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長い時間、夜空を見ていた。星は瞬き、そして流れて行った……脳裏では、マリーに出会ってからの出来事を思い出していた。
思い出はどれも、ヴィットを暖かく包み込むが、マリーが傷を癒す為に離れて行った時の喪失感は胸の痛みを伴った。
そして、また思い出を見返し時間を消費した。
「そのまま寝転んでるだけ?」
見上げると、ケィティが覗き込んでいた。
「あっち、行けよ」
ヴィットは背を向けるが、ケィティは言葉を続ける。
「ボクは、あの子達を兵器として見ていた……だけど、生み出したのはボクだからさ……責任って言うか、その、使命感って言うか……でもね、チィコは”愛情”で、あの子達の”ココロ”を掴んだんだ。何のデバイスも介せずに、通じ合って……本当に驚きだよ」
「チィコはアホだからな」
ヴィットは、ぶっきらぼうに言った。
「……そうかも」
少し笑ったケィティは、更に言葉を続けた。
「でも……羨ましいって思った。ボクも……そうなりたいって、思った……どうして、あの子達と一緒に逃げたのか……言い訳を探してたけど……本音は、さ……ボクも、あの子達と通わせたかったのかも……ココロを」
「そうか……」
ヴィットの中に、暖かいモノが少し流れた。
「じゃ、行くね……それとね……大切なら…守るしかないんじゃない?」
ケィティは笑顔でそう言うと、背中を向けた。何時の間にか、周囲は朝日に照らされ冷たい空気がヴィットの頬を撫ぜた。起き上がったヴィットは、大きく背伸びをするとマリーの元に走り出した。




